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第一コリント 9:1−3

偶像に供えた肉について ―― わたしは使徒

 

 

翻訳比較

 

岩波翻訳委員会訳1995

460901私は白由ではないのか。私は使徒ではないのか。私は私たちの主イエスを見たのではないのか。私の働き〔の成果〕は、主にあるあなたがたではないのか。

460902たとえ私が他の人たちにとっては使徒でないとしても、あなたがたにとっては私はたしかに〔使徒で〕ある。なぜならば、私の使徒職の証印は、主にあるあなたがたなのだから。

460903私をさばく者たちに対する私の弁明はこれである。

 

新共同訳1987

9:1 わたしは自由な者ではないか。使徒ではないか。わたしたちの主イエスを見たではないか。あなたがたは、主のためにわたしが働いて得た成果ではないか。

9:2 他の人たちにとってわたしは使徒でないにしても、少なくともあなたがたにとっては使徒なのです。あなたがたは主に結ばれており、わたしが使徒であることの生きた証拠だからです。

9:3 わたしを批判する人たちには、こう弁明します。

 

前田訳1978

9:1 わたしは自由人ではありませんか。わたしは使徒ではありませんか。われらの主イエスを見たではありませんか。あなた方は主にあるわがわざではありませんか。

9:2 たとえ他の人々には使徒でなくても、あなた方にはそうです。あなた方は主にあって、わが使徒性の太鼓判です。

9:3 わたしを裁く人々へのわが弁明は次のようです。

 

新改訳1970

9:1 私には自由がないでしょうか。私は使徒ではないのでしょうか。私は私たちの主イエスを見たのではないでしょうか。あなたがたは、主にあって私の働きの実ではありませんか。

9:2 たとい私がほかの人々に対しては使徒でなくても、少なくともあなたがたに対しては使徒です。あなたがたは、主にあって、私が使徒であることの証印です。

9:3 私をさばく人たちに対して、私は次のように弁明します。

 

塚本訳1963

9:1 わたしは(すべての律法から釈放されて)自由ではないか。わたしは(とくに神に選ばれた)使徒ではないか。(このことを疑う者があるようだが、)わたしはわたし達の主、(復活の)イエスにお目にかかったではないか。あなた達は主におけるわたしの作品ではないか。

9:2 ほかの人たちには使徒でなくても、少なくともあなた達にはそうである。なぜなら、あなた達は主にあってわたしの使徒職を証明する印鑑であるから。

9:3 ──これが、わたしを批判する人たちに対するわたしの答弁である。

 

口語訳1955

9:1 わたしは自由な者ではないか。使徒ではないか。わたしたちの主イエスを見たではないか。あなたがたは、主にあるわたしの働きの実ではないか。

9:2 わたしは、ほかの人に対しては使徒でないとしても、あなたがたには使徒である。あなたがたが主にあることは、わたしの使徒職の印なのである。

9:3 わたしの批判者たちに対する弁明は、これである。

 

文語訳1917

460924あなたがたは知らないのか、競技場で走る者は全員走りはするが、しかし賞を受けるのは一人〔だけ〕だということを。あなたがたは〔その賞を〕手に入れるために、そのように〔努力して〕走りなさい。

460925さて、競技をする者は誰でも、すべての点で節制する。かの人たちは朽ちる冠を受けるために〔そうするが〕、しかし私たちは朽ちることのない〔冠を受けるためにそうする〕。460926それゆえに、私は〔目標が〕不明瞭であるような仕方では走らず、〔また〕空を打つような仕方で拳闘することはしない。

460927むしろ私は、私のからだを殴打し、奴隷として従わせるのである ――他の人々に宣教しておきながら、よもや私自身が失格者になるということがないために ――。

 

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各国聖書引照編集

 

(独)NESTLE-ALAND  NOVUM TESTAMENTUM  GRAECE 27版1993 の引照

新共同 Tコリ15:8

15:8 そして最後に、月足らずで生まれたようなわたしにも現れました。

 

新共同 使  22:1

22:1 「兄弟であり父である皆さん、これから申し上げる弁明を聞いてください。」

 

(英・米)THE NEW TREASURY OF SCRIPTURE KNOWLEDGE 1982 の引照

口語訳 Tコリ9:19-21

9:19 わたしは、すべての人に対して自由であるが、できるだけ多くの人を得るために、自ら進んですべての人の奴隷になった。

9:20 ユダヤ人には、ユダヤ人のようになった。ユダヤ人を得るためである。律法の下にある人には、わたし自身は律法の下にはないが、律法の下にある者のようになった。律法の下にある人を得るためである。

9:21 律法のない人には――わたしは神の律法の外にあるのではなく、キリストの律法の中にあるのだが――律法のない人のようになった。律法のない人を得るためである。

 

口語訳 ガラ 5:1

5:1 自由を得させるために、キリストはわたしたちを解放して下さったのである。だから、堅く立って、二度と奴隷のくびきにつながれてはならない。

 

口語訳 Tコリ4:14-15

4:14 わたしがこのようなことを書くのは、あなたがたをはずかしめるためではなく、むしろ、わたしの愛児としてさとすためである。

4:15 たといあなたがたに、キリストにある養育掛が一万人あったとしても、父が多くあるのではない。キリスト・イエスにあって、福音によりあなたがたを生んだのは、わたしなのである。

 

(日)新共同訳1987の引照

新共同 Tコリ9:19

9:19 わたしは、だれに対しても自由な者ですが、すべての人の奴隷になりました。できるだけ多くの人を得るためです。

 

新共同 Tコリ10:29

10:29 わたしがこの場合、「良心」と言うのは、自分の良心ではなく、そのように言う他人の良心のことです。どうしてわたしの自由が、他人の良心によって左右されることがありましょう。

 

新共同 ロマ 1:1

1:1 キリスト・イエスの僕、神の福音のために選び出され、召されて使徒となったパウロから、――

 

新共同 Uコリ12:12

12:12 わたしは使徒であることを、しるしや、不思議な業や、奇跡によって、忍耐強くあなたがたの間で実証しています。

 

新共同 Tテサ2:6

2:6 また、あなたがたからもほかの人たちからも、人間の誉れを求めませんでした。

 

新共同 Tテモ2:7

2:7 わたしは、その証しのために宣教者また使徒として、すなわち異邦人に信仰と真理を説く教師として任命されたのです。わたしは真実を語っており、偽りは言っていません。

 

新共同 Uテモ1:11

1:11 この福音のために、わたしは宣教者、使徒、教師に任命されました。

 

新共同 Tコリ15:8

15:8 そして最後に、月足らずで生まれたようなわたしにも現れました。

 

新共同 Tコリ3:6

3:6 わたしは植え、アポロは水を注いだ。しかし、成長させてくださったのは神です。

 

新共同 Uコリ3:2-3

3:2 わたしたちの推薦状は、あなたがた自身です。それは、わたしたちの心に書かれており、すべての人々から知られ、読まれています。

3:3 あなたがたは、キリストがわたしたちを用いてお書きになった手紙として公にされています。墨ではなく生ける神の霊によって、石の板ではなく人の心の板に、書きつけられた手紙です。

 

(仏)THE NEW JERUSALEM BIBLE 1985 の引照

口語訳 ロマ 1:1

1:1 キリスト・イエスの僕、神の福音のために選び別たれ、召されて使徒となったパウロから――

 

口語訳 ロマ 6:15

6:15 それでは、どうなのか。律法の下にではなく、恵みの下にあるからといって、わたしたちは罪を犯すべきであろうか。断じてそうではない。

 

口語訳 Uコリ12:12

12:12 わたしは、使徒たるの実を、しるしと奇跡と力あるわざとにより、忍耐をつくして、あなたがたの間であらわしてきた。

 

口語訳 Tコリ15:8

15:8 そして最後に、いわば、月足らずに生れたようなわたしにも、現れたのである。

 

口語訳 Uコリ3:3

3:3 そして、あなたがたは自分自身が、わたしたちから送られたキリストの手紙であって、墨によらず生ける神の霊によって書かれ、石の板にではなく人の心の板に書かれたものであることを、はっきりとあらわしている。

 

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第一コリント 9:4−12

偶像に供えた肉について ―― 使徒の権利 ―― わたし達はこの権利を用いない

 

 

翻訳比較

 

岩波翻訳委員会訳1995

460904私たちは食べたり飲んだりする権限をもたないのであろうか。

460905私たちは、他の使徒たちや主の兄弟たちやケファのように、一人の姉妹を妻として連れてまわる権限をもたないのであろうか。

460906あるいは私とバルナバだけは、労働しない〔で宣教する〕という権限をもたないのであろうか。

460907誰がいったい、自分自身の食糧をたずさえて兵役に服するであろうか。誰が葡萄園を造りながら、しかも彼の果実を食べないであろうか。また、誰が羊を養いながら、しかもその羊の乳を飲まないであろうか。

460908私はこれらのことを人間的に、語っているのだろうか。それとも、律法もまた

これらのことを言っているのではないだろうか。

460909なぜならば、モーセの律法の中に〔次のように〕書かれているからである。脱穀している牛に口籠(くつこ)をはめてはならない。神は牛のことを配慮されているのであろうか460910それとも神は、どのような場合にも、私たちのために言われているのではないであろうか。実際、私たちのためにこそ、耕す者は望みをもって耕すべきであり、脱穀する者は〔穀物に〕与る望みをもってそうすべきである、と書かれたのである。

460911もしも私たちが、あなたがたに霊的なものを蒔いたのなら、私たちがあなたがたの肉的なものを刈り取ることになるとしても、それは何か〔ある人たちが騒ぎ立てているように〕重大なことなのであろうか。

460912もしも他の人たちがあなたがたに対するこの権限に与っているとするなら、私たちこそは、よりいっそうそう〔することができるはず〕ではないのか。しかし私たちは、この権限を用いることをしなかった。むしろ、キリストの福音に対して何の妨げをも私たちが与えることのないように、すべてのことを私たちは耐え忍んでいる。

 

新共同訳1987

9:4 わたしたちには、食べたり、飲んだりする権利が全くないのですか。

9:5 わたしたちには、他の使徒たちや主の兄弟たちやケファのように、信者である妻を連れて歩く権利がないのですか。

9:6 あるいは、わたしとバルナバだけには、生活の資を得るための仕事をしなくてもよいという権利がないのですか。

9:7 そもそも、いったいだれが自費で戦争に行きますか。ぶどう畑を作って、その実を食べない者がいますか。羊の群れを飼って、その乳を飲まない者がいますか。

9:8 わたしがこう言うのは、人間の思いからでしょうか。律法も言っているではないですか。

9:9 モーセの律法に、「脱穀している牛に口籠をはめてはならない」と書いてあります。神が心にかけておられるのは、牛のことですか。

9:10 それとも、わたしたちのために言っておられるのでしょうか。もちろん、わたしたちのためにそう書かれているのです。耕す者が望みを持って耕し、脱穀する者が分け前にあずかることを期待して働くのは当然です。

9:11 わたしたちがあなたがたに霊的なものを蒔いたのなら、あなたがたから肉のものを刈り取ることは、行き過ぎでしょうか。

9:12 他の人たちが、あなたがたに対するこの権利を持っているとすれば、わたしたちはなおさらそうではありませんか。しかし、わたしたちはこの権利を用いませんでした。かえってキリストの福音を少しでも妨げてはならないと、すべてを耐え忍んでいます。

 

前田訳1978

9:4 われらには食べまた飲む権利がないのですか。

9:5 わたしには、他の使徒たちや主の兄弟たちやケパのように、姉妹である妻を連れ歩く権利がないのですか。

9:6 わたしとバルナバとだけに、働かないでいる権利がないのですか。

9:7 だれが自分の費用で兵士になりますか。だれがぶどう園を作ってその実を食べないでしょうか。また、だれが羊の群れを飼ってその群れの乳をとらないでしょうか。

9:8 わたしがこういうのは、人間的なのでしょうか。律法も同じことをいうのではありませんか。

9:9 まさしくモーセの律法に、「穀物を砕く牛にくつこをかけるな」と書かれています。神は牛のことをご心配ですか。

9:10 それとも、ひたすらわれらのためにこう仰せですか。たしかにわれらのためにこう書かれているのです。それは、耕すものは望みをもって耕し、穀物を砕くものは分け前への望みをもつべきだからです。

9:11 われらがあなた方に霊のものをまいた以上、あなた方から肉のものを刈り取っても大ごとではないでしょう。

9:12 もし他の人たちがあなた方に対するこの権利にあずかるならば、われらはなおさらではありませんか。しかるにわれらはこの権利を用いず、かえってすべてを忍んでいます。それはキリストの福音に少しも妨げを与えないためです。

 

新改訳1970

9:4 いったい私たちには飲み食いする権利がないのでしょうか。

9:5 私たちには、ほかの使徒、主の兄弟たち、ケパなどと違って、信者である妻を連れて歩く権利がないのでしょうか。

9:6 それともまた、私とバルナバだけには、生活のための働きをやめる権利がないのでしょうか。

9:7 いったい自分の費用で兵士になる者がいるでしょうか。自分でぶどう園を造りながら、その実を食べない者がいるでしょうか。羊の群れを飼いながら、その乳を飲まない者がいるでしょうか。

9:8 私がこんなことを言うのは、人間の考えによって言っているのでしょうか。律法も同じことを言っているではありませんか。

9:9 モーセの律法には、「穀物をこなしている牛に、くつこを掛けてはいけない。」と書いてあります。いったい神は、牛のことを気にかけておられるのでしょうか。

9:10 それとも、もっぱら私たちのために、こう言っておられるのでしょうか。むろん、私たちのためにこう書いてあるのです。なぜなら、耕す者が望みを持って耕し、脱穀する者が分配を受ける望みを持って仕事をするのは当然だからです。

9:11 もし私たちが、あなたがたに御霊のものを蒔いたのであれば、あなたがたから物質的なものを刈り取ることは行き過ぎでしょうか。

9:12 もし、ほかの人々が、あなたがたに対する権利にあずかっているのなら、私たちはなおさらその権利を用いてよいはずではありませんか。それなのに、私たちはこの権利を用いませんでした。かえって、すべてのことについて耐え忍んでいます。それは、キリストの福音に少しの妨げも与えまいとしてなのです。

 

塚本訳1963

9:4 わたし達には(集会の費用で)食べたり飲んだりする権利がないというのか。

9:5 わたし達には他の使徒たちや、主の御兄弟たちやケパのように、姉妹を妻として連れてまわる権利がないというのか。

9:6 それとも、わたしとバルナバとだけには、(生活のための)仕事をしない権利はないのか。

9:7 いったい手弁当で軍務に服する者があるのか。葡萄畑をつくっておいてその実を食べない者があるのか。また、群れを養っておいてその群れの乳を飲まない者があるのか。

9:8 わたしは(ただ)人間的にこれを主張するのであろうか。それとも、律法も同じことを言ってはいないのか。

9:9 モーセ律法に『脱穀する牛に口篭をはめてはならない』と書いてあるではないか。これは神が牛のためを考えられるのであろうか。

9:10 それとも、あくまでわたし達のために言われるのか。そうだたしかにわたし達のために、耕す者は(収穫を得る)望みがあって耕し、脱穀する者はそれにあずかる望みがあって脱穀するのでなければならない、と書いてあるのだ。

9:11 わたし達が霊的なものをあなた達にまいた以上、あなた達から物質的なものを刈り取ったところで、大したことではないか。

9:12 (なんの関係もない)ほかの人たちがあなた達を支配する権利にあずかっている以上、(生みの親である)わたし達はなおさらではないのか。しかしわたし達はこの権利を用いず、救世主の福音に少しの妨げも与えることのないようにと、すべてのことを我慢している。

 

口語訳1955

9:4 わたしたちには、飲み食いをする権利がないのか。

9:5 わたしたちには、ほかの使徒たちや主の兄弟たちやケパのように、信者である妻を連れて歩く権利がないのか。

9:6 それとも、わたしとバルナバとだけには、労働をせずにいる権利がないのか。

9:7 いったい、自分で費用を出して軍隊に加わる者があろうか。ぶどう畑を作っていて、その実を食べない者があろうか。また、羊を飼っていて、その乳を飲まない者があろうか。

9:8 わたしは、人間の考えでこう言うのではない。律法もまた、そのように言っているではないか。

9:9 すなわち、モーセの律法に、「穀物をこなしている牛に、くつこをかけてはならない」と書いてある。神は、牛のことを心にかけておられるのだろうか。

9:10 それとも、もっぱら、わたしたちのために言っておられるのか。もちろん、それはわたしたちのためにしるされたのである。すなわち、耕す者は望みをもって耕し、穀物をこなす者は、その分け前をもらう望みをもってこなすのである。

9:11 もしわたしたちが、あなたがたのために霊のものをまいたのなら、肉のものをあなたがたから刈りとるのは、行き過ぎだろうか。

9:12 もしほかの人々が、あなたがたに対するこの権利にあずかっているとすれば、わたしたちはなおさらのことではないか。しかしわたしたちは、この権利を利用せず、かえってキリストの福音の妨げにならないようにと、すべてのことを忍んでいる。

 

文語訳1917

"460904","我らは飲食する權なきか。"

"460905","我らは他の使徒たち、主の兄弟たち及びケパのごとく、姉妹たる妻を携ふる權なきか。"

"460906","ただ我とバルナバとのみ工を止むる權なきか。"

"460907","誰か己の財にて兵卒を務むる者あらんや。誰か葡萄畑を作りてその果を食はぬ者あらんや。誰か群を牧ひてその乳を飲まぬ者あらんや。"

"460908","我ただ人の思にのみ由りて此等のことを言はんや、律法も亦かく言ふにあらずや。"

"460909","モーセの律法に『穀物を碾す牛には口篭を繋くべからず』と録したり。神は牛のために慮ぱかり給へるか、"

"460910","また專ら我等のために之を言ひ給ひしか、然り、我らのために録されたり。それ耕す者は望をもて耕し、穀物をこなす者は之に與る望をもて碾すべきなり。"

"460911","もし我ら靈の物を汝らに蒔きしならば、汝らの肉の物を刈り取るは過分ならんや。"

"460912","もし他の人なんぢらに對してこの權あらんには、まして我らをや。然れど我等はこの權を用ひざりき。唯キリストの福音に障碍なきやうに一切のことを忍ぶなり。"

 

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各国聖書引照編集

 

(独)NESTLE-ALAND  NOVUM TESTAMENTUM  GRAECE 27版1993 の引

新共同 ヨハ 7:3

7:3 イエスの兄弟たちが言った。「ここを去ってユダヤに行き、あなたのしている業を弟子たちにも見せてやりなさい。

 

新共同 使  4:36

4:36 たとえば、レビ族の人で、使徒たちからバルナバ――「慰めの子」という意味――と呼ばれていた、キプロス島生まれのヨセフも、

 

新共同 ロマ 3:5

3:5 しかし、わたしたちの不義が神の義を明らかにするとしたら、それに対して何と言うべきでしょう。人間の論法に従って言いますが、怒りを発する神は正しくないのですか。

 

(英・米)THE NEW TREASURY OF SCRIPTURE KNOWLEDGE 1982 の引照

口語訳 ガラ 6:6

6:6 御言を教えてもらう人は、教える人と、すべて良いものを分け合いなさい。

 

口語訳 Uコリ10:4-5

10:4 わたしたちの戦いの武器は、肉のものではなく、神のためには要塞をも破壊するほどの力あるものである。わたしたちはさまざまな議論を破り、

10:5 神の知恵に逆らって立てられたあらゆる障害物を打ちこわし、すべての思いをとりこにしてキリストに服従させ、

 

口語訳 Tコリ9:13

9:13 あなたがたは、宮仕えをしている人たちは宮から下がる物を食べ、祭壇に奉仕している人たちは祭壇の供え物の分け前にあずかることを、知らないのか。

 

口語訳 Tテサ2:13

2:13 これらのことを考えて、わたしたちがまた絶えず神に感謝しているのは、あなたがたがわたしたちの説いた神の言を聞いた時に、それを人間の言葉としてではなく、神の言として――事実そのとおりであるが――受けいれてくれたことである。そして、この神の言は、信じるあなたがたのうちに働いているのである。

 

口語訳 ロマ 15:4

15:4 これまでに書かれた事がらは、すべてわたしたちの教のために書かれたのであって、それは聖書の与える忍耐と慰めとによって、望みをいだかせるためである。

 

口語訳 ロマ 15:27

15:27 たしかに、彼らは賛成した。しかし同時に、彼らはかの人々に負債がある。というのは、もし異邦人が彼らの霊の物にあずかったとすれば、肉の物をもって彼らに仕えるのは、当然だからである。

 

口語訳 Uコリ11:7-10

11:7 それとも、あなたがたを高めるために自分を低くして、神の福音を価なしにあなたがたに宣べ伝えたことが、罪になるのだろうか。

11:8 わたしは他の諸教会をかすめたと言われながら得た金で、あなたがたに奉仕し、

11:9 あなたがたの所にいて貧乏をした時にも、だれにも負担をかけたことはなかった。わたしの欠乏は、マケドニヤからきた兄弟たちが、補ってくれた。こうして、わたしはすべての事につき、あなたがたに重荷を負わせまいと努めてきたし、今後も努めよう。

11:10 わたしの内にあるキリストの真実にかけて言う、この誇がアカヤ地方で封じられるようなことは、決してない。

 

口語訳 Tテサ2:5-9

2:5 わたしたちは、あなたがたが知っているように、決してへつらいの言葉を用いたこともなく、口実を設けて、むさぼったこともない。それは、神があかしして下さる。

2:6 また、わたしたちは、キリストの使徒として重んじられることができたのであるが、あなたがたからにもせよ、ほかの人々からにもせよ、人間からの栄誉を求めることはしなかった。

2:7 むしろ、あなたがたの間で、ちょうど母がその子供を育てるように、やさしくふるまった。

2:8 このように、あなたがたを慕わしく思っていたので、ただ神の福音ばかりではなく、自分のいのちまでもあなたがたに与えたいと願ったほどに、あなたがたを愛したのである。

2:9 兄弟たちよ。あなたがたはわたしたちの労苦と努力とを記憶していることであろう。すなわち、あなたがたのだれにも負担をかけまいと思って、日夜はたらきながら、あなたがたに神の福音を宣べ伝えた。

 

(日)新共同訳1987の引照

新共同 Tコリ9:14

9:14 同じように、主は、福音を宣べ伝える人たちには福音によって生活の資を得るようにと、指示されました。

 

新共同 Tコリ7:7-8

7:7 わたしとしては、皆がわたしのように独りでいてほしい。しかし、人はそれぞれ神から賜物をいただいているのですから、人によって生き方が違います。

7:8 未婚者とやもめに言いますが、皆わたしのように独りでいるのがよいでしょう。

 

新共同 Uテモ2:3-4

2:3 キリスト・イエスの立派な兵士として、わたしと共に苦しみを忍びなさい。

2:4 兵役に服している者は生計を立てるための仕事に煩わされず、自分を召集した者の気に入ろうとします。

 

新共同 ロマ 3:5

3:5 しかし、わたしたちの不義が神の義を明らかにするとしたら、それに対して何と言うべきでしょう。人間の論法に従って言いますが、怒りを発する神は正しくないのですか。

 

新共同 Tテモ5:18

5:18 聖書には、「脱穀している牛に口籠をはめてはならない」と、また「働く者が報酬を受けるのは当然である」と書かれています。

 

新共同 ロマ 4:23-24

4:23 しかし、「それが彼の義と認められた」という言葉は、アブラハムのためだけに記されているのでなく、

4:24 わたしたちのためにも記されているのです。わたしたちの主イエスを死者の中から復活させた方を信じれば、わたしたちも義と認められます。

 

新共同 Uテモ2:6

2:6 労苦している農夫こそ、最初に収穫の分け前にあずかるべきです。

 

新共同 ロマ 15:27

15:27 彼らは喜んで同意しましたが、実はそうする義務もあるのです。異邦人はその人たちの霊的なものにあずかったのですから、肉のもので彼らを助ける義務があります。

 

新共同 Tコリ9:4

9:4 わたしたちには、食べたり、飲んだりする権利が全くないのですか。

 

新共同 Tコリ9:15

9:15 しかし、わたしはこの権利を何一つ利用したことはありません。こう書いたのは、自分もその権利を利用したいからではない。それくらいなら、死んだ方がましです……。だれも、わたしのこの誇りを無意味なものにしてはならない。

 

新共同 Tコリ9:18

9:18 では、わたしの報酬とは何でしょうか。それは、福音を告げ知らせるときにそれを無報酬で伝え、福音を伝えるわたしが当然持っている権利を用いないということです。

 

新共同 Tコリ4:15

4:15 キリストに導く養育係があなたがたに一万人いたとしても、父親が大勢いるわけではない。福音を通し、キリスト・イエスにおいてわたしがあなたがたをもうけたのです。

 

新共同 Uコリ2:12

2:12 わたしは、キリストの福音を伝えるためにトロアスに行ったとき、主によってわたしのために門が開かれていましたが、

 

新共同 Tコリ13:7

13:7 すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてに耐える。

 

新共同 Uコリ11:20

11:20 実際、あなたがたはだれかに奴隷にされても、食い物にされても、取り上げられても、横柄な態度に出られても、顔を殴りつけられても、我慢しています。

 

(仏)THE NEW JERUSALEM BIBLE 1985 の引照

口語訳 Uテモ2:6

2:6 労苦をする農夫が、だれよりも先に、生産物の分配にあずかるべきである。

 

口語訳 Tテモ5:18

5:18 聖書は、「穀物をこなしている牛に、くつこをかけてはならない」また「働き人がその報酬を受けるのは当然である」と言っている。

 

口語訳 ロマ 15:27

15:27 たしかに、彼らは賛成した。しかし同時に、彼らはかの人々に負債がある。というのは、もし異邦人が彼らの霊の物にあずかったとすれば、肉の物をもって彼らに仕えるのは、当然だからである。

 

口語訳 Tコリ4:12

4:12 苦労して自分の手で働いている。はずかしめられては祝福し、迫害されては耐え忍び、

 

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第一コリント 9:13−18

偶像に供えた肉について ―― わたしの伝道の誇り

 

 

翻訳比較

 

岩波翻訳委員会訳1995

460913あなたがたは知らないのか、〔神殿の〕聖なることがらに従事している者たちは、神殿から〔出てくる〕ものを食べるし、〔供え物の〕祭壇〔の脇に座ってそれ〕に仕えている者たちは、その祭壇〔の供え物〕に共に与るのだ、ということを。

460914そのように、主もまた福音を宣教する者たちに、福音によって〔糧を得て〕生活することを、定められたのである。

460915しかし私は、それら〔の権隈〕のうちの何一つとして利用してこなかった。私はこれらのことを、私にとって〔事態が〕そのようになってくれるようにと〔願って〕書くのではない。なぜならば、私にとってはむしろ死ぬことのほうがよいからである ――。

私の誇りは、何者も〔これを〕虚しくすることはないであろう。

460916実際、たとえ私が福音を告げ知らせても、それは私にとって誇りではない。私を強制して止まない力が〔そこでは〕働いているからである。実際、もしも私が福音を告げ知らせないならば、私は禍いである。

460917もしも私が自発的にそのことを為すとするなら、私は報酬を得るであろうが、しかしもしも強いられて務めを委託されたとするなら、

460918私の「報酬」とはいったい何なのであろうか。それはすなわち、福音を告げ知らせながら、その福音を無償で私が提供するということ〔そのもの〕である。それは、その福音における私の権限を〔私が〕利用することのないためである。

 

新共同訳1987

9:13 あなたがたは知らないのですか。神殿で働く人たちは神殿から下がる物を食べ、祭壇に仕える人たちは祭壇の供え物の分け前にあずかります。

9:14 同じように、主は、福音を宣べ伝える人たちには福音によって生活の資を得るようにと、指示されました。

9:15 しかし、わたしはこの権利を何一つ利用したことはありません。こう書いたのは、自分もその権利を利用したいからではない。それくらいなら、死んだ方がましです……。だれも、わたしのこの誇りを無意味なものにしてはならない。

9:16 もっとも、わたしが福音を告げ知らせても、それはわたしの誇りにはなりません。そうせずにはいられないことだからです。福音を告げ知らせないなら、わたしは不幸なのです。

9:17 自分からそうしているなら、報酬を得るでしょう。しかし、強いられてするなら、それは、ゆだねられている務めなのです。

9:18 では、わたしの報酬とは何でしょうか。それは、福音を告げ知らせるときにそれを無報酬で伝え、福音を伝えるわたしが当然持っている権利を用いないということです。

 

前田訳1978

9:13 ご存じありませんか、宮仕えするものは宮のものを食べ、祭壇に仕えるものは祭壇のものの分け前にあずかることを。

9:14 そのように、主も福音をのべ伝えるものは福音によって生活すべきことをお命じでした。

9:15 しかしわたしはそれらの権利のひとつも用いませんでした。わたしがお書きするのはそうしてもらいたいからではありません。わたしはそれよりも死んだ方がましです。だれもわが誇りを無にしないでください。

9:16 なぜならば、たとえわたしが福音をのべ伝えても、それは誇りではありません。それはわたしに迫る必要です。福音をのべ伝えねばわたしはわざわいです。

9:17 もしそれを進んでするなら報いがあります。しかし進んででなくても、わたしは努めをゆだねられています。

9:18 それならば、わが報いとは何ですか。それは福音を伝えるとき福音を無料で与え、福音についてわが権利を用いないことです。

 

新改訳1970

9:13 あなたがたは、宮に奉仕している者が宮の物を食べ、祭壇に仕える者が祭壇の物にあずかることを知らないのですか。

9:14 同じように、主も、福音を宣べ伝える者が、福音の働きから生活のささえを得るように定めておられます。

9:15 しかし、私はこれらの権利を一つも用いませんでした。また、私は自分がそうされたくてこのように書いているのでもありません。私は自分の誇りをだれかに奪われるよりは、死んだほうがましだからです。

9:16 というのは、私が福音を宣べ伝えても、それは私の誇りにはなりません。そのことは、私がどうしても、しなければならないことだからです。もし福音を宣べ伝えなかったら、私はわざわいに会います。

9:17 もし私がこれを自発的にしているのなら、報いがありましょう。しかし、強いられたにしても、私には務めがゆだねられているのです。

9:18 では、私にどんな報いがあるのでしょう。それは、福音を宣べ伝えるときに報酬を求めないで与え、福音の働きによって持つ自分の権利を十分に用いないことなのです。

 

塚本訳1963

9:13 お宮で聖なる務めを行なう者はお宮のものを食べ、祭壇に奉仕する者は祭壇のものの分け前をいただくことを、あなた達は知らないのか。

9:14 そのように主も、福音を伝える者は福音で生活するようにと定められたのである。

9:15 しかしこのわたしは、それら(の特権)を何一つ用いたことがない。わたしがこのことを書いたのは、自分がそうしてもらいたいからではない。なぜなら、むしろわたしは死んだ方がよっぽど仕合わせだ、もし‥‥(いや)この、わたしの誇り、(びた一文厄介をかけずに福音を伝えるというこの誇り)を、だれも無にしてくれるな!

9:16 なぜなら、たとい福音を伝えたところで、わたしの誇りにはならない。なぜなら、(神に)強要されているのだから。なぜなら、もし福音を伝えないならわたしは禍だからである。

9:17 なぜなら、わたしが自分から進んでこれをしているというのなら褒美もいただこうが、否応なしであってみれば、この職を(神に)託されているに過ぎないからである。

9:18 では、わたしの褒美とはいったい何であるか。それは、わたしが福音を伝えるとき、無報酬で福音を提供し、福音にあってもつわたしの権利を利用しないことである。

 

口語訳1955

9:13 あなたがたは、宮仕えをしている人たちは宮から下がる物を食べ、祭壇に奉仕している人たちは祭壇の供え物の分け前にあずかることを、知らないのか。

9:14 それと同様に、主は、福音を宣べ伝えている者たちが福音によって生活すべきことを、定められたのである。

9:15 しかしわたしは、これらの権利を一つも利用しなかった。また、自分がそうしてもらいたいから、このように書くのではない。そうされるよりは、死ぬ方がましである。わたしのこの誇は、何者にも奪い去られてはならないのだ。

9:16 わたしが福音を宣べ伝えても、それは誇にはならない。なぜなら、わたしは、そうせずにはおれないからである。もし福音を宣べ伝えないなら、わたしはわざわいである。

9:17 進んでそれをすれば、報酬を受けるであろう。しかし、進んでしないとしても、それは、わたしにゆだねられた務なのである。

9:18 それでは、その報酬はなんであるか。福音を宣べ伝えるのにそれを無代価で提供し、わたしが宣教者として持つ権利を利用しないことである。

 

文語訳1917

"460913","なんぢら知らぬか、聖なる事を務むる者は宮のものを食し、祭壇に事ふる者は祭壇のものに與るを。"

"460914","斯くのごとく主もまた福音を宣傳ふる者の福音によりて生活すべきことを定め給へり。"

"460915","されど我は此等のことを一つだに用ひし事なし、また自ら斯くせられんために之を書き贈るにあらず、斯くせられんよりは寧ろ死ぬるを善しとすればなり。誰もわが誇を空しくせざるべし。"

"460916","われ福音を宣傳ふとも誇るべき所なし、巳むを得ざるなり。もし福音を宣傳へずば、我は禍害なるかな。"

"460917","若しわれ心より之をなさば報を得ん、たとひ心ならずとも我はその務を委ねられたり。"

"460918","然らば我が報は何ぞ、福音を宣傳ふるに、人をして費なく福音を得しめ、而も福音によりて我が有てる權を用ひ盡さぬこと是なり。"

 

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各国聖書引照編集

 

(独)NESTLE-ALAND  NOVUM TESTAMENTUM  GRAECE 27版1993 の引照

新共同 Tコリ7:10

7:10 更に、既婚者に命じます。妻は夫と別れてはいけない。こう命じるのは、わたしではなく、主です。

 

新共同 ルカ 10:7

10:7 その家に泊まって、そこで出される物を食べ、また飲みなさい。働く者が報酬を受けるのは当然だからである。家から家へと渡り歩くな。

 

新共同 Tコリ9:12

9:12 他の人たちが、あなたがたに対するこの権利を持っているとすれば、わたしたちはなおさらそうではありませんか。しかし、わたしたちはこの権利を用いませんでした。かえってキリストの福音を少しでも妨げてはならないと、すべてを耐え忍んでいます。

 

新共同 エペ 3:2

3:2 あなたがたのために神がわたしに恵みをお与えになった次第について、あなたがたは聞いたにちがいありません。

 

(英・米)THE NEW TREASURY OF SCRIPTURE KNOWLEDGE 1982 の引照

口語訳 ガラ 6:6-7

6:6 御言を教えてもらう人は、教える人と、すべて良いものを分け合いなさい。

6:7 まちがってはいけない、神は侮られるようなかたではない。人は自分のまいたものを、刈り取ることになる。

 

口語訳 Tコリ8:9

8:9 しかし、あなたがたのこの自由が、弱い者たちのつまずきにならないように、気をつけなさい。

 

(日)新共同訳1987の引照

新共同 Tコリ6:19

6:19 知らないのですか。あなたがたの体は、神からいただいた聖霊が宿ってくださる神殿であり、あなたがたはもはや自分自身のものではないのです。

 

新共同 Tコリ9:24

9:24 あなたがたは知らないのですか。競技場で走る者は皆走るけれども、賞を受けるのは一人だけです。あなたがたも賞を得るように走りなさい。

 

新共同 Tコリ9:4

9:4 わたしたちには、食べたり、飲んだりする権利が全くないのですか。

 

新共同 Tコリ9:18

9:18 では、わたしの報酬とは何でしょうか。それは、福音を告げ知らせるときにそれを無報酬で伝え、福音を伝えるわたしが当然持っている権利を用いないということです。

 

新共同 Uコリ11:10

11:10 わたしの内にあるキリストの真実にかけて言います。このようにわたしが誇るのを、アカイア地方で妨げられることは決してありません。

 

新共同 Tコリ3:8

3:8 植える者と水を注ぐ者とは一つですが、それぞれが働きに応じて自分の報酬を受け取ることになります。

 

新共同 Tコリ4:1

4:1 こういうわけですから、人はわたしたちをキリストに仕える者、神の秘められた計画をゆだねられた管理者と考えるべきです。

 

新共同 ガラ 2:7

2:7 それどころか、彼らは、ペトロには割礼を受けた人々に対する福音が任されたように、わたしには割礼を受けていない人々に対する福音が任されていることを知りました。

 

新共同 エペ 3:2

3:2 あなたがたのために神がわたしに恵みをお与えになった次第について、あなたがたは聞いたにちがいありません。

 

新共同 コロ 1:25

1:25 神は御言葉をあなたがたに余すところなく伝えるという務めをわたしにお与えになり、この務めのために、わたしは教会に仕える者となりました。

 

新共同 Uコリ11:7

11:7 それとも、あなたがたを高めるため、自分を低くして神の福音を無報酬で告げ知らせたからといって、わたしは罪を犯したことになるでしょうか。

 

新共同 Uコリ12:13

12:13 あなたがたが他の諸教会よりも劣っている点は何でしょう。わたしが負担をかけなかったことだけではないですか。この不当な点をどうか許してほしい。

 

(仏)THE NEW JERUSALEM BIBLE 1985 の引照

口語訳 ガラ 2:7

2:7 それどころか、彼らは、ペテロが割礼の者への福音をゆだねられているように、わたしには無割礼の者への福音がゆだねられていることを認め、

 

口語訳 Uコリ11:7

11:7 それとも、あなたがたを高めるために自分を低くして、神の福音を価なしにあなたがたに宣べ伝えたことが、罪になるのだろうか。

 

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第一コリント 9:19−23

偶像に供えた肉について ―― 福音のためにすべての自由を犠牲にする

 

 

翻訳比較

 

岩波翻訳委員会訳1995

460919実際、私はすべての人から自由であるが、すべての人に対して私自身を奴隷に

した ――より多くの人を私が獲得するためである。

460920さらに私は、ユダヤ人たちに対してはユダヤ人のようになった。ユダヤ人たちを獲得するためである。律法のもとにある人たちに対しては ――私自身は律法のもとにはないのだが ――律法のもとにある者のように〔なった〕。律法のもとにある人たちを獲得するためである。

460921律法をもたない人たちに対しては ――私は神の律法をもたない者ではなく、むしろキリストの律法の中にあるのだが ――律法をもたない者のように〔なった〕。律法をもたない人たちを獲得するためである。

460922弱い人たちに対しては、私は弱い者になった。弱い人たちを獲得するためである。すべての人に対して、私はすべてのものになっている ――あらゆる方法で何人かを救うためである。

460923私は福音のためなら、

あらゆることをする。私も福音に共に与る者となるためである。

 

新共同訳1987

9:19 わたしは、だれに対しても自由な者ですが、すべての人の奴隷になりました。できるだけ多くの人を得るためです。

9:20 ユダヤ人に対しては、ユダヤ人のようになりました。ユダヤ人を得るためです。律法に支配されている人に対しては、わたし自身はそうではないのですが、律法に支配されている人のようになりました。律法に支配されている人を得るためです。

9:21 また、わたしは神の律法を持っていないわけではなく、キリストの律法に従っているのですが、律法を持たない人に対しては、律法を持たない人のようになりました。律法を持たない人を得るためです。

9:22 弱い人に対しては、弱い人のようになりました。弱い人を得るためです。すべての人に対してすべてのものになりました。何とかして何人かでも救うためです。

9:23 福音のためなら、わたしはどんなことでもします。それは、わたしが福音に共にあずかる者となるためです。

 

前田訳1978

9:19 わたしはすべての人から自由ですが、自らをすべての人の奴隷にしました。多くの人をかちうるためにです。

9:20 そしてユダヤ人にはユダヤ人のようになりました。ユダヤ人をかちうるためです。律法の下にいる人々には、自らは律法の下にいませんが、律法の下にいる人のようになりました。律法の下にいる人をかちうるためです。

9:21 律法のない人々には、わたしは神の律法がないのではなく、キリストの律法の中にいるのですが、律法のない人のようになりました。律法のない人々をかちうるためです。

9:22 弱い人々には弱くなりました。弱い人々をかちうるためです。わたしはすべての人に、すべてのものになりました。いかにもして何人かを救うためです。

9:23 わたしはすべてのことを福音のゆえにします。わたしも福音にあずかるものになるためです。

 

新改訳1970

9:19 私はだれに対しても自由ですが、より多くの人を獲得するために、すべての人の奴隷となりました。

9:20 ユダヤ人にはユダヤ人のようになりました。それはユダヤ人を獲得するためです。律法の下にある人々には、私自身は律法の下にはいませんが、律法の下にある者のようになりました。それは律法の下にある人々を獲得するためです。

9:21 律法を持たない人々に対しては、――私は神の律法の外にある者ではなく、キリストの律法を守る者ですが、――律法を持たない者のようになりました。それは律法を持たない人々を獲得するためです。

9:22 弱い人々には、弱い者になりました。弱い人々を獲得するためです。すべての人に、すべてのものとなりました。それは、何とかして、幾人かでも救うためです。

9:23 私はすべてのことを、福音のためにしています。それは、私も福音の恵みをともに受ける者となるためなのです。

 

塚本訳1963

9:19 それで、わたしはすべての人から(全く)自由であるが、(同時に、)自分をすべての人の奴隷にした。(キリストのために出来るだけ)多数の人を得るためである。

9:20 ユダヤ人たちにはユダヤ人のようになった。ユダヤ人たちを得るためである。わたし自身は(モーセ)律法の下にいないのではあるが、律法の下にいる者たちには、律法の下にいる者のようになった。律法の下にいる者たちを得るためである。

9:21 わたしは神の律法を知らないのではなく、むしろキリストの律法に縛られているのではあるが、律法を知らない者たちには律法を知らない者のようになった。律法を知らない者たちを得るためである。

9:22 (信仰の)弱い者たちには弱くなった。弱い者たちを得るためである。わたしはこれらみんなのために、どんなものにでもなった。せめて幾人かだけでも救うためである。

9:23 わたしは福音のためには、どんなことでもする。福音(の恩恵)を共有する者になるためである。

 

口語訳1955

9:19 わたしは、すべての人に対して自由であるが、できるだけ多くの人を得るために、自ら進んですべての人の奴隷になった。

9:20 ユダヤ人には、ユダヤ人のようになった。ユダヤ人を得るためである。律法の下にある人には、わたし自身は律法の下にはないが、律法の下にある者のようになった。律法の下にある人を得るためである。

9:21 律法のない人には――わたしは神の律法の外にあるのではなく、キリストの律法の中にあるのだが――律法のない人のようになった。律法のない人を得るためである。

9:22 弱い人には弱い者になった。弱い人を得るためである。すべての人に対しては、すべての人のようになった。なんとかして幾人かを救うためである。

9:23 福音のために、わたしはどんな事でもする。わたしも共に福音にあずかるためである。

 

文語訳1917

"460919","われ凡ての人に對して自主の者なれど、更に多くの人を得んために、自ら凡ての人の奴隷となれり。"

"460920","我ユダヤ人にはユダヤ人の如くなれり、これユダヤ人を得んが爲なり。律法の下にある者には・・律法の下に我はあ轤ヒど・・律法の下にある者の如くなれり。これ律法の下にある者を得んが爲なり。"

"460921","律法なき者には・・われ神に向ひて律法なきにあらず、反つてキリストの律法の下にあれど・・律法なき者の如くなれり、これ律法なき者を得んがためなり。"

"460922","弱き者には弱き者となれり、これ弱き者を得んためなり。我すべての人には凡ての人の状に従へり、これ如何にもして幾許かの人を救はんためなり。"

"460923","われ福音のために凡ての事をなす、これ我も共に福音に與らん爲なり。"

 

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各国聖書引照編集

 

(独)NESTLE-ALAND  NOVUM TESTAMENTUM  GRAECE 27版1993 の引照

新共同 ロマ 14:1

14:1 信仰の弱い人を受け入れなさい。その考えを批判してはなりません。

 

(英・米)THE NEW TREASURY OF SCRIPTURE KNOWLEDGE 1982 の引照

口語訳 ガラ 5:1

5:1 自由を得させるために、キリストはわたしたちを解放して下さったのである。だから、堅く立って、二度と奴隷のくびきにつながれてはならない。

 

口語訳 ガラ 5:13

5:13 兄弟たちよ。あなたがたが召されたのは、実に、自由を得るためである。ただ、その自由を、肉の働く機会としないで、愛をもって互に仕えなさい。

 

口語訳 ロマ 2:12-14

2:12 そのわけは、律法なしに罪を犯した者は、また律法なしに滅び、律法のもとで罪を犯した者は、律法によってさばかれる。

2:13 なぜなら、律法を聞く者が、神の前に義なるものではなく、律法を行う者が、義とされるからである。

2:14 すなわち、律法を持たない異邦人が、自然のままで、律法の命じる事を行うなら、たとい律法を持たなくても、彼らにとっては自分自身が律法なのである。

 

口語訳 ガラ 2:3-5

2:3 しかし、わたしが連れていたテトスでさえ、ギリシヤ人であったのに、割礼をしいられなかった。

2:4 それは、忍び込んできたにせ兄弟らがいたので――彼らが忍び込んできたのは、キリスト・イエスにあって持っているわたしたちの自由をねらって、わたしたちを奴隷にするためであった。

2:5 わたしたちは、福音の真理があなたがたのもとに常にとどまっているように、瞬時も彼らの強要に屈服しなかった。

 

口語訳 ロマ 15:1

15:1 わたしたち強い者は、強くない者たちの弱さをになうべきであって、自分だけを喜ばせることをしてはならない。

 

口語訳 ガラ 6:1

6:1 兄弟たちよ。もしもある人が罪過に陥っていることがわかったなら、霊の人であるあなたがたは、柔和な心をもって、その人を正しなさい。それと同時に、もしか自分自身も誘惑に陥ることがありはしないかと、反省しなさい。

 

口語訳 Tコリ10:33

10:33 わたしもまた、何事にもすべての人に喜ばれるように努め、多くの人が救われるために、自分の益ではなく彼らの益を求めている。

 

(日)新共同訳1987の引照

新共同 Tコリ9:1

9:1 わたしは自由な者ではないか。使徒ではないか。わたしたちの主イエスを見たではないか。あなたがたは、主のためにわたしが働いて得た成果ではないか。

 

新共同 Uコリ4:5

4:5 わたしたちは、自分自身を宣べ伝えるのではなく、主であるイエス・キリストを宣べ伝えています。わたしたち自身は、イエスのためにあなたがたに仕える僕なのです。

 

新共同 ロマ 11:14

11:14 何とかして自分の同胞にねたみを起こさせ、その幾人かでも救いたいのです。

 

新共同 ガラ 2:19

2:19 わたしは神に対して生きるために、律法に対しては律法によって死んだのです。わたしは、キリストと共に十字架につけられています。

 

新共同 ロマ 8:2

8:2 キリスト・イエスによって命をもたらす霊の法則が、罪と死との法則からあなたを解放したからです。

 

新共同 Tコリ7:22

7:22 というのは、主によって召された奴隷は、主によって自由の身にされた者だからです。同様に、主によって召された自由な身分の者は、キリストの奴隷なのです。

 

新共同 ガラ 6:2

6:2 互いに重荷を担いなさい。そのようにしてこそ、キリストの律法を全うすることになるのです。

 

新共同 ヤコ 1:25

1:25 しかし、自由をもたらす完全な律法を一心に見つめ、これを守る人は、聞いて忘れてしまう人ではなく、行う人です。このような人は、その行いによって幸せになります。

 

新共同 ヤコ 2:12

2:12 自由をもたらす律法によっていずれは裁かれる者として、語り、またふるまいなさい。

 

新共同 Uペテ3:2

3:2 聖なる預言者たちがかつて語った言葉と、あなたがたの使徒たちが伝えた、主であり救い主である方の掟を思い出してもらうためです。

 

新共同 ロマ 2:14

2:14 たとえ律法を持たない異邦人も、律法の命じるところを自然に行えば、律法を持たなくとも、自分自身が律法なのです。

 

新共同 ガラ 2:3

2:3 しかし、わたしと同行したテトスでさえ、ギリシア人であったのに、割礼を受けることを強制されませんでした。

 

新共同 ガラ 3:2

3:2 あなたがたに一つだけ確かめたい。あなたがたが"霊"を受けたのは、律法を行ったからですか。それとも、福音を聞いて信じたからですか。

 

新共同 ロマ 14:1

14:1 信仰の弱い人を受け入れなさい。その考えを批判してはなりません。

 

新共同 Tコリ8:9-11

8:9 ただ、あなたがたのこの自由な態度が、弱い人々を罪に誘うことにならないように、気をつけなさい。

8:10 知識を持っているあなたが偶像の神殿で食事の席に着いているのを、だれかが見ると、その人は弱いのに、その良心が強められて、偶像に供えられたものを食べるようにならないだろうか。

8:11 そうなると、あなたの知識によって、弱い人が滅びてしまいます。その兄弟のためにもキリストが死んでくださったのです。

 

新共同 Tコリ10:33

10:33 わたしも、人々を救うために、自分の益ではなく多くの人の益を求めて、すべての点ですべての人を喜ばそうとしているのですから。

 

(仏)THE NEW JERUSALEM BIBLE 1985 の引照

口語訳 ロマ 6:15

6:15 それでは、どうなのか。律法の下にではなく、恵みの下にあるからといって、わたしたちは罪を犯すべきであろうか。断じてそうではない。

 

口語訳 ガラ 4:4-5

4:4 しかし、時の満ちるに及んで、神は御子を女から生れさせ、律法の下に生れさせて、おつかわしになった。

4:5 それは、律法の下にある者をあがない出すため、わたしたちに子たる身分を授けるためであった。

 

口語訳 Uコリ11:29

11:29 だれかが弱っているのに、わたしも弱らないでおれようか。だれかが罪を犯しているのに、わたしの心が燃えないでおれようか。

 

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第一コリント 9:24−27

偶像に供えた肉について ―― 自制の必要

 

 

翻訳比較

 

岩波翻訳委員会訳1995

460924あなたがたは知らないのか、競技場で走る者は全員走りはするが、しかし賞を受けるのは一人〔だけ〕だということを。あなたがたは〔その賞を〕手に入れるために、そのように〔努力して〕走りなさい。

460925さて、競技をする者は誰でも、すべての点で節制する。かの人たちは朽ちる冠を受けるために〔そうするが〕、しかし私たちは朽ちることのない〔冠を受けるためにそうする〕。460926それゆえに、私は〔目標が〕不明瞭であるような仕方では走らず、〔また〕空を打つような仕方で拳闘することはしない。

460927むしろ私は、私のからだを殴打し、奴隷として従わせるのである ――他の人々に宣教しておきながら、よもや私自身が失格者になるということがないために ――。

 

新共同訳1987

9:24 あなたがたは知らないのですか。競技場で走る者は皆走るけれども、賞を受けるのは一人だけです。あなたがたも賞を得るように走りなさい。

9:25 競技をする人は皆、すべてに節制します。彼らは朽ちる冠を得るためにそうするのですが、わたしたちは、朽ちない冠を得るために節制するのです。

9:26 だから、わたしとしては、やみくもに走ったりしないし、空を打つような拳闘もしません。

9:27 むしろ、自分の体を打ちたたいて服従させます。それは、他の人々に宣教しておきながら、自分の方が失格者になってしまわないためです。

 

前田訳1978

9:24 ご存じありませんか、競技場で走る人々は、皆が走っても、賞を受けるのはひとりであることを。あなた方も賞を受けるよう走ってください。

9:25 競技をするものは皆すべてに自制します。彼らは朽ちる冠を受けるためにですが、われらは朽ちぬ冠のためにです。

9:26 それゆえ、わたしはあてどないような走りかたをしません。空を打つような拳闘をしません。

9:27 むしろわたしは体を打ちたたいて従わせます。それは他の人々にのべ伝えながら自ら不適格にならないためです。

 

新改訳1970

9:24 競技場で走る人たちは、みな走っても、賞を受けるのはただひとりだ、ということを知っているでしょう。ですから、あなたがたも、賞を受けられるように走りなさい。

9:25 また闘技をする者は、あらゆることについて自制します。彼らは朽ちる冠を受けるためにそうするのですが、私たちは朽ちない冠を受けるためにそうするのです。

9:26 ですから、私は決勝点がどこかわからないような走り方はしていません。空を打つような拳闘もしてはいません。

9:27 私は自分のからだを打ちたたいて従わせます。それは、私がほかの人に宣べ伝えておきながら、自分自身が失格者になるようなことのないためです。

 

塚本訳1963

9:24 (だからあなた達も、競技場の闘士のように自制しなければならない。)競技場で走る者は皆走るけれども、たった一人が賞をもらうことを、あなた達は知らないのか。あなた達も、それを勝ち取るように走らなければならない。

9:25 しかし競技する者は皆、何事にも自制する。ただ、あの人たちは朽ちはてる冠をもらうためであるが、わたし達は朽ちぬ冠のためである。

9:26 わたしはそれゆえに、目標があいまいでないように走る。空を打たないように拳闘をする。

9:27 いや、自分の体を打ちたたいて征服する。人には(福音を)説きながら、自分では失格するようなことのないためである。

 

口語訳1955

9:24 あなたがたは知らないのか。競技場で走る者は、みな走りはするが、賞を得る者はひとりだけである。あなたがたも、賞を得るように走りなさい。

9:25 しかし、すべて競技をする者は、何ごとにも節制をする。彼らは朽ちる冠を得るためにそうするが、わたしたちは朽ちない冠を得るためにそうするのである。

9:26 そこで、わたしは目標のはっきりしないような走り方をせず、空を打つような拳闘はしない。

9:27 すなわち、自分のからだを打ちたたいて服従させるのである。そうしないと、ほかの人に宣べ伝えておきながら、自分は失格者になるかも知れない。

 

文語訳1917

"460924","なんぢら知らぬか、馳場を走る者はみな走れども、褒美を得る者の、ただ一人なるを。汝らも得んために斯く走れ。"

"460925","すべて勝を爭ふ者は何事をも節し愼む、彼らは朽つる冠冕を得んが爲なれど、我らは朽ちぬ冠冕を得んがために之をなすなり。"

"460926","斯く我が走る目標なきが如きにあらず、我が拳闘するは空を撃つが如きにあらず。"

"460927","わが體を打ち擲きて之を服從せしむ。恐らくは他人に宣傳へて自ら棄てらるる事あらん。"

 

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各国聖書引照編集

 

(独)NESTLE-ALAND  NOVUM TESTAMENTUM  GRAECE 27版1993 の引照

新共同 Uテモ4:7

4:7 わたしは、戦いを立派に戦い抜き、決められた道を走りとおし、信仰を守り抜きました。

 

新共同 Uペテ1:6

1:6 知識には自制を、自制には忍耐を、忍耐には信心を、

 

(英・米)THE NEW TREASURY OF SCRIPTURE KNOWLEDGE 1982 の引照

口語訳 Tコリ6:12-13

6:12 すべてのことは、わたしに許されている。しかし、すべてのことが益になるわけではない。すべてのことは、わたしに許されている。しかし、わたしは何ものにも支配されることはない。

6:13 食物は腹のため、腹は食物のためである。しかし神は、それもこれも滅ぼすであろう。からだは不品行のためではなく、主のためであり、主はからだのためである。

 

口語訳 ロマ 8:13

8:13 なぜなら、もし、肉に従って生きるなら、あなたがたは死ぬ外はないからである。しかし、霊によってからだの働きを殺すなら、あなたがたは生きるであろう。

 

口語訳 Uコリ6:4-5

6:4 かえって、あらゆる場合に、神の僕として、自分を人々にあらわしている。すなわち、極度の忍苦にも、患難にも、危機にも、行き詰まりにも、

6:5 むち打たれることにも、入獄にも、騒乱にも、労苦にも、徹夜にも、飢餓にも、

 

口語訳 Tテサ4:4

4:4 各自、気をつけて自分のからだを清く尊く保ち、

 

口語訳 Tコリ10:12

10:12 だから、立っていると思う者は、倒れないように気をつけるがよい。

 

口語訳 ガラ 2:2

2:2 そこに上ったのは、啓示によってである。そして、わたしが異邦人の間に宣べ伝えている福音を、人々に示し、「重だった人たち」には個人的に示した。それは、わたしが現に走っており、またすでに走ってきたことが、むだにならないためである。

 

口語訳 ピリ 2:12-13

2:12 わたしの愛する者たちよ。そういうわけだから、あなたがたがいつも従順であったように、わたしが一緒にいる時だけでなく、いない今は、いっそう従順でいて、恐れおののいて自分の救の達成に努めなさい。

2:13 あなたがたのうちに働きかけて、その願いを起させ、かつ実現に至らせるのは神であって、それは神のよしとされるところだからである。

 

口語訳 ピリ 3:12

3:12 わたしがすでにそれを得たとか、すでに完全な者になっているとか言うのではなく、ただ捕えようとして追い求めているのである。そうするのは、キリスト・イエスによって捕えられているからである。

 

口語訳 ロマ 1:28

1:28 そして、彼らは神を認めることを正しいとしなかったので、神は彼らを正しからぬ思いにわたし、なすべからざる事をなすに任せられた。

 

口語訳 Uコリ13:5-7

13:5 あなたがたは、はたして信仰があるかどうか、自分を反省し、自分を吟味するがよい。それとも、イエス・キリストがあなたがたのうちにおられることを、悟らないのか。もし悟らなければ、あなたがたは、にせものとして見捨てられる。

13:6 しかしわたしは、自分たちが見捨てられた者ではないことを、知っていてもらいたい。

13:7 わたしたちは、あなたがたがどんな悪をも行わないようにと、神に祈る。それは、自分たちがほんとうの者であることを見せるためではなく、たといわたしたちが見捨てられた者のようになっても、あなたがたに良い行いをしてもらいたいためである。

 

(日)新共同訳1987の引照

新共同 Tコリ9:13

9:13 あなたがたは知らないのですか。神殿で働く人たちは神殿から下がる物を食べ、祭壇に仕える人たちは祭壇の供え物の分け前にあずかります。

 

新共同 ピリ 3:14

3:14 神がキリスト・イエスによって上へ召して、お与えになる賞を得るために、目標を目指してひたすら走ることです。

 

新共同 ガラ 2:2

2:2 エルサレムに上ったのは、啓示によるものでした。わたしは、自分が異邦人に宣べ伝えている福音について、人々に、とりわけ、おもだった人たちには個人的に話して、自分は無駄に走っているのではないか、あるいは走ったのではないかと意見を求めました。

 

新共同 Uテモ4:7

4:7 わたしは、戦いを立派に戦い抜き、決められた道を走りとおし、信仰を守り抜きました。

 

新共同 ヘブ 12:1

12:1 こういうわけで、わたしたちもまた、このようにおびただしい証人の群れに囲まれている以上、すべての重荷や絡みつく罪をかなぐり捨てて、自分に定められている競走を忍耐強く走り抜こうではありませんか、

 

新共同 エペ 6:12

6:12 わたしたちの戦いは、血肉を相手にするものではなく、支配と権威、暗闇の世界の支配者、天にいる悪の諸霊を相手にするものなのです。

 

新共同 Tテモ6:12

6:12 信仰の戦いを立派に戦い抜き、永遠の命を手に入れなさい。命を得るために、あなたは神から召され、多くの証人の前で立派に信仰を表明したのです。

 

新共同 Uテモ2:5

2:5 また、競技に参加する者は、規則に従って競技をしないならば、栄冠を受けることができません。

 

新共同 Uテモ4:7

4:7 わたしは、戦いを立派に戦い抜き、決められた道を走りとおし、信仰を守り抜きました。

 

新共同 Uテモ4:8

4:8 今や、義の栄冠を受けるばかりです。正しい審判者である主が、かの日にそれをわたしに授けてくださるのです。しかし、わたしだけでなく、主が来られるのをひたすら待ち望む人には、だれにでも授けてくださいます。

 

新共同 ヤコ 1:12

1:12 試練を耐え忍ぶ人は幸いです。その人は適格者と認められ、神を愛する人々に約束された命の冠をいただくからです。

 

新共同 Tペテ5:4

5:4 そうすれば、大牧者がお見えになるとき、あなたがたはしぼむことのない栄冠を受けることになります。

 

新共同 黙  2:10

2:10 あなたは、受けようとしている苦難を決して恐れてはいけない。見よ、悪魔が試みるために、あなたがたの何人かを牢に投げ込もうとしている。あなたがたは、十日の間苦しめられるであろう。死に至るまで忠実であれ。そうすれば、あなたに命の冠を授けよう。

 

新共同 黙  3:11

3:11 わたしは、すぐに来る。あなたの栄冠をだれにも奪われないように、持っているものを固く守りなさい。

 

新共同 Tコリ14:9

14:9 同じように、あなたがたも異言で語って、明確な言葉を口にしなければ、何を話しているか、どうして分かってもらえましょう。空に向かって語ることになるからです。

 

新共同 ロマ 8:13

8:13 肉に従って生きるなら、あなたがたは死にます。しかし、霊によって体の仕業を絶つならば、あなたがたは生きます。

 

新共同 Uテモ3:8

3:8 ヤンネとヤンブレがモーセに逆らったように、彼らも真理に逆らっています。彼らは精神の腐った人間で、信仰の失格者です。

 

新共同 テト 1:16

1:16 こういう者たちは、神を知っていると公言しながら、行いではそれを否定しているのです。嫌悪すべき人間で、反抗的で、一切の善い業については失格者です。

 

(仏)THE NEW JERUSALEM BIBLE 1985 の引照

口語訳 ガラ 5:7

5:7 あなたがたはよく走り続けてきたのに、だれが邪魔をして、真理にそむかせたのか。

 

口語訳 ピリ 3:14

3:14 目標を目ざして走り、キリスト・イエスにおいて上に召して下さる神の賞与を得ようと努めているのである。

 

口語訳 Uテモ4:7-8

4:7 わたしは戦いをりっぱに戦いぬき、走るべき行程を走りつくし、信仰を守りとおした。

4:8 今や、義の冠がわたしを待っているばかりである。かの日には、公平な審判者である主が、それを授けて下さるであろう。わたしばかりではなく、主の出現を心から待ち望んでいたすべての人にも授けて下さるであろう。

 

口語訳 ヤコ 1:12

1:12 試錬を耐え忍ぶ人は、さいわいである。それを忍びとおしたなら、神を愛する者たちに約束されたいのちの冠を受けるであろう。

 

口語訳 Tペテ5:4

5:4 そうすれば、大牧者が現れる時には、しぼむことのない栄光の冠を受けるであろう。

 

口語訳 黙  2:10

2:10 あなたの受けようとする苦しみを恐れてはならない。見よ、悪魔が、あなたがたのうちのある者をためすために、獄に入れようとしている。あなたがたは十日の間、苦難にあうであろう。死に至るまで忠実であれ。そうすれば、いのちの冠を与えよう。

 

口語訳 黙  3:11

3:11 わたしは、すぐに来る。あなたの冠がだれにも奪われないように、自分の持っているものを堅く守っていなさい。

 

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