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ルカ6:1−5
安息日に穂を摘む
翻訳比較
岩波翻訳委員会訳1995
420601なお、彼が安息日に麦畑を通り過ぎていた際、彼の弟子たちは穂を摘み、〔それを〕手で揉みながら食べ始めた。
420602すると、ファリサイ派のある者たちが言った、「お前たちはなぜ、安息日に許されていないことをするのか」。
420603そこでイエスは一彼らに対して答えて言つた、「.お前たちは、ダビデが、彼自身も
また彼と共にいた者たちも飢えた時にした、次のようなことを読んだことがないのか。
420604[すなわち]彼は、神の家に入り、供えのパンを取って食べ、また共にいる者
たちにも与えたのだが、これら、〔のパン〕は、ただ祭司たちのほかは誰にも食べるこ
とが許されていないものなのだ」。
420605そして彼は彼らに言った、「人の子は、安息日の主である」。
新共同訳1987
5:1 イエスがゲネサレト湖畔に立っておられると、神の言葉を聞こうとして、群衆がその周りに押し寄せて来た。
5:2 イエスは、二そうの舟が岸にあるのを御覧になった。漁師たちは、舟から上がって網を洗っていた。
5:3 そこでイエスは、そのうちの一そうであるシモンの持ち舟に乗り、岸から少し漕ぎ出すようにお頼みになった。そして、腰を下ろして舟から群衆に教え始められた。
5:4 話し終わったとき、シモンに、「沖に漕ぎ出して網を降ろし、漁をしなさい」と言われた。
5:5 シモンは、「先生、わたしたちは、夜通し苦労しましたが、何もとれませんでした。しかし、お言葉ですから、網を降ろしてみましょう」と答えた。
前田訳1978
5:1 群衆が彼のところに押しよせて来て神のことばを聞いていたとき、彼はゲネサレ湖畔にお立ちであった。
5:2 そして小舟二隻を水ぎわに見かけられた。漁夫たちは小舟からおりて網を洗っていた。
5:3 彼はその一隻のシモンの小舟に乗って、陸から少し離れるよう頼み、すわって舟から群衆を教えられた。
5:4 話し終わると、シモンにいわれた、「沖に出して網をおろして漁をなさい」と。
5:5 シモンは答えた、「先生、夜どおしわれらは働きましたが何もとれませんでした。しかし、仰せですから網をおろしましょう」と。
新改訳1970
5:1 群衆がイエスに押し迫るようにして神のことばを聞いたとき、イエスはゲネサレ湖の岸べに立っておられたが、
5:2 岸べに小舟が二そうあるのをご覧になった。漁師たちは、その舟から降りて網を洗っていた。
5:3 イエスは、そのうちの一つの、シモンの持ち舟にのり、陸から少し漕ぎ出すように頼まれた。そしてイエスはすわって、舟から群衆を教えられた。
5:4 話が終わると、シモンに、「深みに漕ぎ出して、網をおろして魚をとりなさい。」と言われた。
5:5 するとシモンが答えて言った。「先生。私たちは、夜通し働きましたが、何一つとれませんでした。でもおことばどおり、網をおろしてみましょう。」
塚本訳1963
5:1 (ある日)群衆がおしかけてきて神の言葉を聞いていた時のこと、イエスはゲネサレ湖のほとりに立っておられて、
5:2 湖のほとりにある二艘の小舟がお目にとまった。漁師たちは舟から下りて網を洗っていた。
5:3 イエスはその一艘のシモンの舟に乗り、彼に頼んで陸からすこし漕ぎ出させ、坐って、舟の中から群衆を教えられた。
5:4 話がすむと、シモンに言われた、「沖に漕ぎ出し、網をおろして漁をしてみなさい。」
5:5 シモンが答えた、「先生、わたし達は(昨夜)一晩中働きましたが、何もとれませんでした。しかし先生のお言葉ですから、網をおろしてみます。」
口語訳1955
5:1 さて、群衆が神の言を聞こうとして押し寄せてきたとき、イエスはゲネサレ湖畔に立っておられたが、
5:2 そこに二そうの小舟が寄せてあるのをごらんになった。漁師たちは、舟からおりて網を洗っていた。
5:3 その一そうはシモンの舟であったが、イエスはそれに乗り込み、シモンに頼んで岸から少しこぎ出させ、そしてすわって、舟の中から群衆にお教えになった。
5:4 話がすむと、シモンに「沖へこぎ出し、網をおろして漁をしてみなさい」と言われた。
5:5 シモンは答えて言った、「先生、わたしたちは夜通し働きましたが、何も取れませんでした。しかし、お言葉ですから、網をおろしてみましょう」。
文語訳1917
"420601","イエス安息日に麥畠を過ぎ給ふとき、弟子たち穗を摘み、手にて揉みつつ食ひたれば、"
"420602","パリサイ人のうち或者ども言ふ『なんぢらは何ゆゑ安息日に爲まじき事をするか』"
"420603","イエス答へて言ひ給ふ『ダビデその伴へる人々とともに飢ゑしとき、爲しし事をすら讀まぬか。"
"420604","即ち神の家に入りて、祭司の他は食ふまじき供のパンを取りて食ひ、己と偕なる者にも與へたり』"
"420605","また言ひたまふ『人の子は安息日の主たるなり』"
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各国聖書引照
(日)並行個所・・・・・・塚本虎二訳
塚本訳 マコ 2:23-28
2:23 ある安息日に麦畑の中を通られたときのこと、弟子たちが(空腹を覚えて)歩きながら穂を摘み始めた。
2:24 パリサイ人がイエスに言った、「なぜあの人たちは、あんな、安息日にしてはならぬことをするのか。」
2:25 イエスが言われるには、「あなた達は、ダビデ(王)が自分も供の者も食べるものがなくて空腹の時に何をしたか、(まだ聖書で)読んだことがないのか。
2:26 ──彼が大祭司アビアタルの時、神の家に入って、祭司のほかだれも食べてはならない、『供えのパンを』食べ、供をしている者にもわけてやったことを。」
2:27 また彼らに言われた、「安息日は人のためで、人が安息日のためにあるのではない。
2:28 だから人の子(わたし)はまた安息日の主人である。」
塚本訳 マタ 12:1-8
12:1 そのころ、ある安息日にイエスは麦畑の中を通られた。弟子たちは空腹を覚えたので、穂を摘んで食べ始めた。
12:2 パリサイ人が見てイエスに言った、「あなたの弟子は、あんな、安息日にしてはならぬことをしている。」
12:3 イエスが言われた、「あなた達は、ダビデ(王)と供の者とが空腹の時に何をしたか、(聖書で)読んだことがないのか。
12:4 ──彼が神の家に入って、ただ祭司のほかはだれも、自分も供の者も食べてはならない『供えのパンを』(彼らと)食べたことを。
12:5 また、祭司は安息日に宮で(いろいろな務めをして)安息日を犯しても罪にならぬことを、律法で読んだことがないのか。
12:6 わたしは言う、(ダビデ王よりも、祭司よりも、)宮よりも大きい者が(今)ここにいる。
12:7 もしあなた達に、『わたしは憐れみを好み、犠牲を好まない』という(神の言葉の)意味がわかっていたなら、罪もないこの人たちを(安息日違犯だと言って)咎め立てしなかったであろうに。
12:8 (わたしの弟子たちに罪はない。)人の子(わたし)は安息日の主人であるから。」
(独)NESTLE-ALAND NOVUM TESTAMENTUM GRAECE 27版1993 の引照
・・・・
(英・米)THE NEW
TREASURY OF SCRIPTURE KNOWLEDGE 1982 の引照
・・・・
(日)新共同訳1987 の引照
新共同 ヘブ 9:2
9:2 すなわち、第一の幕屋が設けられ、その中には燭台、机、そして供え物のパンが置かれていました。この幕屋が聖所と呼ばれるものです。
新共同 エペ 1:22
1:22 神はまた、すべてのものをキリストの足もとに従わせ、キリストをすべてのものの上にある頭として教会にお与えになりました。
(仏)THE
NEW JERUSALEM BIBLE 1985 の引照
・・・・
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ルカ6:6−11
手なえ
翻訳比較
岩波翻訳委員会訳1995
420606さて、また別の安息日に、彼が会堂に入り、教えていた際、そこに一人の人が
いたが、その右手は萎えていた。
420607すると律法学者たちとファリサイ人たちは、イエス一が安息日に癒すのかどうか、うかがっていた。彼を訴える〔口実を〕見つけようというのであった。
420608しかし、イエス自身は、彼らの思いを知って、萎えた手を持った人に言った、「起きなさい、そして、真中へ進み出なさい」。すると彼は起き上がって立った。
420609そこでイエスは、彼らに対して言った、「お前たちにたずねよう、安息日に許されているのは、善行をなすことか、悪をなすことか、いのちを救うことか、滅ぼすことか」。420610そこで彼は彼ら全員を見まわして、その人に言った、「あなたの手を伸ばしなさい」。そこで彼はそのようにすると、その手は元通りにされた。
420611しかし彼らのほうは、〔愚昧(ぐまい)な〕憤怒(ふんぬ)に満たされ、イエスに対してどういう手を打ったらよいか、互いに談合し始めた。
新共同訳1987
6:6 また、ほかの安息日に、イエスは会堂に入って教えておられた。そこに一人の人がいて、その右手が萎えていた。
6:7 律法学者たちやファリサイ派の人々は、訴える口実を見つけようとして、イエスが安息日に病気をいやされるかどうか、注目していた。
6:8 イエスは彼らの考えを見抜いて、手の萎えた人に、「立って、真ん中に出なさい」と言われた。その人は身を起こして立った。
6:9 そこで、イエスは言われた。「あなたたちに尋ねたい。安息日に律法で許されているのは、善を行うことか、悪を行うことか。命を救うことか、滅ぼすことか。」
6:10 そして、彼ら一同を見回して、その人に、「手を伸ばしなさい」と言われた。言われたようにすると、手は元どおりになった。
6:11 ところが、彼らは怒り狂って、イエスを何とかしようと話し合った。
前田訳1978
6:6 別の安息日に、彼が会堂に入って教えられたときのこと、そこに右手のなえた人がいた。
6:7 学者とパリサイ人は彼が安息日にいやしをなさるかと見守っていた。それは訴える口実を見つけるためであった。
6:8 彼らの考えを悟って、彼は手のなえた人にいわれた、「起きて真ん中にお立ち」と。すると起きあがって立った。
6:9 イエスは彼らにいわれた、「あなた方にきくが、安息日に許されているのは善をなすことか悪をなすことか、いのちを救うことか滅ぼすことか」と。
6:10 そして皆を見まわしてその人にいわれた、「手をおのばし」と。そのとおりにすると、手がなおった。
6:11 彼らは怒りに満たされ、イエスをどうしようかと互いに話しあった。
新改訳1970
6:6 別の安息日に、イエスは会堂にはいって教えておられた。そこに右手のなえた人がいた。
6:7 そこで律法学者、パリサイ人たちは、イエスが安息日に人を直すかどうか、じっと見ていた。彼を訴える口実を見つけるためであった。
6:8 イエスは彼らの考えをよく知っておられた。それで、手のなえた人に、「立って、真中に出なさい。」と言われた。その人は、起き上がって、そこに立った。
6:9 イエスは人々に言われた。「あなたがたに聞きますが、安息日にしてよいのは、善を行なうことなのか、それとも悪を行なうことなのか。いのちを救うことなのか、それとも失うことなのか、どうですか。」
6:10 そして、みなの者を見回してから、その人に、「手を伸ばしなさい。」と言われた。そのとおりにすると、彼の手は元どおりになった。
6:11 すると彼らはすっかり分別を失ってしまって、イエスをどうしてやろうかと話し合った。
塚本訳1963
6:6 またほかの安息日に、礼拝堂に入って教えられた。するとそこに一人の人がいて、右手がなえていた。
6:7 聖書学者とパリサイ人たちが、イエスは安息日になおされるかどうかと、ひそかに様子をうかがっていた。訴え出る口実を見つけるためであった。
6:8 イエスは彼らの考えを知って、手のなえた男に「立って真中に出てこい」と言われると、立ち上がって出てきた。
6:9 イエスが彼らに言われた、「尋ねるが、安息日には、善いことをするのと悪いことをするのと、命を救うのと、滅ぼすのと、どちらが正しいだろうか。」
6:10 そして一同を見まわして、その人に言われた、「手をのばせ。」その通りにすると、手が直った。
6:11 彼らは狂わんばかりに怒って、イエスをどうしょうかと話し合った。
口語訳1955
6:6 また、ほかの安息日に会堂にはいって教えておられたところ、そこに右手のなえた人がいた。
6:7 律法学者やパリサイ人たちは、イエスを訴える口実を見付けようと思って、安息日にいやされるかどうかをうかがっていた。
6:8 イエスは彼らの思っていることを知って、その手のなえた人に、「起きて、まん中に立ちなさい」と言われると、起き上がって立った。
6:9 そこでイエスは彼らにむかって言われた、「あなたがたに聞くが、安息日に善を行うのと悪を行うのと、命を救うのと殺すのと、どちらがよいか」。
6:10 そして彼ら一同を見まわして、その人に「手を伸ばしなさい」と言われた。そのとおりにすると、その手は元どおりになった。
6:11 そこで彼らは激しく怒って、イエスをどうかしてやろうと、互に話合いをはじめた。
文語訳1917
"420606","又ほかの安息日に、イエス會堂に入りて教をなし給ひしに、此處に人あり、其の右の手なえたり。"
"420607","學者・パリサイ人ら、イエスを訴ふる廉を見出さんと思ひて、安息日に人を醫すや否やを窺ふ。"
"420608","イエス彼らの念を知りて、手なえたる人に『起きて中に立て』と言ひ給へば、起きて立てり。"
"420609","イエス彼らに言ひ給ふ『われ汝らに問はん、安息日に善をなすと惡をなすと、生命を救ふと亡すと、孰かよき』"
"420610","かくて一同を見まはして、手なえたる人に『なんぢの手を伸べよ』と言ひ給ふ。かれ然なしたれば、その手癒ゆ。"
"420611","然るに彼ら狂気の如くなりて、イエスに何をなさんと語り合へり。"
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各国聖書引照
(日)並行個所・・・・・・塚本虎二訳
塚本訳 マコ 3:1-6
3:1 ふたたび(ある安息日に)礼拝堂に入られると、そこに片手のなえている人がいた。
3:2 (パリサイ派の)人々がイエスは安息日にこの人をなおされるかどうかと、ひそかに様子をうかがっていた。訴え出る(口実を見つける)ためであった。
3:3 イエスは(それと知って)、手のなえた人に「立って真中に出てこい」と言っておいて、
3:4 彼らに言われる、「安息日には、善いことをするのと悪いことをするのと、命を救うのと殺すのと、どちらが正しいか。」彼らは黙っていた。
3:5 するとイエスは怒気をふくんで人々を見まわし、彼らの心の頑ななのをふかく悲しんで、その人に言われる、「手をのばせ。」のばすと手が直った。
3:6 パリサイ人たちは出ていって、すぐヘロデ党の者と、イエスを殺す相談をはじめた。
塚本訳 マタ 12:9-14
12:9 そこを去って、(ある安息日に)礼拝堂に入られた。
12:10 するとそこに、片手のなえた人がいた。(パリサイ派の)人々がイエスに、「安息日に病気をなおすことは正しいだろうか」と尋ねた。イエスを訴え出る(口実を見つける)ためであった。
12:11 彼らにこたえられた、「あなた達のうちには羊を一匹持っていて、もしそれが安息日に穴に落ち込めば、引っぱり上げてやらない者がだれかあるだろうか。
12:12 ところで、人間は羊よりもどれだけ大切だか知れない。だから安息日に良いことをするのは正しい。」
12:13 それからその人に言われる、「手をのばせ。」のばすと直って、片方の手のようによくなった。
12:14 パリサイ人たちは出ていって、イエスを殺すことを決議した。
(独)NESTLE-ALAND NOVUM TESTAMENTUM GRAECE 27版1993 の引照
新共同 ルカ 5:22
5:22 イエスは、彼らの考えを知って、お答えになった。「何を心の中で考えているのか。
(英・米)THE NEW
TREASURY OF SCRIPTURE KNOWLEDGE 1982 の引照
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(日)新共同訳1987 の引照
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(仏)THE
NEW JERUSALEM BIBLE 1985 の引照
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ルカ6:12−16
十二使徒を選ぶ
翻訳比較
岩波翻訳委員会訳1995
420612さて、その頃、彼は祈るために出て山へ行った際、神〔へ〕の祈りの中で夜を徹していた。
420613そして、朝が来た時、彼の弟子たちを呼び寄せ、その中から、十二人を選び出しその彼らを使徒とも名付けた。
420614〔彼らは、〕彼がペトロとも名付けたシモン、そしてその兄弟のアンドレアス、そしてヤコブ、そしてヨハネ、そして
フィリッポス、そしてバルトロマイオス、
420615そしてマタイ、そしてトマス、そしてアルファイオスの子ヤコブ、そして熱心党員と言われていたシモン、
420616そしてヤコブの子ユダ、そしてイスカリオトのユダ〔である〕。このユダは、裏切り者になった。
新共同訳1987
6:12 そのころ、イエスは祈るために山に行き、神に祈って夜を明かされた。
6:13 朝になると弟子たちを呼び集め、その中から十二人を選んで使徒と名付けられた。
6:14 それは、イエスがペトロと名付けられたシモン、その兄弟アンデレ、そして、ヤコブ、ヨハネ、フィリポ、バルトロマイ、
6:15 マタイ、トマス、アルファイの子ヤコブ、熱心党と呼ばれたシモン、
6:16 ヤコブの子ユダ、それに後に裏切り者となったイスカリオテのユダである。
前田訳1978
6:12 そのころ、彼は山へ祈りに行って、神への祈りのうちに夜をあかされた。
6:13 朝になると、弟子たちを呼びよせ、その中から十二人を選んで使徒と名づけられた。
6:14 すなわち、ペテロともいわれたシモンとその兄弟アンデレ、ヤコブとヨハネ、ピリポとバルトロマイ、
6:15 マタイとトマス、アルパヨの子ヤコブと熱心党と呼ばれたシモン、
6:16 ヤコブの子ユダ、イスカリオテのユダ、この人は裏切り者になった。
新改訳1970
6:12 このころ、イエスは祈るために山に行き、神に祈りながら夜を明かされた。
6:13 夜明けになって、弟子たちを呼び寄せ、その中から十二人を選び、彼らに使徒という名をつけられた。
6:14 すなわち、ペテロという名をいただいたシモンとその兄弟アンデレ、ヤコブとヨハネ、ピリポとバルトロマイ、
6:15 マタイとトマス、アルパヨの子ヤコブと熱心党員と呼ばれるシモン、
6:16 ヤコブの子ユダとイエスを裏切ったイスカリオテ・ユダである。
塚本訳1963
6:12 このころのこと、イエスは祈りのため山に行って、神に祈りながら夜をあかされた。
6:13 朝になると弟子を呼びよせ、その中から十二人を選び、これをまた使徒と名づけられた。
6:14 すなわち、シモン──この人をまたペテロと名づけられた──と、その兄弟アンデレと、ヤコブとヨハネと、ピリポとバルトロマイと、
6:15 マタイとトマスと、アルパヨの子ヤコブと熱心党と呼ばれたシモンと、
6:16 ヤコブの子ユダと、イスカリオテのユダ──この人は(あとで)裏切者になった。
口語訳1955
6:12 このころ、イエスは祈るために山へ行き、夜を徹して神に祈られた。
6:13 夜が明けると、弟子たちを呼び寄せ、その中から十二人を選び出し、これに使徒という名をお与えになった。
6:14 すなわち、ペテロとも呼ばれたシモンとその兄弟アンデレ、ヤコブとヨハネ、ピリポとバルトロマイ、
6:15 マタイとトマス、アルパヨの子ヤコブと、熱心党と呼ばれたシモン、
6:16 ヤコブの子ユダ、それからイスカリオテのユダ。このユダが裏切者となったのである。
文語訳1917
"420612","その頃イエス祈らんとて山にゆき、神に祈りつつ夜を明したまふ。"
"420613","夜明になりて弟子たちを呼び寄せ、その中より十二人を選びて、之を使徒と名づけたまふ。"
"420614","即ちペテロと名づけ給ひしシモンと其の兄弟アンデレと、ヤコブとヨハネと、ピリポとバルトロマイと、"
"420615","マタイとトマスと、アルパヨの子ヤコブと熱心黨と呼ばるるシモンと、"
"420616","ヤコブの子ユダとイスカリオテのユダとなり。このユダはイエスを賣る者となりたり。"
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各国聖書引照
(日)並行個所・・・・・・塚本虎二訳
塚本訳 マコ 3:13-19
3:13 それから(近くの)山に上り、自分でこれぞと思う人たちを呼びよせられると、あつまって来た。
3:14 そこで十二人(の弟子)をお決めになった。そばに置くため、またこれを派遣して、教えを説かせたり、
3:15 全権をさずけて悪鬼を追い出させたりするためであった。
3:16 すなわち十二人を決めて、シモンにペテロという名をつけ、
3:17 ゼベダイの子ヤコブとヤコブの兄弟のヨハネと──この二人にはボアネルゲ、すなわち「雷の子」という名をつけられた。──
3:18 アンデレとピリポとバルトロマイとマタイとトマスとアルパヨの子ヤコブとタダイと熱心党のシモンと
3:19 イスカリオテのユダ。この人は(あとで)イエスを売った。
塚本訳 マタ 10:1-4
10:1 そこで十二人の弟子を呼びよせて、汚れた霊を追い出し、またあらゆる病気、あらゆる煩いをなおす全権を授けられた。
10:2 十二使徒の名はこれである。──まず、ペテロと言われたシモンとその兄弟のアンデレ、それからゼベダイの子ヤコブとその兄弟のヨハネ、
10:3 ピリポとバルトロマイ、トマスと税金取りマタイ、アルパヨの子ヤコブとタダイ、
10:4 熱心党のシモンと(あとで)イエスを売ったイスカリオテのユダ。
(独)NESTLE-ALAND NOVUM TESTAMENTUM GRAECE 27版1993 の引照
新共同 ルカ 9:28
9:28 この話をしてから八日ほどたったとき、イエスは、ペトロ、ヨハネ、およびヤコブを連れて、祈るために山に登られた。
新共同 マタ 9:9
9:9 イエスはそこをたち、通りがかりに、マタイという人が収税所に座っているのを見かけて、「わたしに従いなさい」と言われた。彼は立ち上がってイエスに従った。
(英・米)THE NEW
TREASURY OF SCRIPTURE KNOWLEDGE 1982 の引照
口語訳 Uコリ5:20
5:20 神がわたしたちをとおして勧めをなさるのであるから、わたしたちはキリストの使者なのである。そこで、キリストに代って願う、神の和解を受けなさい。
(日)新共同訳1987 の引照
新共同 使 1:13
1:13 彼らは都に入ると、泊まっていた家の上の部屋に上がった。それは、ペトロ、ヨハネ、ヤコブ、アンデレ、フィリポ、トマス、バルトロマイ、マタイ、アルファイの子ヤコブ、熱心党のシモン、ヤコブの子ユダであった。
新共同 使 1:25-26
1:25 ユダが自分の行くべき所に行くために離れてしまった、使徒としてのこの任務を継がせるためです。」
1:26 二人のことでくじを引くと、マティアに当たったので、この人が十一人の使徒の仲間に加えられることになった。
新共同 ロマ 1:1
1:1 キリスト・イエスの僕、神の福音のために選び出され、召されて使徒となったパウロから、――
新共同 Uコリ11:5
11:5 あの大使徒たちと比べて、わたしは少しも引けは取らないと思う。
新共同 Uコリ12:11
12:11 わたしは愚か者になってしまいました。あなたがたが無理にそうさせたのです。わたしが、あなたがたから推薦してもらうべきだったのです。わたしは、たとえ取るに足りない者だとしても、あの大使徒たちに比べて少しも引けは取らなかったからです。
新共同 Tヨハ2:19
2:19 彼らはわたしたちから去って行きましたが、もともと仲間ではなかったのです。仲間なら、わたしたちのもとにとどまっていたでしょう。しかし去って行き、だれもわたしたちの仲間ではないことが明らかになりました。
(仏)THE
NEW JERUSALEM BIBLE 1985 の引照
口語訳 使 1:13
1:13 彼らは、市内に行って、その泊まっていた屋上の間にあがった。その人たちは、ペテロ、ヨハネ、ヤコブ、アンデレ、ピリポとトマス、バルトロマイとマタイ、アルパヨの子ヤコブと熱心党のシモンとヤコブの子ユダとであった。
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ルカ6:17−19
イエス有名になる
翻訳比較
岩波翻訳委員会訳1995
420617さて彼は、彼らと共に下にくだり、平地に〔降り〕立った。すると、彼の弟子たちの大群衆と、また、全ユダヤとエルサレムから、そしてテユロスとシドンとの海岸地帯から〔来た〕民の多くの群が〔そこにいた〕。
420618この彼らは、イエス〔の語ること〕を聞こうとして、そして彼らの〔さまざまな〕病から治してもらおうとして、やって来たのである。また、穢れた霊に苦しめられていた者たちは〔次々と〕癒された。
420619そこですべての群衆は彼に触れようと努めた。彼のもとから力が出て行き、
すべての者を治したからである。
新共同訳1987
6:17 イエスは彼らと一緒に山から下りて、平らな所にお立ちになった。大勢の弟子とおびただしい民衆が、ユダヤ全土とエルサレムから、また、ティルスやシドンの海岸地方から、
6:18 イエスの教えを聞くため、また病気をいやしていただくために来ていた。汚れた霊に悩まされていた人々もいやしていただいた。
6:19 群衆は皆、何とかしてイエスに触れようとした。イエスから力が出て、すべての人の病気をいやしていたからである。
前田訳1978
6:17 イエスは彼らとともに山を下り、平らなところに立たれた。大勢の弟子の群れと、全ユダヤ、ことにエルサレム、またツロとシドンの海岸から来た大勢の民がいた。
6:18 彼に耳傾け、病をいやしてもらおうとしたのである。けがれた霊になやまされていたものもいやされた。
6:19 群衆は皆なんとかして彼にさわろうとしていた。彼から力が出て皆をいやしていたからである。
新改訳1970
6:17 それから、イエスは、彼らとともに山を下り、平らな所にお立ちになったが、多くの弟子たちの群れや、ユダヤ全土、エルサレム、さてはツロやシドンの海べから来た大ぜいの民衆がそこにいた。
6:18 イエスの教えを聞き、また病気を直していただくために来た人々である。また、汚れた霊に悩まされていた人たちもいやされた。
6:19 群衆のだれもが何とかしてイエスにさわろうとしていた。大きな力がイエスから出て、すべての人をいやしたからである。
塚本訳1963
6:17 イエスはこの人々を連れて(山を)下り、平らな所にお立ちになった。大勢の弟子の群と、ユダヤ全国、ことにエルサレム、また(遠く)ツロ、シドンの沿岸から来た大勢の民衆の群も、
6:18 教えを聞き、また病気を直していただこうとして、そこにいた。汚れた霊になやまされていた者もなおされた。
6:19 群衆が皆、なんとかしてイエスにさわろうとした。彼から力が出て、一人のこらず直したからである。
口語訳1955
6:17 そして、イエスは彼らと一緒に山を下って平地に立たれたが、大ぜいの弟子たちや、ユダヤ全土、エルサレム、ツロとシドンの海岸地方などからの大群衆が、
6:18 教を聞こうとし、また病気をなおしてもらおうとして、そこにきていた。そして汚れた霊に悩まされている者たちも、いやされた。
6:19 また群衆はイエスにさわろうと努めた。それは力がイエスの内から出て、みんなの者を次々にいやしたからである。
文語訳1917
"420617","イエス此等とともに下りて、平かなる處に立ち給ひしに、弟子の大なる群衆、およびユダヤ全國、エルサレム又ツロ、シドンの海邊より來りて、或は教を聽かんとし、或は病を醫されんとする民の大なる群も、そこにあり。
"420618","穢れし靈に惱されたる者も醫される。"
"420619","能力イエスより出でて、凡ての人を醫せば、群衆みなイエスに觸らん事を求む。"
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各国聖書引照
(日)並行個所・・・・・・塚本虎二訳
塚本訳 マコ 3:7-10
3:7 イエスが弟子たちを連れて湖の方へ立ちのかれると、ガリラヤから来た大勢の人の群がついて行った。またユダヤ、
3:8 ことにエルサレムから、イドマヤや、ヨルダン川の向こう(のペレヤ)や、(遠く)ツロ、シドンあたりから(までも)、大勢の人の群が彼の所にあつまって来た。しておられることをみな、聞いたからである。
3:9 イエスは自分のために小舟を一艘用意しておくようにと、弟子たちに言いつけられた。群衆に押しつぶされないためであった。
3:10 大勢の者をなおされたので、病気になやむ者がみな彼にさわろうとして、どっと押し寄せたのである。
塚本訳 マタ 12:15
12:15 イエスはそれと知って、そこを立ちのかれた。すると大勢の者がついて来たので、一人のこらずその病気をなおして、
塚本訳 マタ 4:25-5:1
4:25 ガリラヤ、デカポリス、エルサレム、ユダヤ、およびヨルダン川の向こう(のペレヤ)から来た大勢の群衆が、イエスについって回った。
5:1 イエスはこれらの群衆を見て、(近くの)山に上られた。お坐りになると、弟子たちがそばに来たので、
(独)NESTLE-ALAND NOVUM TESTAMENTUM GRAECE 27版1993 の引照
新共同 ルカ 5:17
5:17 ある日のこと、イエスが教えておられると、ファリサイ派の人々と律法の教師たちがそこに座っていた。この人々は、ガリラヤとユダヤのすべての村、そしてエルサレムから来たのである。主の力が働いて、イエスは病気をいやしておられた。
(英・米)THE NEW
TREASURY OF SCRIPTURE KNOWLEDGE 1982 の引照
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(日)新共同訳1987 の引照
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(仏)THE
NEW JERUSALEM BIBLE 1985 の引照
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平野の説教(6:20−49)
ルカ6:20−23
幸いな人たち
翻訳比較
岩波翻訳委員会訳1995
420620そして彼は、その弟子たちに向かって目を上げ、語り始めた。
「幸いだ、乞食たち、
神の王国はそのあなたたちのものだ。
420621幸いだ、いま飢えている者たち、
あなたたちは満腹するだろう。
幸いだ、いま泣いている者たち、
あなたたちは〔大〕笑いするだろう。
420622幸いだ、あなたたちは。人々があなたたちを憎む時、そして人の子のゆえにあ
なたたちを排斥し、侮辱し、あなたたちの名を悪しきものとして唾棄する時は。
420623その日には喜べ、そして跳ね回れ。見よ、あなたたちの報いは天において多いか
らだ。実際、彼らの父祖たちは、預言者たちにも同じようにしていたのだ。
新共同訳1987
6:20 さて、イエスは目を上げ弟子たちを見て言われた。「貧しい人々は、幸いである、/神の国はあなたがたのものである。
6:21 今飢えている人々は、幸いである、/あなたがたは満たされる。今泣いている人々は、幸いである、/あなたがたは笑うようになる。
6:22 人々に憎まれるとき、また、人の子のために追い出され、ののしられ、汚名を着せられるとき、あなたがたは幸いである。
6:23 その日には、喜び踊りなさい。天には大きな報いがある。この人々の先祖も、預言者たちに同じことをしたのである。
前田訳1978
6:20 彼は目をあげ、弟子たちを見ながらいわれた、「さいわいなのは貧しい人々、神の国はあなた方のものだから。
6:21 さいわいなのは今飢える人々、あなた方は満たされようから。さいわいなのは今泣く人々、あなた方は笑おうから。
6:22 さいわいなのはあなた方、人々が憎み、人の子ゆえに除名し、ののしり、汚名を着せるときに。
6:23 その日にはよろこび躍りなさい、天での褒美が多いから。同じように彼らの先祖も預言者たちにしたのである。
新改訳1970
6:20 イエスは目を上げて弟子たちを見つめながら、話しだされた。「貧しい者は幸いです。神の国はあなたがたのものですから。
6:21 いま飢えている者は幸いです。あなたがたは、やがて飽くことができますから。いま泣いている者は幸いです。あなたがたは、いまに笑うようになりますから。
6:22 人の子のために、人々があなたがたを憎むとき、また、あなたがたを除名し、はずかしめ、あなたがたの名をあしざまにけなすとき、あなたがたは幸いです。
6:23 その日には、喜びなさい。おどり上がって喜びなさい。天ではあなたがたの報いは大きいからです。彼らの先祖も、預言者たちをそのように扱ったのです。
塚本訳1963
6:20 イエスは目をあげ、(十二人の使徒その他の)弟子たちを見ながら話された。──「ああ幸いだ、『貧しい人たち、』神の国はあなた達のものとなるのだから。
6:21 ああ幸いだ、今飢えている人たち、(かの日に)満腹させられるのはあなた達だから。ああ幸いだ、今泣いている人たち、(かの日に)笑うのはあなた達だから。
6:22 人に憎まれる時、また、人の子(わたし)のゆえに除名されたり、罵られたり、悪様に言われたりする時には、あなた達は幸いである。
6:23 その日には躍りあがって喜びなさい、どっさり褒美が、天であなた達を待っているのだから。あの人達の先祖も、同じことを預言者たちにしたのである。
口語訳1955
6:20 そのとき、イエスは目をあげ、弟子たちを見て言われた、「あなたがた貧しい人たちは、さいわいだ。神の国はあなたがたのものである。
6:21 あなたがたいま飢えている人たちは、さいわいだ。飽き足りるようになるからである。あなたがたいま泣いている人たちは、さいわいだ。笑うようになるからである。
6:22 人々があなたがたを憎むとき、また人の子のためにあなたがたを排斥し、ののしり、汚名を着せるときは、あなたがたはさいわいだ。
6:23 その日には喜びおどれ。見よ、天においてあなたがたの受ける報いは大きいのだから。彼らの祖先も、預言者たちに対して同じことをしたのである。
文語訳1917
"420620","イエス目をあげ弟子たちを見て言ひたまふ『幸福なるかな、貧しき者よ、神の國は汝らの有なり。"
"420621","幸福なる哉、いま飢うる者よ、汝ら飽くことを得ん。幸福なる哉、いま泣く者よ、汝ら笑ふことを得ん。"
"420622","人なんぢらを憎み、人の子のために遠ざけ、謗り、汝らの名を惡しとして棄てなば、汝ら幸福なり。"
"420623","その日には喜び躍れ。視よ、天にて汝らの報は大なり、彼らの先祖が預言者たちに爲ししも斯くありき。"
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各国聖書引照
(日)並行個所・・・・・・塚本虎二訳
塚本訳 マタ 5:2-12
5:2 口を開き、こう言って教えられた。(群衆も集まってきて聞いた。)──
5:3 ああ幸いだ、神に寄りすがる『貧しい人たち、』天の国はその人たちのものとなるのだから。
5:4 ああ幸いだ、『悲しんでいる人たち、』、(かの日に)『慰めていただく』のはその人たちだから。
5:5 ああ幸いだ、『(踏みつけられて)じっと我慢している人たち、』、『(約束の)地(なる御国)を相続する』のはその人たちだから。
5:6 ああ幸いだ、(神の)義に飢え渇いている人たち、(かの日に)満足させられるのはその人たちだから。
5:7 ああ幸いだ、憐れみ深い人たち、(かの日に)憐れんでいただくのはその人たちだから。
5:8 ああ幸いだ、『心の清い人たち、』(御国に入って)神にまみえるのはその人たちだから。
5:9 ああ幸いだ、平和を作る人たち、神の子にしていただくのはその人たちだから。
5:10 ああ幸いだ、信仰のために迫害される人たち、天の国はその人たちのものとなるのだから。
5:11 わたしゆえに罵られたり、迫害されたり、あらん限りの根も葉もない悪口を言われたりする時、あなた達は幸いである。
5:12 小躍りして喜びなさい、褒美がどっさり天であなた達を待っているのだから。あなた達より前の預言者たちも、同じように迫害されたのである。
(独)NESTLE-ALAND NOVUM TESTAMENTUM GRAECE 27版1993 の引照
新共同 使 7:52
7:52 いったい、あなたがたの先祖が迫害しなかった預言者が、一人でもいたでしょうか。彼らは、正しい方が来られることを預言した人々を殺しました。そして今や、あなたがたがその方を裏切る者、殺す者となった。
(英・米)THE NEW
TREASURY OF SCRIPTURE KNOWLEDGE 1982 の引照
口語訳 Tコリ1:26-29
1:26 兄弟たちよ。あなたがたが召された時のことを考えてみるがよい。人間的には、知恵のある者が多くはなく、権力のある者も多くはなく、身分の高い者も多くはいない。
1:27 それだのに神は、知者をはずかしめるために、この世の愚かな者を選び、強い者をはずかしめるために、この世の弱い者を選び、
1:28 有力な者を無力な者にするために、この世で身分の低い者や軽んじられている者、すなわち、無きに等しい者を、あえて選ばれたのである。
1:29 それは、どんな人間でも、神のみまえに誇ることがないためである。
口語訳 Tコリ4:11
4:11 今の今まで、わたしたちは飢え、かわき、裸にされ、打たれ、宿なしであり、
口語訳 Uコリ1:4-6
1:4 神は、いかなる患難の中にいる時でもわたしたちを慰めて下さり、また、わたしたち自身も、神に慰めていただくその慰めをもって、あらゆる患難の中にある人々を慰めることができるようにして下さるのである。
1:5 それは、キリストの苦難がわたしたちに満ちあふれているように、わたしたちの受ける慰めもまた、キリストによって満ちあふれているからである。
1:6 わたしたちが患難に会うなら、それはあなたがたの慰めと救とのためであり、慰めを受けるなら、それはあなたがたの慰めのためであって、その慰めは、わたしたちが受けているのと同じ苦難に耐えさせる力となるのである。
口語訳 Uコリ6:10
6:10 悲しんでいるようであるが、常に喜んで