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エズラ記 2:1−70 

b 帰国した人々と彼らが住むことになったまち まちのリスト

 

翻訳比較


フランシスコ会訳2013
001
これが、バビロン王ネブカドネツァルがバビロンに強制移住させた捕囚の民の中から帰還して、エルサレムやユ ダの各々の町に住んだ、州の人々である。――

002彼らはゼルバベル、イエシュ ア、ネヘムヤ、セラヤ、レエラヤ、モルドカイ、ビルシャン、ミスパル、ビグワイ、レフム、バアナとともに帰ってきた者たちである。――

イスラエルの民の男子の数。

003パルオシュの子ら 二千百七十 二人。

004シェファトヤの子ら 三百七十 二人。

005アラの子ら 七百七十五人。

006パハト・モアブの子ら、すなわ ち、

イエシュアとヨアブの子ら 二千八百十二人。

007エラムの子ら 千二百五十四 人。

008ザトの子ら 九百四十五人。

009ザカイの子ら 七百六十人。

010バニの子ら 六百四十二人。

011ベバイの子ら 六百二十三人。

012アズガドの子ら 千二百二十二 人。

013アドニカムの子ら 六百六十六 人。

014ビグワイの子ら 二千五十六 人。

015アディンの子ら 四百五十四 人。

016アテルの子ら、すなわち、ヒズ キヤの子ら 九十八人。

017ベツァイの子ら 三百二十三 人。

018ヨラの子ら 百十二人。

019ハシュムの子ら 二百二十三 人。

020ギバルの子ら 九十五人。

021ベツレヘムの男子 百二十三 人。

022ネトファの男子 五十六人。

023アナトトの男子 百二十八人。

024アズマベトの男子 四十二人。

025キルヤト・アリムとケフィラと

ベエロトの男子 七百四十三人。

026ラマとゲバの男子 六百二十一 人。

027ミクマスの男子 百二十二人。

028ベテルとアイの男子 二百二十 三人。

029ネボの男子 五十二人。

030マグビシュの子ら 百五十六 人。

031他のエラムの子ら 千二百五十 四人。

032ハリムの子ら 三百二十人。

033ロドとハディドとオノの子ら  七百二十五人。

034エリコの男子 三百四十五人。

035セナアの子ら 三千六百三十 人。

036祭司

エダヤの子ら、すなわち、

イエシュアの家族 九百七十三人。

037イメルの子ら 千五十二人。

038パシュフルの子ら 千二百四十 七人。

039ハリムの子ら 千十七人。

040レビ人

イエシュアとカドミエル、ビヌイ、ホダウヤの子ら七十四人。

041歌唱者

アサフの子ら 百二十八人。

042門衛

シャルムの子ら、アテルの子ら、タルモンの子ら、アクブの子ら、ハティタの子ら、ショバイの 子ら 合計百三十九人。

043神殿使用人

ツィハの子ら、ハスファの子ら、タバオトの子ら、

044ケロスの子ら、シアハの子ら、 パドンの子ら、

045レバナの子ら、ハガバの子ら、 アクブの子ら、

046ハガブの子ら、シャルマイの子 ら、ハナンの子ら、

047ギデルの子ら、ガハルの子ら、 レアヤの子ら、

048レツィンの子ら、ネコダの子 ら、カザムの子ら、

049ウザの子ら、パセアの子ら、ベ サイの子ら、

050アスナの子ら、メウニムの子 ら、ネフシムの子ら、

051バクブクの子ら、ハクファの子 ら、ハルフルの子ら、

052バツルトの子ら、メヒダの子 ら、ハルシャの子ら、

053バルコスの子ら、シセラの子 ら、テマの子ら、

054ネツィアの子ら、ハティファの 子ら。

055ソロモンの使用人たちの子ら

ソタイの子ら、ソフェレトの子ら、ペルダの子ら、

056ヤラの子ら、ダルコンの子ら、 ギデルの子ら、

057シェファトヤの子ら、ハティル の子ら、ポケレト・ハツェバイムの子ら、アミの子ら。

058神殿使用人およびソロモンの使 用人の子ら 合計

三百九十二人。

059次の人々はテル・メラ、テル・ ハルシャ、ケルブ、アダン、イメルから帰ってきた者たちであったが、どの家系に属する、イスラエル出身者であるかを明らかにすること ができなかった者たちである。

060デラヤの子ら、トビヤの子ら、 ネコダの子らの合計六百五十二人。

061それに祭司の一部で、ホバヤの 子ら、ハコツの子ら、バルジライの子らである。――バルジライはギレアド人バ ルジライの娘を娶ったので、この名で呼ばれていた。――

062この人たちは自分の家系の記録 を探したが、見つからなかったので、祭司職から解かれた。

063そして、総督は彼らにウリムと トンミムをつけた祭司が立つまで、最も聖なるものを食べないようにと告げた。

064会衆の総数は四万二千三百六十 人であった。

065そのほかに、男女の使用人が合 計七千三百三十七人、また男女の歌唱者が二百人。

066馬は七百三十六頭、らばは二百 四十五頭、

067らくだは四百三十五頭、ろばは 六千七百二十頭であった。

068家長のある者たちはエルサレム にある主の宮に来たとき、神の宮を元の場所に建てるために、任意の献げ物をした。

069彼らは力に応じて工事資金のた めに金六万一千ドラクメ、銀五千マネ、祭服百着を寄進した。

070祭司、レビ人、民の一部、歌唱 者、門衛、および神殿使用人らは自分たちの町に住んだ。イスラエルの人々はみな、自分たちの町に住んだ。


 

新共同訳1987

2:1 捕らえ移された先から上って来たこの州の人々は次のとおりである。彼らはバビロンの王ネブカドネツァルによってバビロンに連行されたが、それぞれエルサレ ムとユダにある自分の町に帰った者たちである。

2:2 彼らはゼルバベル、イエシュア、ネヘムヤ、セラヤ、レエラヤ、モルドカイ、ビルシャン、ミスパル、ビグワイ、レフム、バアナと共に帰って来た。イスラエル の民の男子の数。

2:3 パルオシュの一族二千百七十二人、

2:4 シェファトヤの一族三百七十二人、

2:5 アラの一族七百七十五人、

2:6 パハト・モアブの一族、すなわちイエシュアとヨアブの一族二千八百十二人、

2:7 エラムの一族千二百五十四人、

2:8 ザトの一族九百四十五人、

2:9 ザカイの一族七百六十人、

2:10 バニの一族六百四十二人、

2:11 ベバイの一族六百二十三人、

2:12 アズガドの一族千二百二十二人、

2:13 アドニカムの一族六百六十六人、

2:14 ビグワイの一族二千五十六人、

2:15 アディンの一族四百五十四人、

2:16 アテル、すなわちヒズキヤの一族九十八人、

2:17 ベツァイの一族三百二十三人、

2:18 ヨラの一族百十二人、

2:19 ハシュムの一族二百二十三人、

2:20 ギバルの一族九十五人、

2:21 ベツレヘムの男子百二十三人、

2:22 ネトファの男子五十六人、

2:23 アナトトの男子百二十八人、

2:24 アズマベトの男子四十二人、

2:25 キルヤト・アリムとケフィラとベエロトの男子七百四十三人、

2:26 ラマとゲバの男子六百二十一人、

2:27 ミクマスの男子百二十二人、

2:28 ベテルとアイの男子二百二十三人、

2:29 ネボの男子五十二人、

2:30 マグビシュの一族百五十六人、

2:31 もう一人のエラムの一族千二百五十四人、

2:32 ハリムの一族三百二十人、

2:33 ロド、ハディド、オノの男子七百二十五人、

2:34 エリコの男子三百四十五人、

2:35 セナアの一族三千六百三十人。

2:36 祭司。エダヤの一族、すなわちイエシュアの家族九百七十三人、

2:37 イメルの一族千五十二人、

2:38 パシュフルの一族千二百四十七人、

2:39 ハリムの一族千十七人。

2:40 レビ人。イエシュアとカドミエル、ビヌイ、ホダウヤの一族七十四人。

2:41 詠唱者。アサフの一族百二十八人。

2:42 門衛。シャルムの一族、アテルの一族、タルモンの一族、アクブの一族、ハティタの一族、ショバイの一族、合計百三十九人。

2:43 神殿の使用人。ツィハの一族、ハスファの一族、タバオトの一族、

2:44 ケロスの一族、シアハの一族、パドンの一族、

2:45 レバナの一族、ハガバの一族、アクブの一族、

2:46 ハガブの一族、シャムライの一族、ハナンの一族、

2:47 ギデルの一族、ガハルの一族、レアヤの一族、

2:48 レツィンの一族、ネコダの一族、ガザムの一族、

2:49 ウザの一族、パセアの一族、ベサイの一族、

2:50 アスナの一族、メウニムの一族、ネフシムの一族、

2:51 バクブクの一族、ハクファの一族、ハルフルの一族、

2:52 バツルトの一族、メヒダの一族、ハルシャの一族、

2:53 バルコスの一族、シセラの一族、テマの一族、

2:54 ネツィアの一族、ハティファの一族。

2:55 ソロモンの使用人の一族。ソタイの一族、ソフェレトの一族、ペルダの一族、

2:56 ヤラの一族、ダルコンの一族、ギデルの一族、

2:57 シェファトヤの一族、ハティルの一族、ポケレト・ハツェバイムの一族、アミの一族。

2:58 神殿の使用人およびソロモンの使用人の一族、合計三百九十二人。

2:59 テル・メラ、テル・ハルシャ、ケルブ、アダン、イメルから上って来たが、自分の家族と血筋が、イスラエルに属するかどうか示せなかった者は次のとおりであ る。

2:60 デラヤの一族、トビヤの一族、ネコダの一族、六百五十二人。

2:61 また祭司の一族のうち、ホバヤの一族、ハコツの一族、ギレアド人バルジライの娘の一人をめとったので、その名が由来するバルジライの一族は、

2:62 自分たちの家系の記録を捜したが発見できず、祭司職に就くことを禁じられた。

2:63 総督は、ウリムとトンミムをつけた祭司が立つまで彼らが聖なる食べ物にあずかることを禁じた。

2:64 会衆の総数は、四万二千三百六十人であった。

2:65 ほかに男女の使用人がいて、それが七千三百三十七人いた。また、男女の詠唱者が二百人いた。

2:66 彼らの馬は七百三十六頭、らばは二百四十五頭、

2:67 らくだは四百三十五頭、ろばは六千七百二十頭であった。

2:68 エルサレムの主の神殿に着くと、家長の幾人かは、神殿をその場所に再建するために随意の献げ物をささげた。

2:69 彼らはそれぞれ力に応じて工事の会計に金六万一千ドラクメ、銀五千マネ、祭服百着を差し出した。

2:70 祭司、レビ人、民の一部、詠唱者、門衛、神殿の使用人はそれぞれ自分たちの町に住んだ。イスラエル人は皆それぞれ、自分たちの町に住んだ。

 

新改訳1970

2:1 バビロンの王ネブカデネザルがバビロンに引いて行った捕囚の民で、その捕囚の身から解かれて上り、エルサレムとユダに戻り、めいめい自分の町に戻ったこの 州の人々は次のとおりである。

2:2 ゼルバベルといっしょに帰って来た者は、ヨシュア、ネヘミヤ、セラヤ、レエラヤ、モルデカイ、ビルシャン、ミスパル、ビグワイ、レフム、バアナ。イスラエ ルの民の人数は次のとおりである。

2:3 パルオシュ族、二千百七十二名。

2:4 シェファテヤ族、三百七十二名。

2:5 アラフ族、七百七十五名。

2:6 ヨシュアとヨアブの二族からなるパハテ・モアブ族、二千八百十二名。

2:7 エラム族、一千二百五十四名。

2:8 ザト族、九百四十五名。

2:9 ザカイ族、七百六十名。

2:10 バニ族、六百四十二名。

2:11 ベバイ族、六百二十三名。

2:12 アズガデ族、一千二百二十二名。

2:13 アドニカム族、六百六十六名。

2:14 ビグワイ族、二千五十六名。

2:15 アディン族、四百五十四名。

2:16 ヒゼキヤ族、すなわちアテル族、九十八名。

2:17 ベツァイ族、三百二十三名。

2:18 ヨラ族、百十二名。

2:19 ハシュム族、二百二十三名。

2:20 ギバル族、九十五名。

2:21 ベツレヘムの人、百二十三名。

2:22 ネトファの人々、五十六名。

2:23 アナトテの人々、百二十八名。

2:24 アズマベテの人、四十二名。

2:25 キルヤテ・アリムと、ケフィラと、ベエロテの人、七百四十三名。

2:26 ラマとゲバの人、六百二十一名。

2:27 ミクマスの人々、百二十二名。

2:28 ベテルとアイの人々、二百二十三名。

2:29 ネボの人、五十二名。

2:30 マグビシュ族、百五十六名。

2:31 別のエラム族、一千二百五十四名。

2:32 ハリム族、三百二十名。

2:33 ロデと、ハディデと、オノの人、七百二十五名。

2:34 エリコの人、三百四十五名。

2:35 セナアの人、三千六百三十名。

2:36 祭司は、ヨシュアの家系のエダヤ族、九百七十三名。

2:37 イメル族、一千五十二名。

2:38 パシュフル族、一千二百四十七名。

2:39 ハリム族、一千十七名。

2:40 レビ人は、ホダブヤ族のヨシュアとカデミエルの二族、七十四名。

2:41 歌うたいは、アサフ族、百二十八名。

2:42 門衛の人々は、シャルム族、アテル族、タルモン族、アクブ族、ハティタ族、ショバイ族、合計百三十九名。

2:43 宮に仕えるしもべたちは、ツィハ族、ハスファ族、タバオテ族、

2:44 ケロス族、シアハ族、パドン族、

2:45 レバナ族、ハガバ族、アクブ族、

2:46 ハガブ族、サルマイ族、ハナン族、

2:47 ギデル族、ガハル族、レアヤ族、

2:48 レツィン族、ネコダ族、ガザム族、

2:49 ウザ族、パセアハ族、ベサイ族、

2:50 アスナ族、メウニム族、ネフシム族、

2:51 バクブク族、ハクファ族、ハルフル族、

2:52 バツルテ族、メヒダ族、ハルシャ族、

2:53 バルコス族、シセラ族、テマフ族、

2:54 ネツィアハ族、ハティファ族。

2:55 ソロモンのしもべたちの子孫は、ソタイ族、ソフェレテ族、ペルダ族、

2:56 ヤラ族、ダルコン族、ギデル族、

2:57 シェファテヤ族、ハティル族、ポケレテ・ハツェバイム族、アミ族。

2:58 宮に仕えるしもべたちと、ソロモンのしもべたちの子孫は、合計三百九十二名。

2:59 次の人々は、テル・メラフ、テル・ハルシャ、ケルブ、アダン、イメルから引き揚げて来たが、自分たちの先祖の家系と血統がイスラエル人であったかどうか を、証明することができなかった。

2:60 すなわち、デラヤ族、トビヤ族、ネコダ族、六百五十二名。

2:61 祭司の子孫のうちでは、ホバヤ族、コツ族、バルジライ族。――このバルジライは、ギルアデ人バルジライの娘のひとりを妻にめとったので、その名をもって呼 ばれていた。――

2:62 これらの人々は、自分たちの系図書きを捜してみたが、見つからなかったので、彼らは祭司職を果たす資格がない者とされた。

2:63 それで、総督は、ウリムとトンミムを使える祭司が起こるまでは最も聖なるものを食べてはならない、と命じた。

2:64 全集団の合計は四万二千三百六十名であった。

2:65 このほかに、彼らの男女の奴隷が七千三百三十七名いた。また彼らには男女の歌うたいが二百名いた。

2:66 彼らの馬は七百三十六頭。彼らの騾馬は二百四十五頭。

2:67 彼らのらくだは四百三十五頭。ろばは六千七百二十頭であった。

2:68 一族のかしらのある者たちは、エルサレムにある主の宮に着いたとき、それをもとの所に建てるために、神の宮のために自分から進んでささげ物をした。

2:69 すなわち、彼らは自分たちにできることとして工事の資金のために金六万一千ダリク、銀五千ミナ、祭司の長服百着をささげた。

2:70 こうして、祭司、レビ人、民のある者たち、歌うたい、門衛、宮に仕えるしもべたちは、自分たちのもとの町々に住みつき、すべてのイスラエル人は、自分たち のもとの町々に住みついた。

 

口語訳1955

2:1 バビロンの王ネブカデネザルに捕えられて、バビロンに移された者のうち、捕囚をゆるされてエルサレムおよびユダに上って、おのおの自分の町に帰ったこの州 の人々は次のとおりである。

2:2 彼らはゼルバベル、エシュア、ネヘミヤ、セラヤ、レエラヤ、モルデカイ、ビルシャン、ミスパル、ビグワイ、レホム、バアナと共に帰ってきた。そのイスラエ ルの民の人数は次のとおりである。

2:3 パロシの子孫は二千百七十二人、

2:4 シパテヤの子孫は三百七十二人、

2:5 アラの子孫は七百七十五人、

2:6 パハテ・モアブの子孫すなわちエシュアとヨアブの子孫は二千八百十二人、

2:7 エラムの子孫は一千二百五十四人、

2:8 ザットの子孫は九百四十五人、

2:9 ザッカイの子孫は七百六十人、

2:10 バニの子孫は六百四十二人、

2:11 ベバイの子孫は六百二十三人、

2:12 アズガデの子孫は一千二百二十二人、

2:13 アドニカムの子孫は六百六十六人、

2:14 ビグワイの子孫は二千五十六人、

2:15 アデンの子孫は四百五十四人、

2:16 アテルの子孫すなわちヒゼキヤの子孫は九十八人、

2:17 ベザイの子孫は三百二十三人、

2:18 ヨラの子孫は百十二人、

2:19 ハシュムの子孫は二百二十三人、

2:20 ギバルの子孫は九十五人、

2:21 ベツレヘムの子孫は百二十三人、

2:22 ネトパの人々は五十六人、

2:23 アナトテの人々は百二十八人、

2:24 アズマウテの子孫は四十二人、

2:25 キリアテ・ヤリム、ケピラおよびベエロテの子孫は七百四十三人、

2:26 ラマおよびゲバの子孫は六百二十一人、

2:27 ミクマシの人々は百二十二人、

2:28 ベテルおよびアイの人々は二百二十三人、

2:29 ネボの子孫は五十二人、

2:30 マグビシの子孫は百五十六人、

2:31 他のエラムの子孫は一千二百五十四人、

2:32 ハリムの子孫は三百二十人、

2:33 ロド、ハデデおよびオノの子孫は七百二十五人、

2:34 エリコの子孫は三百四十五人、

2:35 セナアの子孫は三千六百三十人。

2:36 祭司は、エシュアの家のエダヤの子孫九百七十三人、

2:37 インメルの子孫一千五十二人、

2:38 パシュルの子孫一千二百四十七人、

2:39 ハリムの子孫一千十七人。

2:40 レビびとは、ホダヤの子孫すなわちエシュアとカデミエルの子孫七十四人。

2:41 歌うたう者は、アサフの子孫百二十八人。

2:42 門衛の子孫は、シャルムの子孫、アテルの子孫、タルモンの子孫、アックブの子孫、ハテタの子孫、ショバイの子孫合わせて百三十九人。

2:43 宮に仕えるしもべたちは、ヂハの子孫、ハスパの子孫、タバオテの子孫、

2:44 ケロスの子孫、シアハの子孫、パドンの子孫、

2:45 レバナの子孫、ハガバの子孫、アックブの子孫、

2:46 ハガブの子孫、シャルマイの子孫、ハナンの子孫、

2:47 ギデルの子孫、ガハルの子孫、レアヤの子孫、

2:48 レヂンの子孫、ネコダの子孫、ガザムの子孫、

2:49 ウザの子孫、パセアの子孫、ベサイの子孫、

2:50 アスナの子孫、メウニムの子孫、ネフシムの子孫、

2:51 バクブクの子孫、ハクパの子孫、ハルホルの子孫、

2:52 バヅリテの子孫、メヒダの子孫、ハルシャの子孫、

2:53 バルコスの子孫、シセラの子孫、テマの子孫、

2:54 ネヂアの子孫、ハテパの子孫である。

2:55 ソロモンのしもべたちの子孫は、ソタイの子孫、ハッソペレテの子孫、ペリダの子孫、

2:56 ヤアラの子孫、ダルコンの子孫、ギデルの子孫、

2:57 シパテヤの子孫、ハッテルの子孫、ポケレテ・ハッゼバイムの子孫、アミの子孫。

2:58 宮に仕えるしもべたちとソロモンのしもべたちの子孫とは合わせて三百九十二人。

2:59 次にあげる人々はテル・メラ、テル・ハレサ、ケルブ、アダンおよびインメルから上って来た者であったが、彼らはその氏族とその血統とを示して、そのイスラ エルの者であることを明らかにすることができなかった。

2:60 すなわちデラヤの子孫、トビヤの子孫、ネコダの子孫で合わせて六百五十二人。

2:61 祭司の子孫のうちにはハバヤの子孫、ハッコヅの子孫、バルジライの子孫があった。バルジライはギレアデびとバルジライの娘たちのうちから妻をめとったの で、その名で呼ばれることになった。

2:62 これらの者は系譜に載った者たちのうちに自分の名を尋ねたが見いだされなかったので、汚れた者として、祭司の職から除かれた。

2:63 総督は彼らに告げて、ウリムとトンミムを身につける祭司の興るまでは、いと聖なる物を食べてはならないと言った。

2:64 会衆は合わせて四万二千三百六十人であった。

2:65 このほかに、しもべおよびはしため合わせて七千三百三十七人、また歌うたう男女二百人あった。

2:66 その馬は七百三十六頭、その騾馬は二百四十五頭、

2:67 そのらくだは四百三十五頭、そのろばは六千七百二十頭あった。

2:68 氏族の長数人はエルサレムにある主の宮の所にきた時、神の宮をもとの所に建てるために真心よりの供え物をささげた。

2:69 すなわち、その力に従って工事のために倉に納めたものは、金六万一千ダリク、銀五千ミナ、祭司の衣服百かさねであった。

2:70 祭司、レビびと、および民のある者はエルサレムおよびその近郊に住み、歌うたう者、門衛および宮に仕えるしもべたちはその町々に住み、一般のイスラエルび とは自分たちの町々に住んだ。

 


文 語訳1917
2:1 往昔バビロンの王ネブカデネザルに?へられバビロンに遷されたる者のうち俘囚をゆるされてヱルサレムおよびユダに上りおのおの己の邑に歸りし此州の者は左 の如し
2:2 是皆ゼルバベル、ヱシユア、ネヘミヤ、セラヤ、レエラヤ、モルデカイ、ビルシヤン、ミスパル、ビグワイ、レホム、バアナ等に隨ひ來れり 其イスラエルの民の人數は是のごとし
2:3 パロシの子孫二千百七十二人
2:4 シパテヤの子孫三百七十二人
2:5 アラの子孫七百七十五人
2:6 ヱシユアとヨアブの族たるパハテモアブの子孫二千八百十二人
2:7 エラムの子孫千二百五十四人
2:8 ザツトの子孫九百四十五人
2:9 ザツカイの子孫七百六十人
2:10 バニの子孫六百四十二人
2:11 ベバイの子孫六百二十三人
2:12 アズガデの子孫千二百二十二人
2:13 アドニカムの子孫六百六十六人
2:14 ビグワイの子孫二千五十六人
2:15 アデンの子孫四百五十四人
2:16 ヒゼキヤの家のアテルの子孫九十八人
2:17 ベザイの子孫三百二十三人
2:18 ヨラの子孫百十二人
2:19 ハシユムの子孫二百二十三人
2:20 ギバルの子孫九十五人
2:21 ベテレヘムの子孫百二十三人
2:22 ネトパの人五十六人
2:23 アナトテの人百二十八人
2:24 アズマウテの民四十二人
2:25 キリアテヤリム、ケピラおよびベエロテの民七百四十三人
2:26 ラマおよびゲバの民六百二十一人
2:27 ミクマシの人百二十二人
2:28 ベテルおよびアイの人二百二十三人
2:29 ネボの民五十二人
2:30 マグビシの民百五十六人
2:31 他のエラムの民千二百五十四人
2:32 ハリムの民三百二十人
2:33 ロド、ハデデおよびオノの民七百二十五人
2:34 ヱリコの民三百四十五人
2:35 セナアの民三千六百三十人
2:36 祭司はヱシユアの家のヱダヤの子孫九百七十三人
2:37 インメルの子孫千五十二人
2:38 パシュルの子孫千二百四十七人
2:39 ハリムの子孫千十七人
2:40 レビ人はホダヤの子等ヱシユアとカデミエルの子孫七十四人
2:41 謳歌者はアサフの子孫百二十八人
2:42 門を守る者の子孫はシヤルムの子孫アテルの子孫タルモンの子孫アツクブの子孫ハテタの子孫シヨバイの子孫合せて百三十九人
2:43 ネテニ人はヂハの子孫ハスパの子孫タバオテの子孫
2:44 ケロスの子孫シアハの子孫パドンの子孫
2:45 レバナの子孫ハガバの子孫アツクブの子孫
2:46 ハガブの子孫シヤルマイの子孫ハナンの子孫
2:47 ギデルの子孫ガハルの子孫レアヤの子孫
2:48 レヂンの子孫ネコダの子孫ガザムの子孫
2:49 ウザの子孫パセアの子孫ベサイの子孫
2:50 アスナの子孫メウニムの子孫ネフシムの子孫
2:51 バクブクの子孫ハクパの子孫ハルホルの子孫
2:52 バヅリテの子孫メヒダの子孫ハルシヤの子孫
2:53 バルコスの子孫シセラの子孫テマの子孫
2:54 ネヂアの子孫ハテパの子孫等なり
2:55 ソロモンの僕たりし者等の子孫すなはちソタイの子孫ハッソペレテの子孫ペリダの子孫
2:56 ヤアラの子孫ダルコンの子孫ギデルの子孫
2:57 シパテヤの子孫ハッテルの子孫ポケレテハツゼバイムの子孫アミの子孫
2:58 ネテニ人とソロモンの僕たりし者等の子孫とは合せて三百九十二人
2:59 またテルメラ、テルハレサ、ケルブ、アダンおよびインメルより上り來れる者ありしがその宗家の長とその血統とを示してイスラエルの者なるを明かにすること を得ざりき
2:60 是すなはちデラヤの子孫トビヤの子孫ネコダの子孫にして合せて六百五十二人
2:61 祭司の子孫たる者の中にハバヤの子孫ハッコヅの子孫バルジライの子孫あり バルジライはギレアデ人バルジライの女を妻に娶りてその名を名りしなり
2:62 是等の者譜系に載たる者等の中におのが名を尋ねたれども在ざりき 是の故に汚れたる者として祭司の中より除かれたり
2:63 テルシヤタは之に告てウリムとトンミムを帶る祭司の興るまでは至聖物を食ふべからずと言り
2:64 會衆あはせて四萬二千三百六十人
2:65 この外にその僕婢七千三百三十七人 謳歌男女二百人あり
2:66 その馬七百三十六匹 その騾二百四十五匹
2:67 その駱駝四百三十五匹 驢馬六千七百二十匹
2:68 宗家の長數人ヱルサレムなるヱホバの室にいたるにおよびてヱホバの室をその本の處に建んとて物を誠意より獻げたり
2:69 即ちその力にしたがひて工事のために庫を納めし者は金六萬一千ダリク銀五千斤祭司の衣服百襲なりき
2:70 祭司レビ人民等謳歌者門を守る者およびネテニ人等その邑々に住み一切のイスラエル人その邑々に住り


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各国旧約聖書における新約聖書の引照

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(英)AUTHORIZED KING JAMES VERSION 1611・・・ZONDERVAN PUBLISHING HOUSE 1994

 

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(米)THE NEW SCOFIELD STUDY BIBLE・・・NEW YORK・OXFORD UNIVERSITY PRESS 1977

口 語訳 マタ 2:6

2:6 『ユダの地、ベツレヘムよ、おまえはユダの君たちの中で、決して最も小さいものではない。おまえの中からひとりの君が出て、わが民イ スラエルの牧者となるであろう』」。

 

(仏)THE NEW JERUSALEM BIBLE・・・・DARYON,LONGMAN & TODD 1985

 

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(独)DIE BIBEL MARTIN LUTHERS 1534 ・・・DEUTSCHE BIBELGESELLSCHAFT 1984

 

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(日)新共同訳・・・・日本聖書協会 1987  

 

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