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第二コリント 5:1−5

天の住い

 

 

翻訳比較

 

岩波翻訳委員会訳1995

470501実際私たちは、「たとえ私たちの地上の幕屋の家が打ち壊されても、神からの建物、すなわち天にある、〔人の〕手によって造られたのではない、永遠の家をもっているのだ」、ということを〔よく〕知っている。

470502ただ私たちは、この〔地上の幕屋の家の〕中で、私たちの天からの住まいを上に着たいと欲しながら、うめいている。

470503私たちは、たとえ〔あなたがたが願っているように、この地上の幕屋を〕脱いだとしても、裸で見いだされることはないであろう。

470504なぜならば、この幕屋のうちにある私たちが圧迫されてうめいているのも、脱ぐことを願っているからではなく、むしろ上に着ることを〔願っているのだ〕からである。それは、死ぬべきものが生命によって呑み込まれてしまうためである。

470505私たちをこのことへと〔備えるために〕働いて下さったのは、神、すなわち私たちに霊の手付金を与えて下さった方である。

 

新共同訳1987

5:1 わたしたちの地上の住みかである幕屋が滅びても、神によって建物が備えられていることを、わたしたちは知っています。人の手で造られたものではない天にある永遠の住みかです。

5:2 わたしたちは、天から与えられる住みかを上に着たいと切に願って、この地上の幕屋にあって苦しみもだえています。

5:3 それを脱いでも、わたしたちは裸のままではおりません。

5:4 この幕屋に住むわたしたちは重荷を負ってうめいておりますが、それは、地上の住みかを脱ぎ捨てたいからではありません。死ぬはずのものが命に飲み込まれてしまうために、天から与えられる住みかを上に着たいからです。

5:5 わたしたちを、このようになるのにふさわしい者としてくださったのは、神です。神は、その保証として“霊”を与えてくださったのです。

 

前田訳1978

5:1 われらは知っています、われらの地上の家である幕屋が壊れても、神からの建物、すなわち手で造らぬ永遠の家が天にあることを。

5:2 われらはこの身で天からの住まいを着るよう、あこがれてうめいているのです。

5:3 もし着たならば、裸では見られますまい。

5:4 われらは幕屋にいるあいだ重荷にうめいています。それを脱ぎたいからではなく、上に着たいからです。それは死すべきものがいのちに呑み込まれるためです。

5:5 われらをほかならぬこのことへと仕上げてくださったのは神です。神がわれらに霊の保証をお与えでした。

 

新改訳1970

5:1 私たちの住まいである地上の幕屋がこわれても、神の下さる建物があることを、私たちは知っています。それは、人の手によらない、天にある永遠の家です。

5:2 私たちはこの幕屋にあってうめき、この天から与えられる住まいを着たいと望んでいます。

5:3 それを着たなら、私たちは裸の状態になることはないからです。

5:4 確かにこの幕屋の中にいる間は、私たちは重荷を負って、うめいています。それは、この幕屋を脱ぎたいと思うからでなく、かえって天からの住まいを着たいからです。そのことによって、死ぬべきものがいのちにのまれてしまうためにです。

5:5 私たちをこのことにかなう者としてくださった方は神です。神は、その保証として御霊を下さいました。

 

塚本訳1963

5:1 なぜ(こんな希望に生きることができるの)であろうか。もし地上の家であるわたし達のこのテント、(この肉体)がこわれるならば、天に、神の建てられた建物、(人間の)手で造らない永遠の家をいただいていることを、わたし達は知っているからである。

5:2 どうしてであろうか。わたし達はこのテントにいて、天の住いを上に着たくてたまらずに呻いているからである。(この憧れと呻きこそ、永遠の住いのある証拠ではないか。)

5:3 ほんとうにもしこれを着たならば、裸(の恥しい姿)であることはないであろう!

5:4 それで、わたし達のこのテントにいる者は、重荷に呻いている。これを脱ぎたい(つまり死にたい)のではなく、(天の住いを)上に着たいからである。これは死ぬべきものが命に飲み込まれるためである。

5:5 このことがわたし達に出来るようにされたお方は神であり、このお方がその手付けとして御霊を下さったのである。

 

口語訳1955

5:1 わたしたちの住んでいる地上の幕屋がこわれると、神からいただく建物、すなわち天にある、人の手によらない永遠の家が備えてあることを、わたしたちは知っている。

5:2 そして、天から賜わるそのすみかを、上に着ようと切に望みながら、この幕屋の中で苦しみもだえている。

5:3 それを着たなら、裸のままではいないことになろう。

5:4 この幕屋の中にいるわたしたちは、重荷を負って苦しみもだえている。それを脱ごうと願うからではなく、その上に着ようと願うからであり、それによって、死ぬべきものがいのちにのまれてしまうためである。

5:5 わたしたちを、この事にかなう者にして下さったのは、神である。そして、神はその保証として御霊をわたしたちに賜わったのである。

 

文語訳1917

"470501","我らは知る、我らの幕屋なる地上の家、壞るれば、神の賜ふ建造物、すなはち天にある、手にて造らぬ、永遠の家あることを。"

"470502","我等はその幕屋にありて歎き、天より賜ふ住所をこの上に著んことを切に望む。"

"470503","之を著るときは裸にてある事なからん。"

"470504","我等この幕屋にありて重荷を負へる如くに歎く、之を脱がんとにあらで此の上に著んことを欲すればなり。これ死ぬべき者の生命に呑まれん爲なり。"

"470505","我らを此の事に適ふものとなし、その證として御靈を賜ひし者は神なり。"

 

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各国聖書引照編集

 

(独)NESTLE-ALAND  NOVUM TESTAMENTUM  GRAECE 27版1993 の引照

新共同 ヘブ 9:11

9:11 けれども、キリストは、既に実現している恵みの大祭司としておいでになったのですから、人間の手で造られたのではない、すなわち、この世のものではない、更に大きく、更に完全な幕屋を通り、

 

新共同 マコ 8:12

8:12 イエスは、心の中で深く嘆いて言われた。「どうして、今の時代の者たちはしるしを欲しがるのだろう。はっきり言っておく。今の時代の者たちには、決してしるしは与えられない。」

 

新共同 Uコリ1:22

1:22 神はまた、わたしたちに証印を押して、保証としてわたしたちの心に"霊"を与えてくださいました。

 

(英・米)THE NEW TREASURY OF SCRIPTURE KNOWLEDGE 1982 の引照

口語訳 ロマ 8:23

8:23 それだけではなく、御霊の最初の実を持っているわたしたち自身も、心の内でうめきながら、子たる身分を授けられること、すなわち、からだのあがなわれることを待ち望んでいる。

 

口語訳 ピリ 1:23

1:23 わたしは、これら二つのものの間に板ばさみになっている。わたしの願いを言えば、この世を去ってキリストと共にいることであり、実は、その方がはるかに望ましい。

 

口語訳 Tコリ15:53-54

15:53 なぜなら、この朽ちるものは必ず朽ちないものを着、この死ぬものは必ず死なないものを着ることになるからである。

15:54 この朽ちるものが朽ちないものを着、この死ぬものが死なないものを着るとき、聖書に書いてある言葉が成就するのである。

 

口語訳 ロマ 7:24

7:24 わたしは、なんというみじめな人間なのだろう。だれが、この死のからだから、わたしを救ってくれるだろうか。

 

(日)新共同訳1987の引照

新共同 Uペテ1:13-14

1:13 わたしは、自分がこの体を仮の宿としている間、あなたがたにこれらのことを思い出させて、奮起させるべきだと考えています。

1:14 わたしたちの主イエス・キリストが示してくださったように、自分がこの仮の宿を間もなく離れなければならないことを、わたしはよく承知しているからです。

 

新共同 ヘブ 9:11

9:11 けれども、キリストは、既に実現している恵みの大祭司としておいでになったのですから、人間の手で造られたのではない、すなわち、この世のものではない、更に大きく、更に完全な幕屋を通り、

 

新共同 ヘブ 9:24

9:24 なぜならキリストは、まことのものの写しにすぎない、人間の手で造られた聖所にではなく、天そのものに入り、今やわたしたちのために神の御前に現れてくださったからです。

 

新共同 Tコリ15:47

15:47 最初の人は土ででき、地に属する者であり、第二の人は天に属する者です。

 

新共同 ロマ 8:23

8:23 被造物だけでなく、"霊"の初穂をいただいているわたしたちも、神の子とされること、つまり、体の贖われることを、心の中でうめきながら待ち望んでいます。

 

新共同 Tコリ15:53-54

15:53 この朽ちるべきものが朽ちないものを着、この死ぬべきものが死なないものを必ず着ることになります。

15:54 この朽ちるべきものが朽ちないものを着、この死ぬべきものが死なないものを着るとき、次のように書かれている言葉が実現するのです。「死は勝利にのみ込まれた。

 

新共同 Uコリ5:4

5:4 この幕屋に住むわたしたちは重荷を負ってうめいておりますが、それは、地上の住みかを脱ぎ捨てたいからではありません。死ぬはずのものが命に飲み込まれてしまうために、天から与えられる住みかを上に着たいからです。

 

新共同 Uコリ5:1-2

5:1 わたしたちの地上の住みかである幕屋が滅びても、神によって建物が備えられていることを、わたしたちは知っています。人の手で造られたものではない天にある永遠の住みかです。

5:2 わたしたちは、天から与えられる住みかを上に着たいと切に願って、この地上の幕屋にあって苦しみもだえています。

 

新共同 Uコリ1:22

1:22 神はまた、わたしたちに証印を押して、保証としてわたしたちの心に"霊"を与えてくださいました。

 

新共同 ロマ 8:23

8:23 被造物だけでなく、"霊"の初穂をいただいているわたしたちも、神の子とされること、つまり、体の贖われることを、心の中でうめきながら待ち望んでいます。

 

(仏)THE NEW JERUSALEM BIBLE 1985 の引照

口語訳 Uペテ1:13-14

1:13 わたしがこの幕屋にいる間、あなたがたに思い起させて、奮い立たせることが適当と思う。

1:14 それは、わたしたちの主イエス・キリストもわたしに示して下さったように、わたしのこの幕屋を脱ぎ去る時が間近であることを知っているからである。

 

口語訳 Tコリ15:44-49

15:44 肉のからだでまかれ、霊のからだによみがえるのである。肉のからだがあるのだから、霊のからだもあるわけである。

15:45 聖書に「最初の人アダムは生きたものとなった」と書いてあるとおりである。しかし最後のアダムは命を与える霊となった。

15:46 最初にあったのは、霊のものではなく肉のものであって、その後に霊のものが来るのである。

15:47 第一の人は地から出て土に属し、第二の人は天から来る。

15:48 この土に属する人に、土に属している人々は等しく、この天に属する人に、天に属している人々は等しいのである。

15:49 すなわち、わたしたちは、土に属している形をとっているのと同様に、また天に属している形をとるであろう。

口語訳 ピリ 3:20

3:20 しかし、わたしたちの国籍は天にある。そこから、救主、主イエス・キリストのこられるのを、わたしたちは待ち望んでいる。

 

口語訳 コロ 3:3-4

3:3 あなたがたはすでに死んだものであって、あなたがたのいのちは、キリストと共に神のうちに隠されているのである。

3:4 わたしたちのいのちなるキリストが現れる時には、あなたがたも、キリストと共に栄光のうちに現れるであろう。

 

口語訳 ロマ 8:23

8:23 それだけではなく、御霊の最初の実を持っているわたしたち自身も、心の内でうめきながら、子たる身分を授けられること、すなわち、からだのあがなわれることを待ち望んでいる。

 

口語訳 Tコリ15:51-53

15:51 ここで、あなたがたに奥義を告げよう。わたしたちすべては、眠り続けるのではない。終りのラッパの響きと共に、またたく間に、一瞬にして変えられる。

15:52 というのは、ラッパが響いて、死人は朽ちない者によみがえらされ、わたしたちは変えられるのである。

15:53 なぜなら、この朽ちるものは必ず朽ちないものを着、この死ぬものは必ず死なないものを着ることになるからである。

 

口語訳 Tテサ4:15

4:15 わたしたちは主の言葉によって言うが、生きながらえて主の来臨の時まで残るわたしたちが、眠った人々より先になることは、決してないであろう。

 

口語訳 Uコリ1:22

1:22 神はまた、わたしたちに証印をおし、その保証として、わたしたちの心に御霊を賜わったのである。

 

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第二コリント 5:6−10

主のお気に入ることが名誉

 

 

 

翻訳比較

 

岩波翻訳委員会訳1995

470506それゆえに私たちは常に心強いのだが、しかし「このからだのうちに住んでいる限りは、主から離れて住んでいる」ということをも、私たちは〔よく〕知っている。

470507なぜならば私たちは、信仰によって歩んでいるのであって、〔目に〕見えるものによって歩んでいるのではないからである。

470508さて、私たちは心強いのだが、しかし〔「主から離れて住む」ということを言うのなら〕、むしろこのからだから離れ

て住むことを、そして〔「このからだのうちに住む」ということを言うのなら〕、むしろ主に向かって住むことを、私たちは願わしく思っている。

470509したがって、〔どこに〕住んでいようが、〔どこから〕離れて住んでいようが、主に喜ばれる者となるように、私たちは努めているのである。

470510私たちすべては、キリストの〔さばきの〕座の前で、露わにされなくてはならないからである。それは、善であれ悪であれ、自分が為したことに対しては、からだをとおして〔為された〕こと〔への報い〕をそれぞれが受け取るためである。

 

新共同訳1987

5:6 それで、わたしたちはいつも心強いのですが、体を住みかとしているかぎり、主から離れていることも知っています。

5:7 目に見えるものによらず、信仰によって歩んでいるからです。

5:8 わたしたちは、心強い。そして、体を離れて、主のもとに住むことをむしろ望んでいます。

5:9 だから、体を住みかとしていても、体を離れているにしても、ひたすら主に喜ばれる者でありたい。

5:10 なぜなら、わたしたちは皆、キリストの裁きの座の前に立ち、善であれ悪であれ、めいめい体を住みかとしていたときに行ったことに応じて、報いを受けねばならないからです。

 

前田訳1978

5:6 それでわれらは、この体に住んでいる間、主から離れ住んでいることを知りながらも、つねに心強いのです。

5:7 われらは見えるものによらず信仰によって歩んでいるのです。

5:8 われらは心強くあり、むしろ体を離れ住んで、主のもとに住みたいと思っています。

5:9 それゆえ、この体に住もうと、離れ住もうと、主によろこばれることをわれらの名誉とします。

5:10 われらは皆キリストの裁きの座の前に現われねばなりません。それはよきにつけ、あしきにつけ、おのおのがその体によってなしたことに対して報われるためです。

 

新改訳1970

5:6 そういうわけで、私たちはいつも心強いのです。ただし、私たちが肉体にいる間は、主から離れているということも知っています。

5:7 確かに、私たちは見るところによってではなく、信仰によって歩んでいます。

5:8 私たちはいつも心強いのです。そして、むしろ肉体を離れて、主のみもとにいるほうがよいと思っています。

5:9 そういうわけで、肉体の中にあろうと、肉体を離れていようと、私たちの念願とするところは、主に喜ばれることです。

5:10 なぜなら、私たちはみな、キリストのさばきの座に現われて、善であれ悪であれ、各自その肉体にあってした行為に応じて報いを受けることになるからです。

 

塚本訳1963

5:6 だから、わたし達はいつも心強くあり、また、この体に同居しているあいだは主から離れて別居していることを知っている、

5:7 ──というのも(いま)わたし達は(主を)見ることによってではなく、信仰によって歩いているからである。──

5:8 それで、わたし達は心強くはあるけれども、むしろこの体を離れて別居し、主の所に同居したいと望んでいる。

5:9 この故にまた、(この体と)同居していようが、別居していようが、(ただ)主のお気に入ることだけを名誉とするのである。

5:10 なぜなら、わたし達は(最後の日に)一人のこらずキリストの裁判席の前に自分を現し、ひとりびとりがその体によってしたことに従い、善いことにせよ悪いことにせよ報いを受けねばならないからである。

 

口語訳1955

5:6 だから、わたしたちはいつも心強い。そして、肉体を宿としている間は主から離れていることを、よく知っている。

5:7 わたしたちは、見えるものによらないで、信仰によって歩いているのである。

5:8 それで、わたしたちは心強い。そして、むしろ肉体から離れて主と共に住むことが、願わしいと思っている。

5:9 そういうわけだから、肉体を宿としているにしても、それから離れているにしても、ただ主に喜ばれる者となるのが、心からの願いである。

5:10 なぜなら、わたしたちは皆、キリストのさばきの座の前にあらわれ、善であれ悪であれ、自分の行ったことに応じて、それぞれ報いを受けねばならないからである。

 

文語訳1917

"470506","この故に我らは常に心強し、かつ身に居るうちは主より離れ居るを知る、"

"470507","見ゆる所によらず、信仰によりて歩めばなり。"

"470508","斯く心強し、願ふところは寧ろ身を離れて主と偕に居らんことなり。"

"470509","然れば身に居るも身を離るるも、ただ御心に適はんことを力む。"

"470510","我等はみな必ずキリストの審判の座の前にあらはれ、善にもあれ惡にもあれ、各人その身になしたる事に隨ひて報を受くべければなり。"

 

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各国聖書引照編集

 

(独)NESTLE-ALAND  NOVUM TESTAMENTUM  GRAECE 27版1993 の引照

新共同 ヘブ 13:21

13:21 御心に適うことをイエス・キリストによってわたしたちにしてくださり、御心を行うために、すべての良いものをあなたがたに備えてくださるように。栄光が世々限りなくキリストにありますように、アーメン。

 

新共同 使  10:42

10:42 そしてイエスは、御自分が生きている者と死んだ者との審判者として神から定められた者であることを、民に宣べ伝え、力強く証しするようにと、わたしたちにお命じになりました。

 

新共同 Uコリ11:15

11:15 だから、サタンに仕える者たちが、義に仕える者を装うことなど、大したことではありません。彼らは、自分たちの業に応じた最期を遂げるでしょう。

 

(英・米)THE NEW TREASURY OF SCRIPTURE KNOWLEDGE 1982 の引照

口語訳 Uコリ12:3

12:3 この人が――それが、からだのままであったか、からだを離れてであったか、わたしは知らない。神がご存じである――

 

口語訳 Uコリ1:24

1:24 わたしたちは、あなたがたの信仰を支配する者ではなく、あなたがたの喜びのために共に働いている者にすぎない。あなたがたは、信仰に堅く立っているからである。

 

口語訳 Uコリ4:18

4:18 わたしたちは、見えるものにではなく、見えないものに目を注ぐ。見えるものは一時的であり、見えないものは永遠につづくのである。

 

口語訳 ロマ 8:24-25

8:24 わたしたちは、この望みによって救われているのである。しかし、目に見える望みは望みではない。なぜなら、現に見ている事を、どうして、なお望む人があろうか。

8:25 もし、わたしたちが見ないことを望むなら、わたしたちは忍耐して、それを待ち望むのである。

 

口語訳 ガラ 2:20

2:20 生きているのは、もはや、わたしではない。キリストが、わたしのうちに生きておられるのである。しかし、わたしがいま肉にあって生きているのは、わたしを愛し、わたしのためにご自身をささげられた神の御子を信じる信仰によって、生きているのである。

 

口語訳 ピリ 1:20-24

1:20 そこで、わたしが切実な思いで待ち望むことは、わたしが、どんなことがあっても恥じることなく、かえって、いつものように今も、大胆に語ることによって、生きるにも死ぬにも、わたしの身によってキリストがあがめられることである。

1:21 わたしにとっては、生きることはキリストであり、死ぬことは益である。

1:22 しかし、肉体において生きていることが、わたしにとっては実り多い働きになるのだとすれば、どちらを選んだらよいか、わたしにはわからない。

1:23 わたしは、これら二つのものの間に板ばさみになっている。わたしの願いを言えば、この世を去ってキリストと共にいることであり、実は、その方がはるかに望ましい。

1:24 しかし、肉体にとどまっていることは、あなたがたのためには、さらに必要である。

 

口語訳 ピリ 3:21

3:21 彼は、万物をご自身に従わせうる力の働きによって、わたしたちの卑しいからだを、ご自身の栄光のからだと同じかたちに変えて下さるであろう。

 

口語訳 Tコリ15:58

15:58 だから、愛する兄弟たちよ。堅く立って動かされず、いつも全力を注いで主のわざに励みなさい。主にあっては、あなたがたの労苦がむだになることはないと、あなたがたは知っているからである。

 

口語訳 ロマ 14:10

14:10 それだのに、あなたは、なぜ兄弟をさばくのか。あなたは、なぜ兄弟を軽んじるのか。わたしたちはみな、神のさばきの座の前に立つのである。

 

口語訳 ロマ 2:5-10

2:5 あなたのかたくなな、悔改めのない心のゆえに、あなたは、神の正しいさばきの現れる怒りの日のために神の怒りを、自分の身に積んでいるのである。

2:6 神は、おのおのに、そのわざにしたがって報いられる。

2:7 すなわち、一方では、耐え忍んで善を行って、光栄とほまれと朽ちぬものとを求める人に、永遠のいのちが与えられ、

2:8 他方では、党派心をいだき、真理に従わないで不義に従う人に、怒りと激しい憤りとが加えられる。

2:9 悪を行うすべての人には、ユダヤ人をはじめギリシヤ人にも、患難と苦悩とが与えられ、

2:10 善を行うすべての人には、ユダヤ人をはじめギリシヤ人にも、光栄とほまれと平安とが与えられる。

 

口語訳 ロマ 8:1

8:1 こういうわけで、今やキリスト・イエスにある者は罪に定められることがない。

 

口語訳 Tコリ4:5

4:5 だから、主がこられるまでは、何事についても、先走りをしてさばいてはいけない。主は暗い中に隠れていることを明るみに出し、心の中で企てられていることを、あらわにされるであろう。その時には、神からそれぞれほまれを受けるであろう。

 

口語訳 ガラ 6:7-8

6:7 まちがってはいけない、神は侮られるようなかたではない。人は自分のまいたものを、刈り取ることになる。

6:8 すなわち、自分の肉にまく者は、肉から滅びを刈り取り、霊にまく者は、霊から永遠のいのちを刈り取るであろう。

 

口語訳 Tコリ3:12-14

3:12 この土台の上に、だれかが金、銀、宝石、木、草、または、わらを用いて建てるならば、

3:13 それぞれの仕事は、はっきりとわかってくる。すなわち、かの日は火の中に現れて、それを明らかにし、またその火は、それぞれの仕事がどんなものであるかを、ためすであろう。

3:14 もしある人の建てた仕事がそのまま残れば、その人は報酬を受けるが、

 

(日)新共同訳1987の引照

新共同 ヘブ 11:13-14

11:13 この人たちは皆、信仰を抱いて死にました。約束されたものを手に入れませんでしたが、はるかにそれを見て喜びの声をあげ、自分たちが地上ではよそ者であり、仮住まいの者であることを公に言い表したのです。

11:14 このように言う人たちは、自分が故郷を探し求めていることを明らかに表しているのです。

 

新共同 Tコリ13:12

13:12 わたしたちは、今は、鏡におぼろに映ったものを見ている。だがそのときには、顔と顔とを合わせて見ることになる。わたしは、今は一部しか知らなくとも、そのときには、はっきり知られているようにはっきり知ることになる。

 

新共同 Uコリ4:18

4:18 わたしたちは見えるものではなく、見えないものに目を注ぎます。見えるものは過ぎ去りますが、見えないものは永遠に存続するからです。

 

新共同 ピリ 1:23

1:23 この二つのことの間で、板挟みの状態です。一方では、この世を去って、キリストと共にいたいと熱望しており、この方がはるかに望ましい。

 

新共同 ロマ 14:18

14:18 このようにしてキリストに仕える人は、神に喜ばれ、人々に信頼されます。

 

新共同 コロ 1:10

1:10 すべての点で主に喜ばれるように主に従って歩み、あらゆる善い業を行って実を結び、神をますます深く知るように。

 

新共同 Tテサ4:1

4:1 さて、兄弟たち、主イエスに結ばれた者としてわたしたちは更に願い、また勧めます。あなたがたは、神に喜ばれるためにどのように歩むべきかを、わたしたちから学びました。そして、現にそのように歩んでいますが、どうか、その歩みを今後も更に続けてください。

 

新共同 ロマ 2:16

2:16 そのことは、神が、わたしの福音の告げるとおり、人々の隠れた事柄をキリスト・イエスを通して裁かれる日に、明らかになるでしょう。

 

新共同 ヘブ 9:27

9:27 また、人間にはただ一度死ぬことと、その後に裁きを受けることが定まっているように、

 

新共同 ロマ 14:10

14:10 それなのに、なぜあなたは、自分の兄弟を裁くのですか。また、なぜ兄弟を侮るのですか。わたしたちは皆、神の裁きの座の前に立つのです。

 

新共同 エペ 6:8

6:8 あなたがたも知っているとおり、奴隷であっても自由な身分の者であっても、善いことを行えば、だれでも主から報いを受けるのです。

 

(仏)THE NEW JERUSALEM BIBLE 1985 の引照

口語訳 Tペテ1:1

1:1 イエス・キリストの使徒ペテロから、ポント、ガラテヤ、カパドキヤ、アジヤおよびビテニヤに離散し寄留している人たち、

 

口語訳 ロマ 8:24

8:24 わたしたちは、この望みによって救われているのである。しかし、目に見える望みは望みではない。なぜなら、現に見ている事を、どうして、なお望む人があろうか。

 

口語訳 Tコリ13:12

13:12 わたしたちは、今は、鏡に映して見るようにおぼろげに見ている。しかしその時には、顔と顔とを合わせて、見るであろう。わたしの知るところは、今は一部分にすぎない。しかしその時には、わたしが完全に知られているように、完全に知るであろう。

 

口語訳 ピリ 1:21-23

1:21 わたしにとっては、生きることはキリストであり、死ぬことは益である。

1:22 しかし、肉体において生きていることが、わたしにとっては実り多い働きになるのだとすれば、どちらを選んだらよいか、わたしにはわからない。

1:23 わたしは、これら二つのものの間に板ばさみになっている。わたしの願いを言えば、この世を去ってキリストと共にいることであり、実は、その方がはるかに望ましい。

 

口語訳 ロマ 14:10

14:10 それだのに、あなたは、なぜ兄弟をさばくのか。あなたは、なぜ兄弟を軽んじるのか。わたしたちはみな、神のさばきの座の前に立つのである。

 

口語訳 ヘブ 11:6

11:6 信仰がなくては、神に喜ばれることはできない。なぜなら、神に来る者は、神のいますことと、ご自分を求める者に報いて下さることとを、必ず信じるはずだからである。

 

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第二コリント 5:11−13

わたし達の考えることはただ神とあなた達とのため

 

 

翻訳比較

 

岩波翻訳委員会訳1995

470511さて私たちは、主に対する畏れを知っているので、人々に説き勧める。しかし神に対しては、私たちは露わにされてしまっているのである。そして私は、あなたがたの良心にも露わにされてしまっていることを希望している。

470512私たちは再びあなたがたに自己推薦をしているのではなく、むしろ、私たちについて誇る機会をあなたがたに与えているのである。それはあなたがたが、心においてではなくて顔において誇っている人たちに対して、〔そうする機会を〕もつためである。

470513もしも私たちが正気ではなかったとするなら、それは神に対してなのであり、もしも私たちが冷静であるとするなら、それはあなたがたに対してなのである。

 

新共同訳1987

5:11 主に対する畏れを知っているわたしたちは、人々の説得に努めます。わたしたちは、神にはありのままに知られています。わたしは、あなたがたの良心にもありのままに知られたいと思います。

5:12 わたしたちは、あなたがたにもう一度自己推薦をしようというのではありません。ただ、内面ではなく、外面を誇っている人々に応じられるように、わたしたちのことを誇る機会をあなたがたに提供しているのです。

5:13 わたしたちが正気でないとするなら、それは神のためであったし、正気であるなら、それはあなたがたのためです。

 

前田訳1978

5:11 このように神への恐れを知って、われらは人々を説得しています。神にはわれらのことは明らかです。そしてあなた方の良心にも明らかであるよう、わたしは望んでいます。

5:12 われらはふたたび自らを推薦するのではありません。むしろわれらのことを誇る機会をあなた方に与えるのです。それは心でなく、うわべで誇る人々にあなた方が対応しうるためです。

5:13 もしわれらが狂っているならば、神のためであり、正気ならば、あなた方のためです。

 

新改訳1970

5:11 こういうわけで、私たちは、主を恐れることを知っているので、人々を説得しようとするのです。私たちのことは、神の御前に明らかです。しかし、あなたがたの良心にも明らかになることが、私の望みです。

5:12 私たちはまたも自分自身をあなたがたに推薦しようとするのではありません。ただ、私たちのことを誇る機会をあなたがたに与えて、心においてではなく、うわべのことで誇る人たちに答えることができるようにさせたいのです。

5:13 もし私たちが気が狂っているとすれば、それはただ神のためであり、もし正気であるとすれば、それはただあなたがたのためです。

 

塚本訳1963

5:11 このようにわたし達は主の(裁判の)恐ろしさを知っているので、(非難者の言葉を借りれば、)人々を「説得している」のであるが、わたし達(に私心)の(ない)ことは神には知られている(筈である)。しかしあなた達の良心にも知られることを望むのである。

5:12 (前にも言ったが、)わたし達はまたあなた達に「自分を推薦する」のではない。ただわたし達のことを誇る手掛りを与えて、内面でなく外面を誇るあの連中に受け答えできるようにするまでである。

5:13 なぜなら、もし(非難されているように)わたし達が「気が狂った」のなら、神に対して(熱心だから)である。もし正気なら、あなた達に対して(そのためを考えるから)である。

 

口語訳1955

5:11 このようにわたしたちは、主の恐るべきことを知っているので、人々に説き勧める。わたしたちのことは、神のみまえには明らかになっている。さらに、あなたがたの良心にも明らかになるようにと望む。

5:12 わたしたちは、あなたがたに対して、またもや自己推薦をしようとするのではない。ただわたしたちを誇る機会を、あなたがたに持たせ、心を誇るのではなくうわべだけを誇る人々に答えうるようにさせたいのである。

5:13 もしわたしたちが、気が狂っているのなら、それは神のためであり、気が確かであるのなら、それはあなたがたのためである。

 

文語訳1917

"470511","斯く主の畏るべきを知るによりて人々に説き勸む。われら既に神に知られたり、亦なんぢらの良心にも知られたりと思ふ。"

"470512","我等は再び己を汝らに薦むるにあらず、ただ我等をもて誇とする機を汝らに與へ、心によらず外貌によりて誇る人々に答ふることを得させんとするなり。"

"470513","我等もし心狂へるならば、神の爲なり、心慥ならば、汝らの爲なり。"

 

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各国聖書引照編集

 

(独)NESTLE-ALAND  NOVUM TESTAMENTUM  GRAECE 27版1993 の引照

新共同 Tペテ1:17

1:17 また、あなたがたは、人それぞれの行いに応じて公平に裁かれる方を、「父」と呼びかけているのですから、この地上に仮住まいする間、その方を畏れて生活すべきです。

 

(英・米)THE NEW TREASURY OF SCRIPTURE KNOWLEDGE 1982 の引照

口語訳 ロマ 2:8-9

2:8 他方では、党派心をいだき、真理に従わないで不義に従う人に、怒りと激しい憤りとが加えられる。

2:9 悪を行うすべての人には、ユダヤ人をはじめギリシヤ人にも、患難と苦悩とが与えられ、

 

口語訳 ロマ 11:22

11:22 神の慈愛と峻厳とを見よ。神の峻厳は倒れた者たちに向けられ、神の慈愛は、もしあなたがその慈愛にとどまっているなら、あなたに向けられる。そうでないと、あなたも切り取られるであろう。

 

口語訳 Uコリ4:1-2

4:1 このようにわたしたちは、あわれみを受けてこの務についているのだから、落胆せずに、

4:2 恥ずべき隠れたことを捨て去り、悪巧みによって歩かず、神の言を曲げず、真理を明らかにし、神のみまえに、すべての人の良心に自分を推薦するのである。

 

口語訳 Uコリ1:14

1:14 すでにある程度わたしたちを理解してくれているとおり、わたしたちの主イエスの日には、あなたがたがわたしたちの誇であるように、わたしたちもあなたがたの誇なのである。

 

口語訳 ロマ 12:3

12:3 わたしは、自分に与えられた恵みによって、あなたがたひとりびとりに言う。思うべき限度を越えて思いあがることなく、むしろ、神が各自に分け与えられた信仰の量りにしたがって、慎み深く思うべきである。

 

(日)新共同訳1987の引照

新共同 エペ 5:21

5:21 キリストに対する畏れをもって、互いに仕え合いなさい。

 

新共同 ヘブ 10:31

10:31 生ける神の手に落ちるのは、恐ろしいことです。

 

新共同 ヘブ 12:29

12:29 実に、わたしたちの神は、焼き尽くす火です。

 

新共同 Uコリ4:2

4:2 かえって、卑劣な隠れた行いを捨て、悪賢く歩まず、神の言葉を曲げず、真理を明らかにすることにより、神の御前で自分自身をすべての人の良心にゆだねます。

 

新共同 Uコリ3:1

3:1 わたしたちは、またもや自分を推薦し始めているのでしょうか。それとも、ある人々のように、あなたがたへの推薦状、あるいはあなたがたからの推薦状が、わたしたちに必要なのでしょうか。

 

新共同 Uコリ1:13-14

1:13 -14わたしたちは、あなたがたが読み、また理解できること以外何も書いていません。あなたがたは、わたしたちをある程度理解しているのですから、わたしたちの主イエスの来られる日に、わたしたちにとってもあなたがたが誇りであるように、あなたがたにとってもわたしたちが誇りであることを、十分に理解してもらいたい。

1:15 このような確信に支えられて、わたしは、あなたがたがもう一度恵みを受けるようにと、まずあなたがたのところへ行く計画を立てました。

 

新共同 Uコリ11:16

11:16 もう一度言います。だれもわたしを愚か者と思わないでほしい。しかし、もしあなたがたがそう思うなら、わたしを愚か者と見なすがよい。そうすれば、わたしも少しは誇ることができる。

 

新共同 ピリ 1:26

1:26 そうなれば、わたしが再びあなたがたのもとに姿を見せるとき、キリスト・イエスに結ばれているというあなたがたの誇りは、わたしゆえに増し加わることになります。

 

新共同 Uコリ11:1

11:1 わたしの少しばかりの愚かさを我慢してくれたらよいが。いや、あなたがたは我慢してくれています。

 

新共同 Uコリ12:6

12:6 仮にわたしが誇る気になったとしても、真実を語るのだから、愚か者にはならないでしょう。だが、誇るまい。わたしのことを見たり、わたしから話を聞いたりする以上に、わたしを過大評価する人がいるかもしれないし、

 

新共同 Uコリ12:11

12:11 わたしは愚か者になってしまいました。あなたがたが無理にそうさせたのです。わたしが、あなたがたから推薦してもらうべきだったのです。わたしは、たとえ取るに足りない者だとしても、あの大使徒たちに比べて少しも引けは取らなかったからです。

 

(仏)THE NEW JERUSALEM BIBLE 1985 の引照

口語訳 Uコリ3:1

3:1 わたしたちは、またもや、自己推薦をし始めているのだろうか。それとも、ある人々のように、あなたがたにあてた、あるいは、あなたがたからの推薦状が必要なのだろうか。

 

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第二コリント 5:14−17

わたし達はあたらしい創造物

 

 

 

翻訳比較

 

岩波翻訳委員会訳1995

470514事実キリストの愛が、〔次のように〕判断している私たちを、しっかりと捕らえている。〔すなわち、〕一人の人がすべての者のために死んだのであり、それゆえにすべての者は死んだのである、と。

470515〔然り、その一人の人は、〕まさにすべての者のために死んだのである。それは生きている者たちが、もはや自分自身のために生きるのではなく、むしろ彼らのために死に、そして〔死者たちの中から〕起こされた方のために〔生きる〕ためである。

470516かくして私たちは、今後は、誰をも肉に従って知るということはしない。たと

え私たちが肉に従ってキリストを知ってしまっていたとしても、しかし今はもはや〔そのようには〕知るということをしない。

470517かくして、もしもある人がキリストのうちにあるのなら、〔その人は〕新しく創造〔された者〕なのである。古きものは過ぎ去った。見よ、新しくなってしまったのである。

 

新共同訳1987

5:14 なぜなら、キリストの愛がわたしたちを駆り立てているからです。わたしたちはこう考えます。すなわち、一人の方がすべての人のために死んでくださった以上、すべての人も死んだことになります。

5:15 その一人の方はすべての人のために死んでくださった。その目的は、生きている人たちが、もはや自分自身のために生きるのではなく、自分たちのために死んで復活してくださった方のために生きることなのです。

5:16 それで、わたしたちは、今後だれをも肉に従って知ろうとはしません。肉に従ってキリストを知っていたとしても、今はもうそのように知ろうとはしません。

5:17 だから、キリストと結ばれる人はだれでも、新しく創造された者なのです。古いものは過ぎ去り、新しいものが生じた。

 

前田訳1978

5:14 それはキリストの愛がわれらに迫っているからです。われらはひとりの人がすべての人に代わって死んだと考えます。それで、すべての人が死んだのです。

5:15 そして彼がすべての人に代わって死にたまうたのは、生きるものが、自らのためでなく、彼らに代わって死んでよみがえりたもうたもののために生きるためです。

5:16 それゆえわれらは今後だれをも肉にあって知りますまい。かつてキリストを肉にあって知っていたにせよ、今はもはや知りません。

5:17 それゆえ、キリストにあるものは新しい創造です。古いものは過ぎ去り、今や新しいものができたのです。

 

新改訳1970

5:14 というのは、キリストの愛が私たちを取り囲んでいるからです。私たちはこう考えました。ひとりの人がすべての人のために死んだ以上、すべての人が死んだのです。

5:15 また、キリストがすべての人のために死なれたのは、生きている人々が、もはや自分のためにではなく、自分のために死んでよみがえった方のために生きるためなのです。

5:16 ですから、私たちは今後、人間的な標準で人を知ろうとはしません。かつては人間的な標準でキリストを知っていたとしても、今はもうそのような知り方はしません。

5:17 だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。

 

塚本訳1963

5:14 なぜというか。キリストの愛がわたし達を駆り立てるからである。わたし達はこう考える、──ただの一人の人(キリスト)がすべての人の身代りに死なれた、従ってすべての人は(キリストと一緒に一度)死んだのである、

5:15 そして彼がすべての人の身代りに死なれたのは、(彼と一緒に死んで新しい命にいま)生きている者たちが、もはや自分のために生きず、身代りに死んで復活された方のために生きるようにというのである。

5:16 だからこのわたし達は、今からのちだれをも人間的に知ろうとはしない。たとい(以前は)キリストをも人間的に知っていたにせよ、今はもはや(そのように)知りはしない。

5:17 だから、キリストと結びついている者は、新しい創造物である。古いものは消え失せて、いまここに、新しくなってしまっている!

 

口語訳1955

5:14 なぜなら、キリストの愛がわたしたちに強く迫っているからである。わたしたちはこう考えている。ひとりの人がすべての人のために死んだ以上、すべての人が死んだのである。

5:15 そして、彼がすべての人のために死んだのは、生きている者がもはや自分のためにではなく、自分のために死んでよみがえったかたのために、生きるためである。

5:16 それだから、わたしたちは今後、だれをも肉によって知ることはすまい。かつてはキリストを肉によって知っていたとしても、今はもうそのような知り方をすまい。

5:17 だれでもキリストにあるならば、その人は新しく造られた者である。古いものは過ぎ去った、見よ、すべてが新しくなったのである。

 

文語訳1917

"470514","キリストの愛われらに迫れり。我ら思ふに、一人すべての人に代りて死にたれば、凡ての人すでに死にたるなり。"

"470515","その凡ての人に代りて死に給ひしは、生ける人の最早おのれの爲に生きず、己に代り死にて甦へり給ひし者のために、生きん爲なり。"

"470516","されば今より後われ肉によりて人を知るまじ、曾て肉によりてキリストを知りしが、今より後は斯くの如くに知ることをせじ。"

"470517","人もしキリストに在らば新たに造られたる者なり、古きは既に過去り、視よ、新しくなりたり。"

 

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各国聖書引照編集

 

(独)NESTLE-ALAND  NOVUM TESTAMENTUM  GRAECE 27版1993 の引照

新共同 Tテモ2:6

2:6 この方はすべての人の贖いとして御自身を献げられました。これは定められた時になされた証しです。

 

新共同 コロ 1:22

1:22 しかし今や、神は御子の肉の体において、その死によってあなたがたと和解し、御自身の前に聖なる者、きずのない者、とがめるところのない者としてくださいました。

 

(英・米)THE NEW TREASURY OF SCRIPTURE KNOWLEDGE 1982 の引照

口語訳 ロマ 5:12

5:12 このようなわけで、ひとりの人によって、罪がこの世にはいり、また罪によって死がはいってきたように、こうして、すべての人が罪を犯したので、死が全人類にはいり込んだのである。

 

口語訳 Uコリ5:14

5:14 なぜなら、キリストの愛がわたしたちに強く迫っているからである。わたしたちはこう考えている。ひとりの人がすべての人のために死んだ以上、すべての人が死んだのである。

 

口語訳 ロマ 5:18

5:18 このようなわけで、ひとりの罪過によってすべての人が罪に定められたように、ひとりの義なる行為によって、いのちを得させる義がすべての人に及ぶのである。

 

口語訳 ガラ 2:20

2:20 生きているのは、もはや、わたしではない。キリストが、わたしのうちに生きておられるのである。しかし、わたしがいま肉にあって生きているのは、わたしを愛し、わたしのためにご自身をささげられた神の御子を信じる信仰によって、生きているのである。

 

口語訳 ロマ 14:7-8

14:7 すなわち、わたしたちのうち、だれひとり自分のために生きる者はなく、だれひとり自分のために死ぬ者はない。

14:8 わたしたちは、生きるのも主のために生き、死ぬのも主のために死ぬ。だから、生きるにしても死ぬにしても、わたしたちは主のものなのである。

 

口語訳 Tコリ6:19-20

6:19 あなたがたは知らないのか。自分のからだは、神から受けて自分の内に宿っている聖霊の宮であって、あなたがたは、もはや自分自身のものではないのである。

6:20 あなたがたは、代価を払って買いとられたのだ。それだから、自分のからだをもって、神の栄光をあらわしなさい。

 

口語訳 ロマ 4:25

4:25 主は、わたしたちの罪過のために死に渡され、わたしたちが義とされるために、よみがえらされたのである。

 

口語訳 ロマ 9:3-5

9:3 実際、わたしの兄弟、肉による同族のためなら、わたしのこの身がのろわれて、キリストから離されてもいとわない。

9:4 彼らはイスラエル人であって、子たる身分を授けられることも、栄光も、もろもろの契約も、律法を授けられることも、礼拝も、数々の約束も彼らのもの、

9:5 また父祖たちも彼らのものであり、肉によればキリストもまた彼らから出られたのである。万物の上にいます神は、永遠にほむべきかな、アァメン。

 

口語訳 ロマ 8:1

8:1 こういうわけで、今やキリスト・イエスにある者は罪に定められることがない。

 

口語訳 Tコリ1:30

1:30 あなたがたがキリスト・イエスにあるのは、神によるのである。キリストは神に立てられて、わたしたちの知恵となり、義と聖とあがないとになられたのである。

 

口語訳 ガラ 6:15

6:15 割礼のあるなしは問題ではなく、ただ、新しく造られることこそ、重要なのである。

 

口語訳 ロマ 6:4-5

6:4 すなわち、わたしたちは、その死にあずかるバプテスマによって、彼と共に葬られたのである。それは、キリストが父の栄光によって、死人の中からよみがえらされたように、わたしたちもまた、新しいいのちに生きるためである。

6:5 もしわたしたちが、彼に結びついてその死の様にひとしくなるなら、さらに、彼の復活の様にもひとしくなるであろう。

 

口語訳 ピリ 3:7-9

3:7 しかし、わたしにとって益であったこれらのものを、キリストのゆえに損と思うようになった。

3:8 わたしは、更に進んで、わたしの主キリスト・イエスを知る知識の絶大な価値のゆえに、いっさいのものを損と思っている。キリストのゆえに、わたしはすべてを失ったが、それらのものを、ふん土のように思っている。それは、わたしがキリストを得るためであり、

3:9 律法による自分の義ではなく、キリストを信じる信仰による義、すなわち、信仰に基く神からの義を受けて、キリストのうちに自分を見いだすようになるためである。

 

(日)新共同訳1987の引照

新共同 ロマ 5:15

5:15 しかし、恵みの賜物は罪とは比較になりません。一人の罪によって多くの人が死ぬことになったとすれば、なおさら、神の恵みと一人の人イエス・キリストの恵みの賜物とは、多くの人に豊かに注がれるのです。

 

新共同 ロマ 6:6

6:6 わたしたちの古い自分がキリストと共に十字架につけられたのは、罪に支配された体が滅ぼされ、もはや罪の奴隷にならないためであると知っています。

 

新共同 ガラ 2:20

2:20 生きているのは、もはやわたしではありません。キリストがわたしの内に生きておられるのです。わたしが今、肉において生きているのは、わたしを愛し、わたしのために身を献げられた神の子に対する信仰によるものです。

 

新共同 コロ 3:3

3:3 あなたがたは死んだのであって、あなたがたの命は、キリストと共に神の内に隠されているのです。

 

新共同 ロマ 14:7-9

14:7 わたしたちの中には、だれ一人自分のために生きる人はなく、だれ一人自分のために死ぬ人もいません。

14:8 わたしたちは、生きるとすれば主のために生き、死ぬとすれば主のために死ぬのです。従って、生きるにしても、死ぬにしても、わたしたちは主のものです。

14:9 キリストが死に、そして生きたのは、死んだ人にも生きている人にも主となられるためです。

 

新共同 Uコリ11:18

11:18 多くの者が肉に従って誇っているので、わたしも誇ることにしよう。

 

新共同 ピリ 3:4

3:4 とはいえ、肉にも頼ろうと思えば、わたしは頼れなくはない。だれかほかに、肉に頼れると思う人がいるなら、わたしはなおさらのことです。

 

新共同 ロマ 16:3

16:3 キリスト・イエスに結ばれてわたしの協力者となっている、プリスカとアキラによろしく。

 

新共同 ロマ 6:4

6:4 わたしたちは洗礼によってキリストと共に葬られ、その死にあずかるものとなりました。それは、キリストが御父の栄光によって死者の中から復活させられたように、わたしたちも新しい命に生きるためなのです。

 

新共同 ガラ 6:15

6:15 割礼の有無は問題ではなく、大切なのは、新しく創造されることです。

 

新共同 エペ 4:22-24

4:22 だから、以前のような生き方をして情欲に迷わされ、滅びに向かっている古い人を脱ぎ捨て、

4:23 心の底から新たにされて、

4:24 神にかたどって造られた新しい人を身に着け、真理に基づいた正しく清い生活を送るようにしなければなりません。

 

新共同 黙  21:4-5

21:4 彼らの目の涙をことごとくぬぐい取ってくださる。もはや死はなく、もはや悲しみも嘆きも労苦もない。最初のものは過ぎ去ったからである。」

21:5 すると、玉座に座っておられる方が、「見よ、わたしは万物を新しくする」と言い、また、「書き記せ。これらの言葉は信頼でき、また真実である」と言われた。

 

(仏)THE NEW JERUSALEM BIBLE 1985 の引照

口語訳 ロマ 6:4-11

6:4 すなわち、わたしたちは、その死にあずかるバプテスマによって、彼と共に葬られたのである。それは、キリストが父の栄光によって、死人の中からよみがえらされたように、わたしたちもまた、新しいいのちに生きるためである。

6:5 もしわたしたちが、彼に結びついてその死の様にひとしくなるなら、さらに、彼の復活の様にもひとしくなるであろう。

6:6 わたしたちは、この事を知っている。わたしたちの内の古き人はキリストと共に十字架につけられた。それは、この罪のからだが滅び、わたしたちがもはや、罪の奴隷となることがないためである。

6:7 それは、すでに死んだ者は、罪から解放されているからである。

6:8 もしわたしたちが、キリストと共に死んだなら、また彼と共に生きることを信じる。

6:9 キリストは死人の中からよみがえらされて、もはや死ぬことがなく、死はもはや彼を支配しないことを、知っているからである。

6:10 なぜなら、キリストが死んだのは、ただ一度罪に対して死んだのであり、キリストが生きるのは、神に生きるのだからである。

6:11 このように、あなたがた自身も、罪に対して死んだ者であり、キリスト・イエスにあって神に生きている者であることを、認むべきである。

 

口語訳 ガラ 2:20

2:20 生きているのは、もはや、わたしではない。キリストが、わたしのうちに生きておられるのである。しかし、わたしがいま肉にあって生きているのは、わたしを愛し、わたしのためにご自身をささげられた神の御子を信じる信仰によって、生きているのである。

 

口語訳 ロマ 7:1

7:1 それとも、兄弟たちよ。あなたがたは知らないのか。わたしは律法を知っている人々に語るのであるが、律法は人をその生きている期間だけ支配するものである。

 

口語訳 ロマ 1:3

1:3 御子に関するものである。御子は、肉によればダビデの子孫から生れ、

 

口語訳 ロマ 9:5

9:5 また父祖たちも彼らのものであり、肉によればキリストもまた彼らから出られたのである。万物の上にいます神は、永遠にほむべきかな、アァメン。

 

口語訳 ロマ 7:5

7:5 というのは、わたしたちが肉にあった時には、律法による罪の欲情が、死のために実を結ばせようとして、わたしたちの肢体のうちに働いていた。

 

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第二コリント 5:18−19

神はわたし達に和睦の役目をお与えになった

 

 

 

翻訳比較

 

岩波翻訳委員会訳1995

470518しかし、すべてのものは、キリストをとおして私たちをご自身に和解させ、そして私たちに和解の〔ための〕奉仕を与えられた神から出ている。

470519なぜならば、神はキリストにあってこの世界をご自身に和解させ続けておられたからであり、その際神は、人間の罪過を彼らに帰すことをせず、私たちのうちに和解の言葉を託されたのだからである。

 

新共同訳1987

5:18 これらはすべて神から出ることであって、神は、キリストを通してわたしたちを御自分と和解させ、また、和解のために奉仕する任務をわたしたちにお授けになりました。

5:19 つまり、神はキリストによって世を御自分と和解させ、人々の罪の責任を問うことなく、和解の言葉をわたしたちにゆだねられたのです。

 

前田訳1978

5:18 すべては神からで、神はキリストによってわれらを自らと和解させ、われらに和解のつとめをお与えです。

5:19 キリストにあって世を自らと和解させた方は神です。神は人間たちの過ちを彼らに負わせず、和解のことばをわれらにおゆだねです。

 

新改訳1970

5:18 これらのことはすべて、神から出ているのです。神は、キリストによって、私たちをご自分と和解させ、また和解の務めを私たちに与えてくださいました。

5:19 すなわち、神は、キリストにあって、この世をご自分と和解させ、違反行為の責めを人々に負わせないで、和解のことばを私たちにゆだねられたのです。

 

塚本訳1963

5:18 しかしこれらすべてのことは神から(の恩恵)である。神はキリストによってわたし達(人類)を御自分と和睦させ、わたし達(使徒)にこの和睦の(福音を伝える)役目をお与えになった。

5:19 すなわち神はキリスト(の死)において、この世を御自分と和睦させて、(世の)人々の過ちを彼らの勘定につけず、わたし達に和睦を告げる御言葉を賜わったのである。

 

口語訳1955

5:18 しかし、すべてこれらの事は、神から出ている。神はキリストによって、わたしたちをご自分に和解させ、かつ和解の務をわたしたちに授けて下さった。

5:19 すなわち、神はキリストにおいて世をご自分に和解させ、その罪過の責任をこれに負わせることをしないで、わたしたちに和解の福音をゆだねられたのである。

 

文語訳1917

"470518","これらの事はみな神より出づ、神はキリストによりて我らを己と和がしめ、かつ和がしむる職を我らに授け給へり。"

"470519","即ち神はキリストに在りて世を己と和がしめ、その罪を之に負わせず、かつ和がしむる言を我らに委ね給へり。"

 

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各国聖書引照編集

 

(独)NESTLE-ALAND  NOVUM TESTAMENTUM  GRAECE 27版1993 の引照

 

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(英・米)THE NEW TREASURY OF SCRIPTURE KNOWLEDGE 1982 の引照

口語訳 Tコリ1:30

1:30 あなたがたがキリスト・イエスにあるのは、神によるのである。キリストは神に立てられて、わたしたちの知恵となり、義と聖とあがないとになられたのである。

 

口語訳 ロマ 5:1

5:1 このように、わたしたちは、信仰によって義とされたのだから、わたしたちの主イエス・キリストにより、神に対して平和を得ている。

 

口語訳 ロマ 3:24-26

3:24 彼らは、価なしに、神の恵みにより、キリスト・イエスによるあがないによって義とされるのである。

3:25 神はこのキリストを立てて、その血による、信仰をもって受くべきあがないの供え物とされた。それは神の義を示すためであった。すなわち、今までに犯された罪を、神は忍耐をもって見のがしておられたが、

3:26 それは、今の時に、神の義を示すためであった。こうして、神みずからが義となり、さらに、イエスを信じる者を義とされるのである。

 

口語訳 ロマ 4:6-8

4:6 ダビデもまた、行いがなくても神に義と認められた人の幸福について、次のように言っている、

4:7 「不法をゆるされ、罪をおおわれた人たちは、/さいわいである。

4:8 罪を主に認められない人は、さいわいである」。

 

(日)新共同訳1987の引照

新共同 Tコリ11:12

11:12 それは女が男から出たように、男も女から生まれ、また、すべてのものが神から出ているからです。

 

新共同 ロマ 5:10

5:10 敵であったときでさえ、御子の死によって神と和解させていただいたのであれば、和解させていただいた今は、御子の命によって救われるのはなおさらです。

 

新共同 コロ 1:20

1:20 その十字架の血によって平和を打ち立て、地にあるものであれ、天にあるものであれ、万物をただ御子によって、御自分と和解させられました。

 

新共同 ロマ 4:8

4:8 主から罪があると見なされない人は、/幸いである。」

 

(仏)THE NEW JERUSALEM BIBLE 1985 の引照

口語訳 ロマ 5:10

5:10 もし、わたしたちが敵であった時でさえ、御子の死によって神との和解を受けたとすれば、和解を受けている今は、なおさら、彼のいのちによって救われるであろう。

 

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第二コリント 5:20−21

神と和睦せよ

 

 

翻訳比較

 

岩波翻訳委員会訳1995

470520それゆえに、神が私たちをとおして勧めておられるので、キリストに代わって私たちは、その使者としての務めをする。私たちは、キリストに代わって請い求める、あなたがたが神と和解するように。

470521〔その神は〕罪を知らない方を、私たちのために罪とされたのである。それは私たちが、その彼にあって神の義となるためである。

 

新共同訳1987

5:20 ですから、神がわたしたちを通して勧めておられるので、わたしたちはキリストの使者の務めを果たしています。キリストに代わってお願いします。神と和解させていただきなさい。

5:21 罪と何のかかわりもない方を、神はわたしたちのために罪となさいました。わたしたちはその方によって神の義を得ることができたのです。

 

前田訳1978

5:20 それで、キリストのためわれらは使者をつとめています。神がわれらによってお勧めのとおりにしているのです。キリストのためお願いしますが、神と和解してください。

5:21 神は罪を知らない方をわれらのために罪になさいました。それはわれらが彼にあって神の義となるためです。

 

新改訳1970

5:20 こういうわけで、私たちはキリストの使節なのです。ちょうど神が私たちを通して懇願しておられるようです。私たちは、キリストに代わって、あなたがたに願います。神の和解を受け入れなさい。

5:21 神は、罪を知らない方を、私たちの代わりに罪とされました。それは、私たちが、この方にあって、神の義となるためです。

 

塚本訳1963

5:20 だから、キリストの(この御業の)ためにわたし達は使者として働いている、神(御自身)がわたし達(の口)をもってお勧めになるのである。キリストの名によって願う、神と和睦せよ。

5:21 神は罪を知らなかった方をわたし達の身代りに(十字架につけて)罪に定められた。わたし達がこの方において神の義(をいただく者)となるためである。

 

口語訳1955

5:20 神がわたしたちをとおして勧めをなさるのであるから、わたしたちはキリストの使者なのである。そこで、キリストに代って願う、神の和解を受けなさい。

5:21 神はわたしたちの罪のために、罪を知らないかたを罪とされた。それは、わたしたちが、彼にあって神の義となるためなのである。

 

文語訳1917

"470520","されば我等はキリストの使者たり、恰も神の我等によりて汝らを勸め給ふがごとし。我等キリストに代りて願ふ、なんぢら神を和げ。"

"470521","神は罪を知り給はざりし者を我らの代に罪となし給へり、これ我らが彼に在りて神の義となるを得んためなり。"

 

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各国聖書引照編集

 

(独)NESTLE-ALAND  NOVUM TESTAMENTUM  GRAECE 27版1993 の引照

新共同 ヨハ 8:46

8:46 あなたたちのうち、いったいだれが、わたしに罪があると責めることができるのか。わたしは真理を語っているのに、なぜわたしを信じないのか。

 

新共同 ロマ 1:17

1:17 福音には、神の義が啓示されていますが、それは、初めから終わりまで信仰を通して実現されるのです。「正しい者は信仰によって生きる」と書いてあるとおりです。

 

(英・米)THE NEW TREASURY OF SCRIPTURE KNOWLEDGE 1982 の引照

口語訳 ロマ 8:3

8:3 律法が肉により無力になっているためになし得なかった事を、神はなし遂げて下さった。すなわち、御子を、罪の肉の様で罪のためにつかわし、肉において罪を罰せられたのである。

 

口語訳 ガラ 3:13

3:13 キリストは、わたしたちのためにのろいとなって、わたしたちを律法ののろいからあがない出して下さった。聖書に、「木にかけられる者は、すべてのろわれる」と書いてある。

 

口語訳 ロマ 1:17

1:17 神の義は、その福音の中に啓示され、信仰に始まり信仰に至らせる。これは、「信仰による義人は生きる」と書いてあるとおりである。

 

口語訳 Tコリ1:30

1:30 あなたがたがキリスト・イエスにあるのは、神によるのである。キリストは神に立てられて、わたしたちの知恵となり、義と聖とあがないとになられたのである。

 

口語訳 ピリ 3:9

3:9 律法による自分の義ではなく、キリストを信じる信仰による義、すなわち、信仰に基く神からの義を受けて、キリストのうちに自分を見いだすようになるためである。

 

(日)新共同訳1987の引照

新共同 エペ 6:20

6:20 わたしはこの福音の使者として鎖につながれていますが、それでも、語るべきことは大胆に話せるように、祈ってください。

 

新共同 ロマ 5:10

5:10 敵であったときでさえ、御子の死によって神と和解させていただいたのであれば、和解させていただいた今は、御子の命によって救われるのはなおさらです。

 

新共同 コロ 1:20

1:20 その十字架の血によって平和を打ち立て、地にあるものであれ、天にあるものであれ、万物をただ御子によって、御自分と和解させられました。

 

新共同 ヘブ 4:15

4:15 この大祭司は、わたしたちの弱さに同情できない方ではなく、罪を犯されなかったが、あらゆる点において、わたしたちと同様に試練に遭われたのです。

 

新共同 ヘブ 7:26

7:26 このように聖であり、罪なく、汚れなく、罪人から離され、もろもろの天よりも高くされている大祭司こそ、わたしたちにとって必要な方なのです。

 

新共同 Tペテ2:22

2:22 「この方は、罪を犯したことがなく、/その口には偽りがなかった。」

 

新共同 Tヨハ3:5

3:5 あなたがたも知っているように、御子は罪を除くために現れました。御子には罪がありません。

 

新共同 ロマ 3:25

3:25 神はこのキリストを立て、その血によって信じる者のために罪を償う供え物となさいました。それは、今まで人が犯した罪を見逃して、神の義をお示しになるためです。

 

新共同 ロマ 4:25

4:25 イエスは、わたしたちの罪のために死に渡され、わたしたちが義とされるために復活させられたのです。

 

新共同 ロマ 8:3

8:3 肉の弱さのために律法がなしえなかったことを、神はしてくださったのです。つまり、罪を取り除くために御子を罪深い肉と同じ姿でこの世に送り、その肉において罪を罪として処断されたのです。

 

新共同 ガラ 3:13

3:13 キリストは、わたしたちのために呪いとなって、わたしたちを律法の呪いから贖い出してくださいました。「木にかけられた者は皆呪われている」と書いてあるからです。

 

新共同 ロマ 1:17

1:17 福音には、神の義が啓示されていますが、それは、初めから終わりまで信仰を通して実現されるのです。「正しい者は信仰によって生きる」と書いてあるとおりです。

 

新共同 Tコリ1:30

1:30 神によってあなたがたはキリスト・イエスに結ばれ、このキリストは、わたしたちにとって神の知恵となり、義と聖と贖いとなられたのです。

 

(仏)THE NEW JERUSALEM BIBLE 1985 の引照

口語訳 ロマ 8:3

8:3 律法が肉により無力になっているためになし得なかった事を、神はなし遂げて下さった。すなわち、御子を、罪の肉の様で罪のためにつかわし、肉において罪を罰せられたのである。

 

口語訳 ガラ 3:13

3:13 キリストは、わたしたちのためにのろいとなって、わたしたちを律法ののろいからあがない出して下さった。聖書に、「木にかけられる者は、すべてのろわれる」と書いてある。

 

口語訳 ヘブ 4:15

4:15 この大祭司は、わたしたちの弱さを思いやることのできないようなかたではない。罪は犯されなかったが、すべてのことについて、わたしたちと同じように試錬に会われたのである。

 

口語訳 Tペテ2:24

2:24 さらに、わたしたちが罪に死に、義に生きるために、十字架にかかって、わたしたちの罪をご自分の身に負われた。その傷によって、あなたがたは、いやされたのである。

 

口語訳 Tヨハ3:5

3:5 あなたがたが知っているとおり、彼は罪をとり除くために現れたのであって、彼にはなんらの罪がない。

 

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