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ローマ 3:1−8

しかしユダヤ人の特権は動かない

 

 

翻訳比較

 

岩波翻訳委員会訳1995

450301それではユダヤ人の優れていることがらは何なのか。あるいは割礼の有益な点は何なのか。

450302あらゆる点でそれは多大である。[すなわち]まず第一に、神の言葉が〔彼らに〕託されたということである。

450303それは何を〔意味するのか〕。もしも〔彼らのうちの〕ある者たちが不実であったとしたら、その彼らの不実が神の真実を反古にしてしまうのだろうか。

450304断じてそんなことはあってはならない。神は〔あくまでも〕真実な方である、とせよ。逆に人間こそ、ことごとく偽り者なのである。次のように〔聖書に〕書かれている。

あなたが、あなたの〔もろもろの〕言葉において義とせられ、また、あなたがさばきをなさることにおいて、勝利を得られるであろうために。

450305「しかし、もしも私たちの不義が神の義を明らかに示すのだとしたら、私たち

は何と言う〔べき〕か。怒りを下す神は不義なのではないだろうか」。私は人間的に

〔理屈を〕語っている。

450306〔しかし〕断じてそんなことはあってはならない。もしそうだとしたら、神はこの世界をどのようにさばかれるであろうか。

450307〔また、〕「しかし、もしも神の真理が私の偽りにおいて満ち溢れ出て神の栄光へと至ったのだとするならば、どうしてこの私が、なおも罪人としてさばかれるのであろうか」〔とでも言うのか〕。

450308また、私たちが中傷されているように〔、実際もそれと同じようになるべきだろうか〕。つまり、ある人たちが「善なることがらがやって来るために、悪なることがらを為そうではないか」と、私たちは言っている、と語っているように。〔そんなことを言う者たちが〕断罪されるのは当然である。

 

新共同訳1987

3:1 では、ユダヤ人の優れた点は何か。割礼の利益は何か。

3:2 それはあらゆる面からいろいろ指摘できます。まず、彼らは神の言葉をゆだねられたのです。

3:3 それはいったいどういうことか。彼らの中に不誠実な者たちがいたにせよ、その不誠実のせいで、神の誠実が無にされるとでもいうのですか。

3:4 決してそうではない。人はすべて偽り者であるとしても、神は真実な方であるとすべきです。「あなたは、言葉を述べるとき、正しいとされ、/裁きを受けるとき、勝利を得られる」と書いてあるとおりです。

3:5 しかし、わたしたちの不義が神の義を明らかにするとしたら、それに対して何と言うべきでしょう。人間の論法に従って言いますが、怒りを発する神は正しくないのですか。

3:6 決してそうではない。もしそうだとしたら、どうして神は世をお裁きになることができましょう。

3:7 またもし、わたしの偽りによって神の真実がいっそう明らかにされて、神の栄光となるのであれば、なぜ、わたしはなおも罪人として裁かれねばならないのでしょう。

3:8 それに、もしそうであれば、「善が生じるために悪をしよう」とも言えるのではないでしょうか。わたしたちがこう主張していると中傷する人々がいますが、こういう者たちが罰を受けるのは当然です。

 

前田訳1978

3:1 それなら、ユダヤ人の長所は何ですか。割礼の取柄は何ですか。

3:2 あらゆる点に多々あります。まず彼らは神のことばをゆだねられました。

3:3 それはどういうことでしょう。あるものが不信であったとしても、その不信は神のまことを無にしますか。

3:4 断じて否です。人はすべて偽りでも神は真実とすべきです。これは、聖書にあるとおりです、「みことばによってあなたが正しいとされ、み裁きによって勝ちたもうため」と。

3:5 もしわれらの不義が神の義を明らかにするならば、何と言うべきでしょう。これは人間的にいうのですが、怒りをおくだしの神は不義ですか。

3:6 断じて否です。もしそうならどうして神はこの世をお裁きになれましょう。

3:7 けれども、もしわたしの偽りによって神の真実が増して彼の栄光になるならば、なぜそのわたしがなおも罪びととして裁かれねばなりませんか。

3:8 これは、ある人々がわれらのいうこととして中傷するのですが、「善を来させるために悪をしましょう」とならないですか。このような人が罰せられるのは当然です。

 

新改訳1970

3:1 では、ユダヤ人のすぐれたところは、いったい何ですか。割礼にどんな益があるのですか。

3:2 それは、あらゆる点から見て、大いにあります。第一に、彼らは神のいろいろなおことばをゆだねられています。

3:3 では、いったいどうなのですか。彼らのうちに不真実な者があったら、その不真実によって、神の真実が無に帰することになるでしょうか。

3:4 絶対にそんなことはありません。たとい、すべての人を偽り者としても、神は真実な方であるとすべきです。それは、「あなたが、そのみことばによって正しいとされ、さばかれるときには勝利を得られるため。」と書いてあるとおりです。

3:5 しかし、もし私たちの不義が神の義を明らかにするとしたら、どうなるでしょうか。人間的な言い方をしますが、怒りを下す神は不正なのでしょうか。

3:6 絶対にそんなことはありません。もしそうだとしたら、神はいったいどのように世をさばかれるのでしょう。

3:7 でも、私の偽りによって、神の真理がますます明らかにされて神の栄光となるのであれば、なぜ私がなお罪人としてさばかれるのでしょうか。

3:8 「善を現わすために、悪をしようではないか。」と言ってはいけないのでしょうか。――私たちはこの点でそしられるのです。ある人たちは、それが私たちのことばだと言っていますが、――もちろんこのように論じる者どもは当然罪に定められるのです。

 

塚本訳1963

3:1 それでは、ユダヤ人の特権はどうなるのか、また何が割礼の利益であるか。

3:2 あらゆる点において多くの特権がある。まず第一には、神の言葉が彼らにまかせられた。

3:3 すると、どうなるのだろうか。もしある人たちが(神の言葉に)不忠実であったら、その不忠実が神の忠実を無にするのではなかろうか。

3:3 もちろん、そうではない。』人間を皆嘘つき』にしても、神を真実とせねばならない。(聖書に)

3:4 『これは、御言葉によってあなた[神]が正しいとされ、あなたがさばかれる時、勝利を得られるためでる。』と書いてあるとおりである。

3:5 しかしもしわたし達の不道徳が神の義を明らかにするならば、どういうことになるのだろうか、お怒りになる神の方が──これは人間的に言うのだが──間違っているのではなかろうか。

3:6 もちろん、そうではない。もしそうだとすれば、どうして神はこの世をお裁きになることができよう。

3:7 しかしもしわたしの(説いた福音が嘘であっても、その)嘘によって神の真実がいよいよ明らかになり、その栄光があらわれるとすれば、なぜそのわたしが、罪人としてなおも罰されねばならないのか。

 

口語訳1955

3:1 では、ユダヤ人のすぐれている点は何か。また割礼の益は何か。

3:2 それは、いろいろの点で数多くある。まず第一に、神の言が彼らにゆだねられたことである。

3:3 すると、どうなるのか。もし、彼らのうちに不真実の者があったとしたら、その不真実によって、神の真実は無になるであろうか。

3:4 断じてそうではない。あらゆる人を偽り者としても、神を真実なものとすべきである。それは、/「あなたが言葉を述べるときは、義とせられ、/あなたがさばきを受けるとき、勝利を得るため」/と書いてあるとおりである。

3:5 しかし、もしわたしたちの不義が、神の義を明らかにするとしたら、なんと言うべきか。怒りを下す神は、不義であると言うのか(これは人間的な言い方ではある)。

3:6 断じてそうではない。もしそうであったら、神はこの世を、どうさばかれるだろうか。

3:7 しかし、もし神の真実が、わたしの偽りによりいっそう明らかにされて、神の栄光となるなら、どうして、わたしはなおも罪人としてさばかれるのだろうか。

3:8 むしろ、「善をきたらせるために、わたしたちは悪をしようではないか」(わたしたちがそう言っていると、ある人々はそしっている)。彼らが罰せられるのは当然である。

 

文語訳1917

"450301","さらばユダヤ人に何の優るる所ありや、また割禮に何の益ありや。"

"450302","凡ての事に益おほし、先ず第一に彼らは神の言を委ねられたり。"

"450303","されど如何ん、ここに信ぜざる者ありとも、その不信は神の眞實を癈つべきか。"

"450304","決して然らず、人をみな虚僞者とすとも神を誠實とすべし。録して、wなんぢは其の言にて義とせられ、審かるるとき勝を得給はん爲なり』、とあるが如し。"

"450305","然れど若し我らの不義は神の義を顯すとせば何と言はんか、怒を加へたまふ神は不義なるか(こは人の言ふごとく言ふなり)"

"450306","決して然らず、若し然あらば神は如何にして世を審き給ふべき。"

"450307","わが虚僞によりて神の誠實いよいよ顯れ、その榮光とならんには、いかで我なほ罪人として審かるる事あらん。"

"450308","また『善を來らせん爲に惡をなすは可からずや』(或者われらを譏りて之を我らの言なりといふ)かかる人の罪に定めらるるは正し。"

 

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各国聖書引照編集

 

(独)NESTLE-ALAND  NOVUM TESTAMENTUM  GRAECE 27版1993 の引照

新共同 使  3:26

3:26 それで、神は御自分の僕を立て、まず、あなたがたのもとに遣わしてくださったのです。それは、あなたがた一人一人を悪から離れさせ、その祝福にあずからせるためでした。」

 

新共同 ロマ 1:17

1:17 福音には、神の義が啓示されていますが、それは、初めから終わりまで信仰を通して実現されるのです。「正しい者は信仰によって生きる」と書いてあるとおりです。

 

(英・米)THE NEW TREASURY OF SCRIPTURE KNOWLEDGE 1982 の引照

口語訳 ロマ 2:25-29

2:25 もし、あなたが律法を行うなら、なるほど、割礼は役に立とう。しかし、もし律法を犯すなら、あなたの割礼は無割礼となってしまう。

2:26 だから、もし無割礼の者が律法の規定を守るなら、その無割礼は割礼と見なされるではないか。

2:27 かつ、生れながら無割礼の者であって律法を全うする者は、律法の文字と割礼とを持ちながら律法を犯しているあなたを、さばくのである。

2:28 というのは、外見上のユダヤ人がユダヤ人ではなく、また、外見上の肉における割礼が割礼でもない。

2:29 かえって、隠れたユダヤ人がユダヤ人であり、また、文字によらず霊による心の割礼こそ割礼であって、そのほまれは人からではなく、神から来るのである。

 

口語訳 Tコリ15:32

15:32 もし、わたしが人間の考えによってエペソで獣と戦ったとすれば、それはなんの役に立つのか。もし死人がよみがえらないのなら、「わたしたちは飲み食いしようではないか。あすもわからぬいのちなのだ」。

 

口語訳 ロマ 3:3

3:3 すると、どうなるのか。もし、彼らのうちに不真実の者があったとしたら、その不真実によって、神の真実は無になるであろうか。

 

口語訳 ロマ 11:28-29

11:28 福音について言えば、彼らは、あなたがたのゆえに、神の敵とされているが、選びについて言えば、父祖たちのゆえに、神に愛せられる者である。

11:29 神の賜物と召しとは、変えられることがない。

 

口語訳 ロマ 2:18

2:18 御旨を知り、律法に教えられて、なすべきことをわきまえており、

 

口語訳 ロマ 9:4

9:4 彼らはイスラエル人であって、子たる身分を授けられることも、栄光も、もろもろの契約も、律法を授けられることも、礼拝も、数々の約束も彼らのもの、

 

口語訳 ロマ 10:16

10:16 しかし、すべての人が福音に聞き従ったのではない。イザヤは、「主よ、だれがわたしたちから聞いたことを信じましたか」と言っている。

 

口語訳 ロマ 11:1

11:1 そこで、わたしは問う、「神はその民を捨てたのであろうか」。断じてそうではない。わたしもイスラエル人であり、アブラハムの子孫、ベニヤミン族の者である。

 

口語訳 ガラ 6:14

6:14 しかし、わたし自身には、わたしたちの主イエス・キリストの十字架以外に、誇とするものは、断じてあってはならない。この十字架につけられて、この世はわたしに対して死に、わたしもこの世に対して死んでしまったのである。

 

口語訳 ロマ 5:8

5:8 しかし、まだ罪人であった時、わたしたちのためにキリストが死んで下さったことによって、神はわたしたちに対する愛を示されたのである。

 

口語訳 ロマ 9:13

9:13 「わたしはヤコブを愛しエサウを憎んだ」と書いてあるとおりである。

 

口語訳 ロマ 9:18-20

9:18 だから、神はそのあわれもうと思う者をあわれみ、かたくなにしようと思う者を、かたくなになさるのである。

9:19 そこで、あなたは言うであろう、「なぜ神は、なおも人を責められるのか。だれが、神の意図に逆らい得ようか」。

9:20 ああ人よ。あなたは、神に言い逆らうとは、いったい、何者なのか。造られたものが造った者に向かって、「なぜ、わたしをこのように造ったのか」と言うことがあろうか。

 

口語訳 ロマ 12:19

12:19 愛する者たちよ。自分で復讐をしないで、むしろ、神の怒りに任せなさい。なぜなら、「主が言われる。復讐はわたしのすることである。わたし自身が報復する」と書いてあるからである。

 

口語訳 ロマ 2:5

2:5 あなたのかたくなな、悔改めのない心のゆえに、あなたは、神の正しいさばきの現れる怒りの日のために神の怒りを、自分の身に積んでいるのである。

 

口語訳 ロマ 6:19

6:19 わたしは人間的な言い方をするが、それは、あなたがたの肉の弱さのゆえである。あなたがたは、かつて自分の肢体を汚れと不法との僕としてささげて不法に陥ったように、今や自分の肢体を義の僕としてささげて、きよくならねばならない。

 

口語訳 Uコリ4:15

4:15 すべてのことは、あなたがたの益であって、恵みがますます多くの人に増し加わるにつれ、感謝が満ちあふれて、神の栄光となるのである。

 

口語訳 ロマ 6:1

6:1 では、わたしたちは、なんと言おうか。恵みが増し加わるために、罪にとどまるべきであろうか。

 

(日)新共同訳1987の引照

新共同 ロマ 9:4

9:4 彼らはイスラエルの民です。神の子としての身分、栄光、契約、律法、礼拝、約束は彼らのものです。

 

新共同 ヘブ 4:2

4:2 というのは、わたしたちにも彼ら同様に福音が告げ知らされているからです。けれども、彼らには聞いた言葉は役に立ちませんでした。その言葉が、それを聞いた人々と、信仰によって結び付かなかったためです。

 

新共同 Uテモ2:13

2:13 わたしたちが誠実でなくても、/キリストは常に真実であられる。キリストは御自身を/否むことができないからである。」

 

新共同 ロマ 3:6

3:6 決してそうではない。もしそうだとしたら、どうして神は世をお裁きになることができましょう。

 

新共同 ロマ 3:31

3:31 それでは、わたしたちは信仰によって、律法を無にするのか。決してそうではない。むしろ、律法を確立するのです。

 

新共同 ロマ 3:7

3:7 またもし、わたしの偽りによって神の真実がいっそう明らかにされて、神の栄光となるのであれば、なぜ、わたしはなおも罪人として裁かれねばならないのでしょう。

 

新共同 ロマ 5:8

5:8 しかし、わたしたちがまだ罪人であったとき、キリストがわたしたちのために死んでくださったことにより、神はわたしたちに対する愛を示されました。

 

新共同 Uコリ7:11

7:11 神の御心に適ったこの悲しみが、あなたがたにどれほどの熱心、弁明、憤り、恐れ、あこがれ、熱意、懲らしめをもたらしたことでしょう。例の事件に関しては、あなたがたは自分がすべての点で潔白であることを証明しました。

 

新共同 ロマ 4:1

4:1 では、肉によるわたしたちの先祖アブラハムは何を得たと言うべきでしょうか。

 

新共同 ロマ 6:1

6:1 では、どういうことになるのか。恵みが増すようにと、罪の中にとどまるべきだろうか。

 

新共同 ロマ 7:7

7:7 では、どういうことになるのか。律法は罪であろうか。決してそうではない。しかし、律法によらなければ、わたしは罪を知らなかったでしょう。たとえば、律法が「むさぼるな」と言わなかったら、わたしはむさぼりを知らなかったでしょう。

 

新共同 ロマ 8:31

8:31 では、これらのことについて何と言ったらよいだろうか。もし神がわたしたちの味方であるならば、だれがわたしたちに敵対できますか。

 

新共同 ロマ 9:14

9:14 では、どういうことになるのか。神に不義があるのか。決してそうではない。

 

新共同 ロマ 9:30

9:30 では、どういうことになるのか。義を求めなかった異邦人が、義、しかも信仰による義を得ました。

 

新共同 ロマ 6:19

6:19 あなたがたの肉の弱さを考慮して、分かりやすく説明しているのです。かつて自分の五体を汚れと不法の奴隷として、不法の中に生きていたように、今これを義の奴隷として献げて、聖なる生活を送りなさい。

 

新共同 Tコリ9:8

9:8 わたしがこう言うのは、人間の思いからでしょうか。律法も言っているではないですか。

 

新共同 Tコリ15:32

15:32 単に人間的な動機からエフェソで野獣と闘ったとしたら、わたしに何の得があったでしょう。もし、死者が復活しないとしたら、/「食べたり飲んだりしようではないか。どうせ明日は死ぬ身ではないか」ということになります。

 

新共同 ガラ 3:15

3:15 兄弟たち、分かりやすく説明しましょう。人の作った遺言でさえ、法律的に有効となったら、だれも無効にしたり、それに追加したりはできません。

 

新共同 ロマ 3:4

3:4 決してそうではない。人はすべて偽り者であるとしても、神は真実な方であるとすべきです。「あなたは、言葉を述べるとき、正しいとされ、/裁きを受けるとき、勝利を得られる」と書いてあるとおりです。

 

新共同 ロマ 2:16

2:16 そのことは、神が、わたしの福音の告げるとおり、人々の隠れた事柄をキリスト・イエスを通して裁かれる日に、明らかになるでしょう。

 

新共同 ロマ 9:19

9:19 ところで、あなたは言うでしょう。「ではなぜ、神はなおも人を責められるのだろうか。だれが神の御心に逆らうことができようか」と。

 

(仏)THE NEW JERUSALEM BIBLE 1985 の引照

口語訳 ロマ 9:4-5

9:4 彼らはイスラエル人であって、子たる身分を授けられることも、栄光も、もろもろの契約も、律法を授けられることも、礼拝も、数々の約束も彼らのもの、

9:5 また父祖たちも彼らのものであり、肉によればキリストもまた彼らから出られたのである。万物の上にいます神は、永遠にほむべきかな、アァメン。

 

口語訳 Uテモ2:13

2:13 たとい、わたしたちは不真実であっても、彼は常に真実である。彼は自分を偽ることが、できないのである」。

 

口語訳 ロマ 1:8

1:8 まず第一に、わたしは、あなたがたの信仰が全世界に言い伝えられていることを、イエス・キリストによって、あなたがた一同のために、わたしの神に感謝する。

 

口語訳 ロマ 9:19

9:19 そこで、あなたは言うであろう、「なぜ神は、なおも人を責められるのか。だれが、神の意図に逆らい得ようか」。

 

口語訳 ロマ 6:1

6:1 では、わたしたちは、なんと言おうか。恵みが増し加わるために、罪にとどまるべきであろうか。

 

口語訳 ロマ 6:15

6:15 それでは、どうなのか。律法の下にではなく、恵みの下にあるからといって、わたしたちは罪を犯すべきであろうか。断じてそうではない。

 

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ローマ 3:9−20

しかし異教人にもユダヤ人にも、正しい人は一人もいない

 

 

翻訳比較

 

岩波翻訳委員会訳1995

450309それではどうなのか。私たち〔ユダヤ人〕は優れているのか。まったくそうでは

ない。実際、〔すでに〕私たちは、ユダヤ人もギリシア人もすべて罪のもとにあるという告発をした。

450310次のように〔聖書に〕書かれている。すなわち、

義人はいない、一人としていない。

450311悟る者はいない。

神を熱心に求める者はいない。

450312すべての者は迷い出で、ともに無益な者となった

慈悲を行なう者はいない。

一人といえども[いない]。

450313彼らののどは開かれた墓であり、

彼らは自らの舌で〔人を〕欺き、

彼らの唇の下にはまむしの毒がある。

450314彼らの口は呪いと苦味で満ちており、

450315彼らの足は血を流すのに速く、

450316彼らの道々には破壊と悲惨とがある。

450317そして彼らは平和の道を知らなかった。

450318彼らの目の前には神への畏れがない。

450319さてすべて律法が言うところのことは、律法のうちにある者たちに対して語られている、ということを私たちは知っている。それはすべての口がふさがれ、世界のすべてが、神に対して〔その〕さばきに服するものとなるためである。

450320なぜならば、律法の業によっては、いかなる人も神の前で義とされることはないからである。実際、律法によっては、罪の認識〔が生じるのみである〕。

 

新共同訳1987

3:9 では、どうなのか。わたしたちには優れた点があるのでしょうか。全くありません。既に指摘したように、ユダヤ人もギリシア人も皆、罪の下にあるのです。

3:10 次のように書いてあるとおりです。「正しい者はいない。一人もいない。

3:11 悟る者もなく、/神を探し求める者もいない。

3:12 皆迷い、だれもかれも役に立たない者となった。善を行う者はいない。ただの一人もいない。

3:13 彼らののどは開いた墓のようであり、/彼らは舌で人を欺き、/その唇には蝮の毒がある。

3:14 口は、呪いと苦味で満ち、

3:15 足は血を流すのに速く、

3:16 その道には破壊と悲惨がある。

3:17 彼らは平和の道を知らない。

3:18 彼らの目には神への畏れがない。」

3:19 さて、わたしたちが知っているように、すべて律法の言うところは、律法の下にいる人々に向けられています。それは、すべての人の口がふさがれて、全世界が神の裁きに服するようになるためなのです。

3:20 なぜなら、律法を実行することによっては、だれ一人神の前で義とされないからです。律法によっては、罪の自覚しか生じないのです。

 

前田訳1978

3:9 それならどうでしょう。われらに特権がありますか。全くありません。われらが前から主張してきましたように、ユダヤ人もギリシア人も皆罪のもとにいます。

3:10 聖書にあるとおり、「義人はない、ひとりもない。

3:11 良識の人はない。神を求める人はない。

3:12 皆が迷い、皆ともに身をもちくずした。善をする人はない。ただひとりもない。

3:13 彼らの咽は開いた墓のよう、その舌であざむき、唇の下にはまむしの毒がある。

3:14 口にはにがい呪いが満ちている。

3:15 足は血を流すに速く、

3:16 その道には破壊と悲惨がある。

3:17 平和の道を彼らは知らず、

3:18 その目の前には神へのおそれがない」

3:19 さて、われらの知るように、すべて律法のいうことは律法の下にあるものに語られています。それはすべての口がふさがって全世界が神に対して罪びととなるためです。

3:20 律法の行ないによってはだれひとり神の前に義とされません。律法によっては罪を知るばかりです。

 

新改訳1970

3:9 では、どうなのでしょう。私たちは他の者にまさっているのでしょうか。決してそうではありません。私たちは前に、ユダヤ人もギリシヤ人も、すべての人が罪の下にあると責めたのです。

3:10 それは、次のように書いてあるとおりです。「義人はいない。ひとりもいない。

3:11 悟りのある人はいない。神を求める人はいない。

3:12 すべての人が迷い出て、みな、ともに無益な者となった。善を行なう人はいない。ひとりもいない。」

3:13 「彼らののどは、開いた墓であり、彼らはその舌で欺く。」「彼らのくちびるの下には、まむしの毒があり、」

3:14 「彼らの口は、のろいと苦さで満ちている。」

3:15 「彼らの足は血を流すのに速く、

3:16 彼らの道には破壊と悲惨がある。

3:17 また、彼らは平和の道を知らない。」

3:18 「彼らの目の前には、神に対する恐れがない。」

3:19 さて、私たちは、律法の言うことはみな、律法の下にある人々に対して言われていることを知っています。それは、すべての口がふさがれて、全世界が神のさばきに服するためです。

3:20 なぜなら、律法を行なうことによっては、だれひとり神の前に義と認められないからです。律法によっては、かえって罪の意識が生じるのです。

 

塚本訳1963

3:9 それでは、どうなるのだろうか。(ユダヤ人である)わたし達には、(異教人より)優れたところがあるのか。全然ない。わたし達が前から強く主張してきたように、ユダヤ人も異教人もことごとく、罪の(支配の)下にいるからである。

3:10 (聖書に)こう書いてある。──『正しい人がいない、一人もいない、

3:11 物のわかる人がいない、神をさがし求める人がいない。

3:12 だれもかれも迷って、みんな堕落してしまった。善をする人がいない、ただの一人もいない。』

3:13 『彼らの咽は口のあいた墓のよう、その舌であざむき、』『蝮の毒が唇の下にある。』

3:14 『口には呪いと苦い言葉とがいっぱいである。』

3:15 『その足には血を流すにすばしこく、

3:16 その行く所には破壊と悲惨とがある、

3:17 彼らは平和の道を知らない。』

3:18 『その目の前には神をおそれる恐れがない。』"

3:19 ところでわたし達が知っているように、(右の)律法[聖書]が言うことはみな、律法に生きる者(すなわちユダヤ人)に対して語られるものである。(しかし)こうして(ユダヤ人だけでなく)すべての(人の)口がふさがり、世界中の人が、神に対して罪なしと言うことはできないのである。

3:20 というのは、律法が命ずる行いによっては『だれ一人神の前に義とされる者はない。』律法によって(は)罪を知る(ことができるだけで、人を罪から救うことはできない)からである。

 

口語訳1955

3:9 すると、どうなるのか。わたしたちには何かまさったところがあるのか。絶対にない。ユダヤ人もギリシヤ人も、ことごとく罪の下にあることを、わたしたちはすでに指摘した。

3:10 次のように書いてある、/「義人はいない、ひとりもいない。

3:11 悟りのある人はいない、/神を求める人はいない。

3:12 すべての人は迷い出て、/ことごとく無益なものになっている。善を行う者はいない、/ひとりもいない。

3:13 彼らののどは、開いた墓であり、/彼らは、その舌で人を欺き、/彼らのくちびるには、まむしの毒があり、

3:14 彼らの口は、のろいと苦い言葉とで満ちている。

3:15 彼らの足は、血を流すのに速く、

3:16 彼らの道には、破壊と悲惨とがある。

3:17 そして、彼らは平和の道を知らない。

3:18 彼らの目の前には、神に対する恐れがない」。

3:19 さて、わたしたちが知っているように、すべて律法の言うところは、律法のもとにある者たちに対して語られている。それは、すべての口がふさがれ、全世界が神のさばきに服するためである。

3:20 なぜなら、律法を行うことによっては、すべての人間は神の前に義とせられないからである。律法によっては、罪の自覚が生じるのみである。

 

文語訳1917

"450309","さらば如何ん、我らの勝る所ありや、有ることなし。我ら既にユダヤ人もギリシヤ人もみな罪の下に在りと告げたり。"

"450310","録して、『義人なし、一人だになし、"

"450311","聰き者なく、神を求むる者なし。"

"450312","みな迷ひて相共に空しくなれり、善をなす者なし、一人だになし。"

"450313","彼らの咽は開きたる墓なり、舌には詭計あり、口唇のうちには蝮の毒あり、"

"450314","その口は詛と苦とにて滿つ。"

"450315","その足は血を流すに速し、"

"450316","破壞と艱難とその道にあり、"

"450317","彼らは平和の道を知らず。"

"450318","その眼前に神をおそるる畏なし』とあるが如し。"

"450319","それ律法の言ふところは律法の下にある者に語ると我らは知る、これは凡ての口ふさがり、神の審判に全世界の服せん爲なり。"

"450320","律法の行爲によりては、一人だに神のまへに義とせられず、律法によりて罪は知らるるなり。"

 

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各国聖書引照編集

 

(独)NESTLE-ALAND  NOVUM TESTAMENTUM  GRAECE 27版1993 の引照

新共同 ロマ 3:23

3:23 人は皆、罪を犯して神の栄光を受けられなくなっていますが、

 

新共同 ガラ 2:16

2:16 けれども、人は律法の実行ではなく、ただイエス・キリストへの信仰によって義とされると知って、わたしたちもキリスト・イエスを信じました。これは、律法の実行ではなく、キリストへの信仰によって義としていただくためでした。なぜなら、律法の実行によっては、だれ一人として義とされないからです。

 

(英・米)THE NEW TREASURY OF SCRIPTURE KNOWLEDGE 1982 の引照

口語訳 ロマ 1:18-32

1:18 神の怒りは、不義をもって真理をはばもうとする人間のあらゆる不信心と不義とに対して、天から啓示される。

1:19 なぜなら、神について知りうる事がらは、彼らには明らかであり、神がそれを彼らに明らかにされたのである。

1:20 神の見えない性質、すなわち、神の永遠の力と神性とは、天地創造このかた、被造物において知られていて、明らかに認められるからである。したがって、彼らには弁解の余地がない。

1:21 なぜなら、彼らは神を知っていながら、神としてあがめず、感謝もせず、かえってその思いはむなしくなり、その無知な心は暗くなったからである。

1:22 彼らは自ら知者と称しながら、愚かになり、

1:23 不朽の神の栄光を変えて、朽ちる人間や鳥や獣や這うものの像に似せたのである。

1:24 ゆえに、神は、彼らが心の欲情にかられ、自分のからだを互にはずかしめて、汚すままに任せられた。

1:25 彼らは神の真理を変えて虚偽とし、創造者の代りに被造物を拝み、これに仕えたのである。創造者こそ永遠にほむべきものである、アァメン。

1:26 それゆえ、神は彼らを恥ずべき情欲に任せられた。すなわち、彼らの中の女は、その自然の関係を不自然なものに代え、

1:27 男もまた同じように女との自然の関係を捨てて、互にその情欲の炎を燃やし、男は男に対して恥ずべきことをなし、そしてその乱行の当然の報いを、身に受けたのである。

1:28 そして、彼らは神を認めることを正しいとしなかったので、神は彼らを正しからぬ思いにわたし、なすべからざる事をなすに任せられた。

1:29 すなわち、彼らは、あらゆる不義と悪と貪欲と悪意とにあふれ、ねたみと殺意と争いと詐欺と悪念とに満ち、また、ざん言する者、

1:30 そしる者、神を憎む者、不遜な者、高慢な者、大言壮語する者、悪事をたくらむ者、親に逆らう者となり、

1:31 無知、不誠実、無情、無慈悲な者となっている。

1:32 彼らは、こうした事を行う者どもが死に価するという神の定めをよく知りながら、自らそれを行うばかりではなく、それを行う者どもを是認さえしている。

 

口語訳 ロマ 15:3-4

15:3 キリストさえ、ご自身を喜ばせることはなさらなかった。むしろ「あなたをそしる者のそしりが、わたしに降りかかった」と書いてあるとおりであった。

15:4 これまでに書かれた事がらは、すべてわたしたちの教のために書かれたのであって、それは聖書の与える忍耐と慰めとによって、望みをいだかせるためである。

 

口語訳 Tコリ6:9

6:9 それとも、正しくない者が神の国をつぐことはないのを、知らないのか。まちがってはいけない。不品行な者、偶像を礼拝する者、姦淫をする者、男娼となる者、男色をする者、盗む者、

 

口語訳 ガラ 5:19-21

5:19 肉の働きは明白である。すなわち、不品行、汚れ、好色、

5:20 偶像礼拝、まじない、敵意、争い、そねみ、怒り、党派心、分裂、分派、

5:21 ねたみ、泥酔、宴楽、および、そのたぐいである。わたしは以前も言ったように、今も前もって言っておく。このようなことを行う者は、神の国をつぐことがない。

 

口語訳 ロマ 1:22

1:22 彼らは自ら知者と称しながら、愚かになり、

 

口語訳 ロマ 8:7

8:7 なぜなら、肉の思いは神に敵するからである。すなわち、それは神の律法に従わず、否、従い得ないのである。

 

口語訳 ロマ 5:1

5:1 このように、わたしたちは、信仰によって義とされたのだから、わたしたちの主イエス・キリストにより、神に対して平和を得ている。

 

口語訳 ロマ 2:12-18

2:12 そのわけは、律法なしに罪を犯した者は、また律法なしに滅び、律法のもとで罪を犯した者は、律法によってさばかれる。

2:13 なぜなら、律法を聞く者が、神の前に義なるものではなく、律法を行う者が、義とされるからである。

2:14 すなわち、律法を持たない異邦人が、自然のままで、律法の命じる事を行うなら、たとい律法を持たなくても、彼らにとっては自分自身が律法なのである。

2:15 彼らは律法の要求がその心にしるされていることを現し、そのことを彼らの良心も共にあかしをして、その判断が互にあるいは訴え、あるいは弁明し合うのである。

2:16 そして、これらのことは、わたしの福音によれば、神がキリスト・イエスによって人々の隠れた事がらをさばかれるその日に、明らかにされるであろう。

2:17 もしあなたが、自らユダヤ人と称し、律法に安んじ、神を誇とし、

2:18 御旨を知り、律法に教えられて、なすべきことをわきまえており、

 

口語訳 ロマ 2:1-2

2:1 だから、ああ、すべて人をさばく者よ。あなたには弁解の余地がない。あなたは、他人をさばくことによって、自分自身を罪に定めている。さばくあなたも、同じことを行っているからである。

2:2 わたしたちは、神のさばきが、このような事を行う者どもの上に正しく下ることを、知っている。

 

口語訳 ロマ 3:28

3:28 わたしたちは、こう思う。人が義とされるのは、律法の行いによるのではなく、信仰によるのである。

 

口語訳 ガラ 2:16

2:16 人の義とされるのは律法の行いによるのではなく、ただキリスト・イエスを信じる信仰によることを認めて、わたしたちもキリスト・イエスを信じたのである。それは、律法の行いによるのではなく、キリストを信じる信仰によって義とされるためである。なぜなら、律法の行いによっては、だれひとり義とされることがないからである。

 

口語訳 ガラ 3:10-13

3:10 いったい、律法の行いによる者は、皆のろいの下にある。「律法の書に書いてあるいっさいのことを守らず、これを行わない者は、皆のろわれる」と書いてあるからである。

3:11 そこで、律法によっては、神のみまえに義とされる者はひとりもないことが、明らかである。なぜなら、「信仰による義人は生きる」からである。

3:12 律法は信仰に基いているものではない。かえって、「律法を行う者は律法によって生きる」のである。

3:13 キリストは、わたしたちのためにのろいとなって、わたしたちを律法ののろいからあがない出して下さった。聖書に、「木にかけられる者は、すべてのろわれる」と書いてある。

 

口語訳 ガラ 5:4

5:4 律法によって義とされようとするあなたがたは、キリストから離れてしまっている。恵みから落ちている。

 

口語訳 ロマ 7:7-9

7:7 それでは、わたしたちは、なんと言おうか。律法は罪なのか。断じてそうではない。しかし、律法によらなければ、わたしは罪を知らなかったであろう。すなわち、もし律法が「むさぼるな」と言わなかったら、わたしはむさぼりなるものを知らなかったであろう。

7:8 しかるに、罪は戒めによって機会を捕え、わたしの内に働いて、あらゆるむさぼりを起させた。すなわち、律法がなかったら、罪は死んでいるのである。

7:9 わたしはかつては、律法なしに生きていたが、戒めが来るに及んで、罪は生き返り、

 

(日)新共同訳1987の引照

新共同 ロマ 3:1

3:1 では、ユダヤ人の優れた点は何か。割礼の利益は何か。

 

新共同 ロマ 3:23

3:23 人は皆、罪を犯して神の栄光を受けられなくなっていますが、

 

新共同 ロマ 7:14

7:14 わたしたちは、律法が霊的なものであると知っています。しかし、わたしは肉の人であり、罪に売り渡されています。

 

新共同 ロマ 11:32

11:32 神はすべての人を不従順の状態に閉じ込められましたが、それは、すべての人を憐れむためだったのです。

 

新共同 ガラ 3:22

3:22 しかし、聖書はすべてのものを罪の支配下に閉じ込めたのです。それは、神の約束が、イエス・キリストへの信仰によって、信じる人々に与えられるようになるためでした。

 

新共同 ロマ 1:18-32

1:18 不義によって真理の働きを妨げる人間のあらゆる不信心と不義に対して、神は天から怒りを現されます。

1:19 なぜなら、神について知りうる事柄は、彼らにも明らかだからです。神がそれを示されたのです。

1:20 世界が造られたときから、目に見えない神の性質、つまり神の永遠の力と神性は被造物に現れており、これを通して神を知ることができます。従って、彼らには弁解の余地がありません。

1:21 なぜなら、神を知りながら、神としてあがめることも感謝することもせず、かえって、むなしい思いにふけり、心が鈍く暗くなったからです。

1:22 自分では知恵があると吹聴しながら愚かになり、

1:23 滅びることのない神の栄光を、滅び去る人間や鳥や獣や這うものなどに似せた像と取り替えたのです。

1:24 そこで神は、彼らが心の欲望によって不潔なことをするにまかせられ、そのため、彼らは互いにその体を辱めました。

1:25 神の真理を偽りに替え、造り主の代わりに造られた物を拝んでこれに仕えたのです。造り主こそ、永遠にほめたたえられるべき方です、アーメン。

1:26 それで、神は彼らを恥ずべき情欲にまかせられました。女は自然の関係を自然にもとるものに変え、

1:27 同じく男も、女との自然の関係を捨てて、互いに情欲を燃やし、男どうしで恥ずべきことを行い、その迷った行いの当然の報いを身に受けています。

1:28 彼らは神を認めようとしなかったので、神は彼らを無価値な思いに渡され、そのため、彼らはしてはならないことをするようになりました。

1:29 あらゆる不義、悪、むさぼり、悪意に満ち、ねたみ、殺意、不和、欺き、邪念にあふれ、陰口を言い、

1:30 人をそしり、神を憎み、人を侮り、高慢であり、大言を吐き、悪事をたくらみ、親に逆らい、

1:31 無知、不誠実、無情、無慈悲です。

1:32 彼らは、このようなことを行う者が死に値するという神の定めを知っていながら、自分でそれを行うだけではなく、他人の同じ行為をも是認しています。

 

新共同 ロマ 2:1-29

2:1 だから、すべて人を裁く者よ、弁解の余地はない。あなたは、他人を裁きながら、実は自分自身を罪に定めている。あなたも人を裁いて、同じことをしているからです。

2:2 神はこのようなことを行う者を正しくお裁きになると、わたしたちは知っています。

2:3 このようなことをする者を裁きながら、自分でも同じことをしている者よ、あなたは、神の裁きを逃れられると思うのですか。

2:4 あるいは、神の憐れみがあなたを悔い改めに導くことも知らないで、その豊かな慈愛と寛容と忍耐とを軽んじるのですか。

2:5 あなたは、かたくなで心を改めようとせず、神の怒りを自分のために蓄えています。この怒りは、神が正しい裁きを行われる怒りの日に現れるでしょう。

2:6 神はおのおのの行いに従ってお報いになります。

2:7 すなわち、忍耐強く善を行い、栄光と誉れと不滅のものを求める者には、永遠の命をお与えになり、

2:8 反抗心にかられ、真理ではなく不義に従う者には、怒りと憤りをお示しになります。

2:9 すべて悪を行う者には、ユダヤ人はもとよりギリシア人にも、苦しみと悩みが下り、

2:10 すべて善を行う者には、ユダヤ人はもとよりギリシア人にも、栄光と誉れと平和が与えられます。

2:11 神は人を分け隔てなさいません。

2:12 律法を知らないで罪を犯した者は皆、この律法と関係なく滅び、また、律法の下にあって罪を犯した者は皆、律法によって裁かれます。

2:13 律法を聞く者が神の前で正しいのではなく、これを実行する者が、義とされるからです。

2:14 たとえ律法を持たない異邦人も、律法の命じるところを自然に行えば、律法を持たなくとも、自分自身が律法なのです。

2:15 こういう人々は、律法の要求する事柄がその心に記されていることを示しています。彼らの良心もこれを証ししており、また心の思いも、互いに責めたり弁明し合って、同じことを示しています。

2:16 そのことは、神が、わたしの福音の告げるとおり、人々の隠れた事柄をキリスト・イエスを通して裁かれる日に、明らかになるでしょう。

◆ユダヤ人と律法

2:17 ところで、あなたはユダヤ人と名乗り、律法に頼り、神を誇りとし、

2:18 その御心を知り、律法によって教えられて何をなすべきかをわきまえています。

2:19 -20また、律法の中に、知識と真理が具体的に示されていると考え、盲人の案内者、闇の中にいる者の光、無知な者の導き手、未熟な者の教師であると自負しています。

2:21 それならば、あなたは他人には教えながら、自分には教えないのですか。「盗むな」と説きながら、盗むのですか。

2:22 「姦淫するな」と言いながら、姦淫を行うのですか。偶像を忌み嫌いながら、神殿を荒らすのですか。

2:23 あなたは律法を誇りとしながら、律法を破って神を侮っている。

2:24 「あなたたちのせいで、神の名は異邦人の中で汚されている」と書いてあるとおりです。

2:25 あなたが受けた割礼も、律法を守ればこそ意味があり、律法を破れば、それは割礼を受けていないのと同じです。

2:26 だから、割礼を受けていない者が、律法の要求を実行すれば、割礼を受けていなくても、受けた者と見なされるのではないですか。

2:27 そして、体に割礼を受けていなくても律法を守る者が、あなたを裁くでしょう。あなたは律法の文字を所有し、割礼を受けていながら、律法を破っているのですから。

2:28 外見上のユダヤ人がユダヤ人ではなく、また、肉に施された外見上の割礼が割礼ではありません。

2:29 内面がユダヤ人である者こそユダヤ人であり、文字ではなく"霊"によって心に施された割礼こそ割礼なのです。その誉れは人からではなく、神から来るのです。

 

新共同 ヤコ 3:8

3:8 しかし、舌を制御できる人は一人もいません。舌は、疲れを知らない悪で、死をもたらす毒に満ちています。

 

新共同 ロマ 2:12

2:12 律法を知らないで罪を犯した者は皆、この律法と関係なく滅び、また、律法の下にあって罪を犯した者は皆、律法によって裁かれます。

 

新共同 ガラ 2:16

2:16 けれども、人は律法の実行ではなく、ただイエス・キリストへの信仰によって義とされると知って、わたしたちもキリスト・イエスを信じました。これは、律法の実行ではなく、キリストへの信仰によって義としていただくためでした。なぜなら、律法の実行によっては、だれ一人として義とされないからです。

 

新共同 ロマ 4:15

4:15 実に、律法は怒りを招くものであり、律法のないところには違犯もありません。

 

新共同 ロマ 5:13

5:13 律法が与えられる前にも罪は世にあったが、律法がなければ、罪は罪と認められないわけです。

 

新共同 ロマ 5:20

5:20 律法が入り込んで来たのは、罪が増し加わるためでありました。しかし、罪が増したところには、恵みはなおいっそう満ちあふれました。

 

新共同 ロマ 7:7-8

7:7 では、どういうことになるのか。律法は罪であろうか。決してそうではない。しかし、律法によらなければ、わたしは罪を知らなかったでしょう。たとえば、律法が「むさぼるな」と言わなかったら、わたしはむさぼりを知らなかったでしょう。

7:8 ところが、罪は掟によって機会を得、あらゆる種類のむさぼりをわたしの内に起こしました。律法がなければ罪は死んでいるのです。

 

(仏)THE NEW JERUSALEM BIBLE 1985 の引照

口語訳 ロマ 11:32

11:32 すなわち、神はすべての人をあわれむために、すべての人を不従順のなかに閉じ込めたのである。

 

口語訳 ガラ 3:22

3:22 しかし、約束が、信じる人々にイエス・キリストに対する信仰によって与えられるために、聖書はすべての人を罪の下に閉じ込めたのである。

 

口語訳 ロマ 7:7

7:7 それでは、わたしたちは、なんと言おうか。律法は罪なのか。断じてそうではない。しかし、律法によらなければ、わたしは罪を知らなかったであろう。すなわち、もし律法が「むさぼるな」と言わなかったら、わたしはむさぼりなるものを知らなかったであろう。

 

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ローマ 3:21−31

神の義は律法に関係なく現れた

 

 

翻訳比較

 

岩波翻訳委員会訳1995

450321しかし今や、律法なしに、〔しかも〕律法と項言者たちとによって証しされて、神の義が明白にされてしまっている。

450322〔すなわち〕イエス・キリストヘの信仰をとおしての、〔そして〕信じるすべての者たちへの、神の義である。実際、〔そこでは〕差別は〔まったく〕ない。

450323すべての者が罪を犯したからであり、〔そのゆえに〕神の栄光〔を受けるの〕に不十分だからである。

450324〔むしろ〕彼らは神の恵みにより、キリスト・イェスにおける贖いをとおして、無償で義とされているのである。

450325神はその彼を、信仰をとおしての、〔また〕彼の血による、贖罪の供え物として立てた。〔それは〕すでに起きてしまった罪過を見逃すことによって、神の義を示すためであった。

450326〔それは〕神の忍耐するところであり、今この時に神の義を示すことをめざしてのことであった。それによって、神は義なる方であり、イエスヘの信仰によって〔生きる〕者を義とする方である、ということ〔が明らかになったのである〕。

450327それでは〔ユダヤ人の〕誇りはどこにあるのか。〔それは〕排除されたのである。

いかなる法則のゆえに〔排除されたの〕か。〔人間の〕業の法則のゆえにか。否、むしろ信仰の法則のゆえにである。

450328なぜならば私たちは、人間は信仰によって、律法の業なしで義とされる、と考えるからである。

450329それとも、神はただユダヤ人たちだけのものなのか。異邦人たちの神でもあるのではないのか。然り、異邦人たちの神でもある ――

450330もしも神が一なる者であるのならば ――。その神は、信仰によって割礼〔の者〕を、またその〔同じ〕信仰のゆえに無割礼〔の者〕をも、義とするであろう。

450331それでは私たちは、その信仰のゆえに律法を破壊するのであろうか。断じてそんなことはあってはならない。むしろ私たちは、律法を確立するのである。

 

新共同訳1987

3:21 ところが今や、律法とは関係なく、しかも律法と預言者によって立証されて、神の義が示されました。

3:22 すなわち、イエス・キリストを信じることにより、信じる者すべてに与えられる神の義です。そこには何の差別もありません。

3:23 人は皆、罪を犯して神の栄光を受けられなくなっていますが、

3:24 ただキリスト・イエスによる贖いの業を通して、神の恵みにより無償で義とされるのです。

3:25 神はこのキリストを立て、その血によって信じる者のために罪を償う供え物となさいました。それは、今まで人が犯した罪を見逃して、神の義をお示しになるためです。

3:26 このように神は忍耐してこられたが、今この時に義を示されたのは、御自分が正しい方であることを明らかにし、イエスを信じる者を義となさるためです。

3:27 では、人の誇りはどこにあるのか。それは取り除かれました。どんな法則によってか。行いの法則によるのか。そうではない。信仰の法則によってです。

3:28 なぜなら、わたしたちは、人が義とされるのは律法の行いによるのではなく、信仰によると考えるからです。

3:29 それとも、神はユダヤ人だけの神でしょうか。異邦人の神でもないのですか。そうです。異邦人の神でもあります。

3:30 実に、神は唯一だからです。この神は、割礼のある者を信仰のゆえに義とし、割礼のない者をも信仰によって義としてくださるのです。

3:31 それでは、わたしたちは信仰によって、律法を無にするのか。決してそうではない。むしろ、律法を確立するのです。

 

前田訳1978

3:21 しかし今や律法に関係なく神の義が示されました。今や、といっても、それは律法と預言書によって証されているものです。

3:22 すなわち、イエス・キリストのまことによる神の義で、信ずるものすべてのためのものです。そこに差別はありません。

3:23 すべての人は罪を犯したため、神の栄光を欠いています。

3:24 しかし、代償なしに、神の恩恵によって、キリスト・イエスのあがないのおかげで、義とされるのです。

3:25 神はキリストを宥めの供え物として差し出されました。これは血を流すまでの彼のまことによるものです。このようなことは、人々の過去の罪を神ならではの忍耐で見のがしてご自身の義を示すためであり、

3:26 さらに、今の世でご自身の義を示すためでもあります。すなわち、ご自身が義にいますとともに、イエスのまことによるものを義とする方であるためです。

3:27 それなら誇りはどうなりますか。もう誇れません。それはどの律法によってですか。行ないの律法によってですか。否、まことの律法によってです。

3:28 われらの考えでは、律法の行ないとは別に、人はまことによって義とされます。

3:29 それとも、神はユダヤ人だけの神かですか。また異教徒の神でもありませんか。もちろん異教徒の神でもある、

3:30 神がひとりにいますかぎりは。神は、割礼あるものをまことによって、無割礼のものをもまことによって、義とされます。

3:31 まことのためにわれらは律法を無にするのでしょうか。断じて否です。むしろ律法を強化するのです。

 

新改訳1970

3:21 しかし、今は、律法とは別に、しかも律法と預言者によってあかしされて、神の義が示されました。

3:22 すなわち、イエス・キリストを信じる信仰による神の義であって、それはすべての信じる人に与えられ、何の差別もありません。

3:23 すべての人は、罪を犯したので、神からの栄誉を受けることができず、

3:24 ただ、神の恵みにより、キリスト・イエスによる贖いのゆえに、価なしに義と認められるのです。

3:25 神は、キリスト・イエスを、その血による、また信仰による、なだめの供え物として、公にお示しになりました。それは、ご自身の義を現わすためです。というのは、今までに犯されて来た罪を神の忍耐をもって見のがして来られたからです。

3:26 それは、今の時にご自身の義を現わすためであり、こうして神ご自身が義であり、また、イエスを信じる者を義とお認めになるためなのです。

3:27 それでは、私たちの誇りはどこにあるのでしょうか。それはすでに取り除かれました。どういう原理によってでしょうか。行ないの原理によってでしょうか。そうではなく、信仰の原理によってです。

3:28 人が義と認められるのは、律法の行ないによるのではなく、信仰によるというのが、私たちの考えです。

3:29 それとも、神はユダヤ人だけの神でしょうか。異邦人にとっても神ではないのでしょうか。確かに神は、異邦人にとっても、神です。

3:30 神が唯一ならばそうです。この神は、割礼のある者を信仰によって義と認めてくださるとともに、割礼のない者をも、信仰によって義と認めてくださるのです。

3:31 それでは、私たちは信仰によって律法を無効にすることになるのでしょうか。絶対にそんなことはありません。かえって、律法を確立することになるのです。

 

塚本訳1963

3:21 しかしながら今、律法に関係なく、神の義は現わされた。しかし律法と預言書と[聖書]によって(すでに)証しされているものである。

3:22 この神の義は、イエス・キリストを信ずる信仰(だけ)によって、これを信ずるすべての者にあたえられる。(すべてというのは、そこに人間的の)なんの差別もないからである。

3:23 なぜか。すべての人が罪を犯したため、いまだれ一人、(かつて持っていた)神の栄光をもたない。

3:24 (さりとて失った栄光を回復する力はないので、何一つ)代価を払わず、(ただ)神の恩恵によって、キリスト・イエスによるあがないの力で、(神に)義とされる(道が設けられた)のである。

3:25 すなわち神は御自分の義を示すために、宥めの供え物としてキリストを提供された。これはキリストの血でなされたものであり、(人は)信仰によ(ってこの恩恵にあずか)るのである。このことは──神が(長いあいだ)忍耐をもって過ぎし日に犯した罪を罰せずにおられたので──

3:26 今の世において、御自分の義を示そうとされたのである。すなわち御自分が義であること、またイエスを信ずる者を義とするお方であることを、(この世に)示されたのである。

3:27 それでは(ユダヤ人の)誇りはどうなるのか。誇ることは出来なくなった。なんの法則によって(出来ないの)か。行いの(完全を要求するモーセ律法の)法則によってか。そうではない、信仰の法則によってである。

3:28 わたし達の信ずるところでは、(すでに言ったように、)人は律法の命ずる行いに関係なく、(ただ)信仰(だけ)で、義とされるからである。

3:29 それとも神はユダヤ人だけの神であろうか。また異教人の神ではなかろうか。もちろん異教人の神でもある、

3:30 神がただお一人である以上は。すなわち神は、割礼のある者を信仰により、割礼のない者をも信仰によって、義とされる。

3:31 それではわたし達は、信仰(による救いの道)によって(モーセ)律法を廃止することになるのか。もちろん、そうではない。(結果から見ると、)むしろ律法の効力を発揮させるのである。

 

口語訳1955

3:21 しかし今や、神の義が、律法とは別に、しかも律法と預言者とによってあかしされて、現された。

3:22 それは、イエス・キリストを信じる信仰による神の義であって、すべて信じる人に与えられるものである。そこにはなんらの差別もない。

3:23 すなわち、すべての人は罪を犯したため、神の栄光を受けられなくなっており、

3:24 彼らは、価なしに、神の恵みにより、キリスト・イエスによるあがないによって義とされるのである。

3:25 神はこのキリストを立てて、その血による、信仰をもって受くべきあがないの供え物とされた。それは神の義を示すためであった。すなわち、今までに犯された罪を、神は忍耐をもって見のがしておられたが、

3:26 それは、今の時に、神の義を示すためであった。こうして、神みずからが義となり、さらに、イエスを信じる者を義とされるのである。

3:27 すると、どこにわたしたちの誇があるのか。全くない。なんの法則によってか。行いの法則によってか。そうではなく、信仰の法則によってである。

3:28 わたしたちは、こう思う。人が義とされるのは、律法の行いによるのではなく、信仰によるのである。

3:29 それとも、神はユダヤ人だけの神であろうか。また、異邦人の神であるのではないか。確かに、異邦人の神でもある。

3:30 まことに、神は唯一であって、割礼のある者を信仰によって義とし、また、無割礼の者をも信仰のゆえに義とされるのである。

3:31 すると、信仰のゆえに、わたしたちは律法を無効にするのであるか。断じてそうではない。かえって、それによって律法は確立するのである。

 

文語訳1917

"450321","然るに今や律法の外に神の義は顯れたり、これ律法と預言者とに由りて證せられ、"

"450322","イエス・キリストを信ずるに由りて凡て信ずる者に與へたまふ神の義なり。之には何等の差別あるなし。"

"450323","凡ての人、罪を犯したれば神の榮光を受くるに足らず、"

"450324","功なくして神の恩惠により、キリスト・イエスにある贖罪によりて義とせらるるなり。"

"450325","即ち神は忍耐をもて過來しかたの罪を見遁し給ひしが、己の義を顯さんとて、キリストを立て、その血によりて信仰によれる宥の供物となし給へり。"

"450326","これ今おのれの義を顯して、自ら義たらん爲、またイエスを信ずる者を義とし給はん爲なり。"

"450327","さらば誇るところ何處にあるか、既に除かれたり、何の律法に由りてか、行爲の律法か、然らず、信仰の律法に由りてなり。"

"450328","艪轤ヘ思ふ、人の義とせらるるは、律法の行爲によらず、信仰に由るなり。"

"450329","神はただユダヤ人のみの神なるか、また異邦人の神ならずや、然り、また異邦人の神なり。"

"450330","神は唯一にして、割禮ある者を信仰によりて義とし、割禮なき者をも信仰によりて義とし給へばなり。"

"450331","然らば我ら信仰をもて律法を空しくするか、決して然らず、反つて律法を堅うするなり。"

 

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各国聖書引照編集

 

(独)NESTLE-ALAND  NOVUM TESTAMENTUM  GRAECE 27版1993 の引照

新共同 ロマ 1:17

1:17 福音には、神の義が啓示されていますが、それは、初めから終わりまで信仰を通して実現されるのです。「正しい者は信仰によって生きる」と書いてあるとおりです。

 

新共同 Tヨハ1:2

1:2 この命は現れました。御父と共にあったが、わたしたちに現れたこの永遠の命を、わたしたちは見て、あなたがたに証しし、伝えるのです。――

 

新共同 Tヨハ2:2

2:2 この方こそ、わたしたちの罪、いや、わたしたちの罪ばかりでなく、全世界の罪を償ういけにえです。

 

新共同 エペ 1:7

1:7 わたしたちはこの御子において、その血によって贖われ、罪を赦されました。これは、神の豊かな恵みによるものです。

 

新共同 ガラ 2:16

2:16 けれども、人は律法の実行ではなく、ただイエス・キリストへの信仰によって義とされると知って、わたしたちもキリスト・イエスを信じました。これは、律法の実行ではなく、キリストへの信仰によって義としていただくためでした。なぜなら、律法の実行によっては、だれ一人として義とされないからです。

 

新共同 Tコリ8:6

8:6 わたしたちにとっては、唯一の神、父である神がおられ、万物はこの神から出、わたしたちはこの神へ帰って行くのです。また、唯一の主、イエス・キリストがおられ、万物はこの主によって存在し、わたしたちもこの主によって存在しているのです。

 

新共同 マタ 5:17

5:17 「わたしが来たのは律法や預言者を廃止するためだ、と思ってはならない。廃止するためではなく、完成するためである。

 

(英・米)THE NEW TREASURY OF SCRIPTURE KNOWLEDGE 1982 の引照

口語訳 ロマ 1:17

1:17 神の義は、その福音の中に啓示され、信仰に始まり信仰に至らせる。これは、「信仰による義人は生きる」と書いてあるとおりである。

 

口語訳 ロマ 10:3-4

10:3 なぜなら、彼らは神の義を知らないで、自分の義を立てようと努め、神の義に従わなかったからである。

10:4 キリストは、すべて信じる者に義を得させるために、律法の終りとなられたのである。

 

口語訳 Uコリ5:21

5:21 神はわたしたちの罪のために、罪を知らないかたを罪とされた。それは、わたしたちが、彼にあって神の義となるためなのである。

 

口語訳 ピリ 3:9

3:9 律法による自分の義ではなく、キリストを信じる信仰による義、すなわち、信仰に基く神からの義を受けて、キリストのうちに自分を見いだすようになるためである。

 

口語訳 ロマ 1:2

1:2 この福音は、神が、預言者たちにより、聖書の中で、あらかじめ約束されたものであって、

 

口語訳 ロマ 16:25-26

16:25 願わくは、わたしの福音とイエス・キリストの宣教とにより、かつ、長き世々にわたって、隠されていたが、今やあらわされ、預言の書をとおして、永遠の神の命令に従い、信仰の従順に至らせるために、もろもろの国人に告げ知らされた奥義の啓示によって、あなたがたを力づけることのできるかた、

16:26 (25節に合節)

 

口語訳 ロマ 4:3-13

4:3 なぜなら、聖書はなんと言っているか、「アブラハムは神を信じた。それによって、彼は義と認められた」とある。

4:4 いったい、働く人に対する報酬は、恩恵としてではなく、当然の支払いとして認められる。

4:5 しかし、働きはなくても、不信心な者を義とするかたを信じる人は、その信仰が義と認められるのである。

4:6 ダビデもまた、行いがなくても神に義と認められた人の幸福について、次のように言っている、

4:7 「不法をゆるされ、罪をおおわれた人たちは、/さいわいである。

4:8 罪を主に認められない人は、さいわいである」。

4:9 さて、この幸福は、割礼の者だけが受けるのか。それとも、無割礼の者にも及ぶのか。わたしたちは言う、「アブラハムには、その信仰が義と認められた」のである。

4:10 それでは、どういう場合にそう認められたのか。割礼を受けてからか、それとも受ける前か。割礼を受けてからではなく、無割礼の時であった。

4:11 そして、アブラハムは割礼というしるしを受けたが、それは、無割礼のままで信仰によって受けた義の証印であって、彼が、無割礼のままで信じて義とされるに至るすべての人の父となり、

4:12 かつ、割礼の者の父となるためなのである。割礼の者というのは、割礼を受けた者ばかりではなく、われらの父アブラハムが無割礼の時に持っていた信仰の足跡を踏む人々をもさすのである。

4:13 なぜなら、世界を相続させるとの約束が、アブラハムとその子孫とに対してなされたのは、律法によるのではなく、信仰の義によるからである。

 

口語訳 ロマ 5:1

5:1 このように、わたしたちは、信仰によって義とされたのだから、わたしたちの主イエス・キリストにより、神に対して平和を得ている。

 

口語訳 ガラ 3:6

3:6 このように、アブラハムは「神を信じた。それによって、彼は義と認められた」のである。

 

口語訳 ガラ 3:28

3:28 もはや、ユダヤ人もギリシヤ人もなく、奴隷も自由人もなく、男も女もない。あなたがたは皆、キリスト・イエスにあって一つだからである。

 

口語訳 ロマ 3:9-19

3:9 すると、どうなるのか。わたしたちには何かまさったところがあるのか。絶対にない。ユダヤ人もギリシヤ人も、ことごとく罪の下にあることを、わたしたちはすでに指摘した。

3:10 次のように書いてある、/「義人はいない、ひとりもいない。

3:11 悟りのある人はいない、/神を求める人はいない。

3:12 すべての人は迷い出て、/ことごとく無益なものになっている。善を行う者はいない、/ひとりもいない。

3:13 彼らののどは、開いた墓であり、/彼らは、その舌で人を欺き、/彼らのくちびるには、まむしの毒があり、

3:14 彼らの口は、のろいと苦い言葉とで満ちている。

3:15 彼らの足は、血を流すのに速く、

3:16 彼らの道には、破壊と悲惨とがある。

3:17 そして、彼らは平和の道を知らない。

3:18 彼らの目の前には、神に対する恐れがない」。

3:19 さて、わたしたちが知っているように、すべて律法の言うところは、律法のもとにある者たちに対して語られている。それは、すべての口がふさがれ、全世界が神のさばきに服するためである。

 

口語訳 ロマ 1:28-32

1:28 そして、彼らは神を認めることを正しいとしなかったので、神は彼らを正しからぬ思いにわたし、なすべからざる事をなすに任せられた。

1:29 すなわち、彼らは、あらゆる不義と悪と貪欲と悪意とにあふれ、ねたみと殺意と争いと詐欺と悪念とに満ち、また、ざん言する者、

1:30 そしる者、神を憎む者、不遜な者、高慢な者、大言壮語する者、悪事をたくらむ者、親に逆らう者となり、

1:31 無知、不誠実、無情、無慈悲な者となっている。

1:32 彼らは、こうした事を行う者どもが死に価するという神の定めをよく知りながら、自らそれを行うばかりではなく、それを行う者どもを是認さえしている。

 

口語訳 ロマ 11:32

11:32 すなわち、神はすべての人をあわれむために、すべての人を不従順のなかに閉じ込めたのである。

 

口語訳 ガラ 3:22

3:22 しかし、約束が、信じる人々にイエス・キリストに対する信仰によって与えられるために、聖書はすべての人を罪の下に閉じ込めたのである。

 

口語訳 ロマ 5:2

5:2 わたしたちは、さらに彼により、いま立っているこの恵みに信仰によって導き入れられ、そして、神の栄光にあずかる希望をもって喜んでいる。

 

口語訳 Tテサ2:12

2:12 御国とその栄光とに召して下さった神のみこころにかなって歩くようにと、勧め、励まし、また、さとしたのである。

 

口語訳 ロマ 4:16

4:16 このようなわけで、すべては信仰によるのである。それは恵みによるのであって、すべての子孫に、すなわち、律法に立つ者だけにではなく、アブラハムの信仰に従う者にも、この約束が保証されるのである。アブラハムは、神の前で、わたしたちすべての者の父であって、

 

口語訳 ロマ 8:30

8:30 そして、あらかじめ定めた者たちを更に召し、召した者たちを更に義とし、義とした者たちには、更に栄光を与えて下さったのである。

 

口語訳 Tコリ6:11

6:11 あなたがたの中には、以前はそんな人もいた。しかし、あなたがたは、主イエス・キリストの名によって、またわたしたちの神の霊によって、洗われ、きよめられ、義とされたのである。

 

口語訳 ロマ 5:9

5:9 わたしたちは、キリストの血によって今は義とされているのだから、なおさら、彼によって神の怒りから救われるであろう。

 

口語訳 Tコリ7:23

7:23 あなたがたは、代価を払って買いとられたのだ。人の奴隷となってはいけない。

 

口語訳 Tコリ15:3

15:3 わたしが最も大事なこととしてあなたがたに伝えたのは、わたし自身も受けたことであった。すなわちキリストが、聖書に書いてあるとおり、わたしたちの罪のために死んだこと、

 

口語訳 ガラ 2:20

2:20 生きているのは、もはや、わたしではない。キリストが、わたしのうちに生きておられるのである。しかし、わたしがいま肉にあって生きているのは、わたしを愛し、わたしのためにご自身をささげられた神の御子を信じる信仰によって、生きているのである。

 

口語訳 ロマ 8:33

8:33 だれが、神の選ばれた者たちを訴えるのか。神は彼らを義とされるのである。

 

口語訳 Tコリ1:29-31

1:29 それは、どんな人間でも、神のみまえに誇ることがないためである。

1:30 あなたがたがキリスト・イエスにあるのは、神によるのである。キリストは神に立てられて、わたしたちの知恵となり、義と聖とあがないとになられたのである。

1:31 それは、「誇る者は主を誇れ」と書いてあるとおりである。

 

口語訳 ロマ 8:3

8:3 律法が肉により無力になっているためになし得なかった事を、神はなし遂げて下さった。すなわち、御子を、罪の肉の様で罪のためにつかわし、肉において罪を罰せられたのである。

 

口語訳 ガラ 5:4-5

5:4 律法によって義とされようとするあなたがたは、キリストから離れてしまっている。恵みから落ちている。

5:5 わたしたちは、御霊の助けにより、信仰によって義とされる望みを強くいだいている。

 

口語訳 ロマ 1:16

1:16 わたしは福音を恥としない。それは、ユダヤ人をはじめ、ギリシヤ人にも、すべて信じる者に、救を得させる神の力である。

 

口語訳 ロマ 10:12-13

10:12 ユダヤ人とギリシヤ人との差別はない。同一の主が万民の主であって、彼を呼び求めるすべての人を豊かに恵んで下さるからである。

10:13 なぜなら、「主の御名を呼び求める者は、すべて救われる」とあるからである。

 

口語訳 ガラ 2:14-16

2:14 彼らが福音の真理に従ってまっすぐに歩いていないのを見て、わたしは衆人の面前でケパに言った、「あなたは、ユダヤ人であるのに、自分自身はユダヤ人のように生活しないで、異邦人のように生活していながら、どうして異邦人にユダヤ人のようになることをしいるのか」。

2:15 わたしたちは生れながらのユダヤ人であって、異邦人なる罪人ではないが、

2:16 人の義とされるのは律法の行いによるのではなく、ただキリスト・イエスを信じる信仰によることを認めて、わたしたちもキリスト・イエスを信じたのである。それは、律法の行いによるのではなく、キリストを信じる信仰によって義とされるためである。なぜなら、律法の行いによっては、だれひとり義とされることがないからである。

 

口語訳 ガラ 3:8

3:8 聖書は、神が異邦人を信仰によって義とされることを、あらかじめ知って、アブラハムに、「あなたによって、すべての国民は祝福されるであろう」との良い知らせを、予告したのである。

 

(日)新共同訳1987の引照

新共同 ロマ 1:2

1:2 この福音は、神が既に聖書の中で預言者を通して約束されたもので、

 

新共同 ロマ 1:17

1:17 福音には、神の義が啓示されていますが、それは、初めから終わりまで信仰を通して実現されるのです。「正しい者は信仰によって生きる」と書いてあるとおりです。

 

新共同 ロマ 3:22

3:22 すなわち、イエス・キリストを信じることにより、信じる者すべてに与えられる神の義です。そこには何の差別もありません。

 

新共同 ガラ 2:16

2:16 けれども、人は律法の実行ではなく、ただイエス・キリストへの信仰によって義とされると知って、わたしたちもキリスト・イエスを信じました。これは、律法の実行ではなく、キリストへの信仰によって義としていただくためでした。なぜなら、律法の実行によっては、だれ一人として義とされないからです。

 

新共同 ガラ 2:20

2:20 生きているのは、もはやわたしではありません。キリストがわたしの内に生きておられるのです。わたしが今、肉において生きているのは、わたしを愛し、わたしのために身を献げられた神の子に対する信仰によるものです。

 

新共同 ガラ 3:22

3:22 しかし、聖書はすべてのものを罪の支配下に閉じ込めたのです。それは、神の約束が、イエス・キリストへの信仰によって、信じる人々に与えられるようになるためでした。

 

新共同 ロマ 4:5

4:5 しかし、不信心な者を義とされる方を信じる人は、働きがなくても、その信仰が義と認められます。

 

新共同 ロマ 10:12

10:12 ユダヤ人とギリシア人の区別はなく、すべての人に同じ主がおられ、御自分を呼び求めるすべての人を豊かにお恵みになるからです。

 

新共同 ガラ 3:28

3:28 そこではもはや、ユダヤ人もギリシア人もなく、奴隷も自由な身分の者もなく、男も女もありません。あなたがたは皆、キリスト・イエスにおいて一つだからです。

 

新共同 コロ 3:11

3:11 そこには、もはや、ギリシア人とユダヤ人、割礼を受けた者と受けていない者、未開人、スキタイ人、奴隷、自由な身分の者の区別はありません。キリストがすべてであり、すべてのもののうちにおられるのです。

 

新共同 ロマ 3:9

3:9 では、どうなのか。わたしたちには優れた点があるのでしょうか。全くありません。既に指摘したように、ユダヤ人もギリシア人も皆、罪の下にあるのです。

 

新共同 エペ 1:7

1:7 わたしたちはこの御子において、その血によって贖われ、罪を赦されました。これは、神の豊かな恵みによるものです。

 

新共同 コロ 1:14

1:14 わたしたちは、この御子によって、贖い、すなわち罪の赦しを得ているのです。

 

新共同 ヘブ 9:15

9:15 こういうわけで、キリストは新しい契約の仲介者なのです。それは、最初の契約の下で犯された罪の贖いとして、キリストが死んでくださったので、召された者たちが、既に約束されている永遠の財産を受け継ぐためにほかなりません。

 

新共同 ロマ 4:16

4:16 従って、信仰によってこそ世界を受け継ぐ者となるのです。恵みによって、アブラハムのすべての子孫、つまり、単に律法に頼る者だけでなく、彼の信仰に従う者も、確実に約束にあずかれるのです。彼はわたしたちすべての父です。

 

新共同 エペ 2:8

2:8 事実、あなたがたは、恵みにより、信仰によって救われました。このことは、自らの力によるのではなく、神の賜物です。

 

新共同 Tペテ1:19

1:19 きずや汚れのない小羊のようなキリストの尊い血によるのです。

 

新共同 黙  1:4-5

1:4 -5ヨハネからアジア州にある七つの教会へ。今おられ、かつておられ、やがて来られる方から、また、玉座の前におられる七つの霊から、更に、証人、誠実な方、死者の中から最初に復活した方、地上の王たちの支配者、イエス・キリストから恵みと平和があなたがたにあるように。わたしたちを愛し、御自分の血によって罪から解放してくださった方に、

1:6 わたしたちを王とし、御自身の父である神に仕える祭司としてくださった方に、栄光と力が世々限りなくありますように、アーメン。

 

新共同 ヘブ 9:5

9:5 また、箱の上では、栄光の姿のケルビムが償いの座を覆っていました。こういうことについては、今はいちいち語ることはできません。

 

新共同 Tヨハ2:2

2:2 この方こそ、わたしたちの罪、いや、わたしたちの罪ばかりでなく、全世界の罪を償ういけにえです。

 

新共同 Tヨハ4:10

4:10 わたしたちが神を愛したのではなく、神がわたしたちを愛して、わたしたちの罪を償ういけにえとして、御子をお遣わしになりました。ここに愛があります。

 

新共同 ロマ 2:4

2:4 あるいは、神の憐れみがあなたを悔い改めに導くことも知らないで、その豊かな慈愛と寛容と忍耐とを軽んじるのですか。

 

新共同 ロマ 2:17

2:17 ところで、あなたはユダヤ人と名乗り、律法に頼り、神を誇りとし、

 

新共同 ロマ 2:23

2:23 あなたは律法を誇りとしながら、律法を破って神を侮っている。

 

新共同 ロマ 4:2

4:2 もし、彼が行いによって義とされたのであれば、誇ってもよいが、神の前ではそれはできません。

 

新共同 Tコリ1:29-31

1:29 それは、だれ一人、神の前で誇ることがないようにするためです。

1:30 神によってあなたがたはキリスト・イエスに結ばれ、このキリストは、わたしたちにとって神の知恵となり、義と聖と贖いとなられたのです。

1:31 「誇る者は主を誇れ」と書いてあるとおりになるためです。

 

新共同 ロマ 9:32

9:32 なぜですか。イスラエルは、信仰によってではなく、行いによって達せられるかのように、考えたからです。彼らはつまずきの石につまずいたのです。

 

新共同 エペ 2:9

2:9 行いによるのではありません。それは、だれも誇ることがないためなのです。

 

新共同 ロマ 3:20

3:20 なぜなら、律法を実行することによっては、だれ一人神の前で義とされないからです。律法によっては、罪の自覚しか生じないのです。

 

新共同 ロマ 5:1

5:1 このように、わたしたちは信仰によって義とされたのだから、わたしたちの主イエス・キリストによって神との間に平和を得ており、

 

新共同 ロマ 9:24

9:24 神はわたしたちを憐れみの器として、ユダヤ人からだけでなく、異邦人の中からも召し出してくださいました。

 

新共同 ロマ 15:9

15:9 異邦人が神をその憐れみのゆえにたたえるようになるためです。「そのため、わたしは異邦人の中であなたをたたえ、/あなたの名をほめ歌おう」と書いてあるとおりです。

 

新共同 Tコリ8:4

8:4 そこで、偶像に供えられた肉を食べることについてですが、世の中に偶像の神などはなく、また、唯一の神以外にいかなる神もいないことを、わたしたちは知っています。

 

新共同 ガラ 3:8

3:8 聖書は、神が異邦人を信仰によって義となさることを見越して、「あなたのゆえに異邦人は皆祝福される」という福音をアブラハムに予告しました。

 

新共同 ロマ 3:4

3:4 決してそうではない。人はすべて偽り者であるとしても、神は真実な方であるとすべきです。「あなたは、言葉を述べるとき、正しいとされ、/裁きを受けるとき、勝利を得られる」と書いてあるとおりです。

 

新共同 ロマ 8:4

8:4 それは、肉ではなく霊に従って歩むわたしたちの内に、律法の要求が満たされるためでした。

 

(仏)THE NEW JERUSALEM BIBLE 1985 の引照

口語訳 ロマ 1:16

1:16 わたしは福音を恥としない。それは、ユダヤ人をはじめ、ギリシヤ人にも、すべて信じる者に、救を得させる神の力である。

 

口語訳 ガラ 2:16

2:16 人の義とされるのは律法の行いによるのではなく、ただキリスト・イエスを信じる信仰によることを認めて、わたしたちもキリスト・イエスを信じたのである。それは、律法の行いによるのではなく、キリストを信じる信仰によって義とされるためである。なぜなら、律法の行いによっては、だれひとり義とされることがないからである。

 

口語訳 ガラ 3:1-29

3:1 ああ、物わかりのわるいガラテヤ人よ。十字架につけられたイエス・キリストが、あなたがたの目の前に描き出されたのに、いったい、だれがあなたがたを惑わしたのか。

3:2 わたしは、ただこの一つの事を、あなたがたに聞いてみたい。あなたがたが御霊を受けたのは、律法を行ったからか、それとも、聞いて信じたからか。

3:3 あなたがたは、そんなに物わかりがわるいのか。御霊で始めたのに、今になって肉で仕上げるというのか。

3:4 あれほどの大きな経験をしたことは、むだであったのか。まさか、むだではあるまい。

3:5 すると、あなたがたに御霊を賜い、力あるわざをあなたがたの間でなされたのは、律法を行ったからか、それとも、聞いて信じたからか。

3:6 このように、アブラハムは「神を信じた。それによって、彼は義と認められた」のである。

3:7 だから、信仰による者こそアブラハムの子であることを、知るべきである。

3:8 聖書は、神が異邦人を信仰によって義とされることを、あらかじめ知って、アブラハムに、「あなたによって、すべての国民は祝福されるであろう」との良い知らせを、予告したのである。

3:9 このように、信仰による者は、信仰の人アブラハムと共に、祝福を受けるのである。

3:10 いったい、律法の行いによる者は、皆のろいの下にある。「律法の書に書いてあるいっさいのことを守らず、これを行わない者は、皆のろわれる」と書いてあるからである。

3:11 そこで、律法によっては、神のみまえに義とされる者はひとりもないことが、明らかである。なぜなら、「信仰による義人は生きる」からである。

3:12 律法は信仰に基いているものではない。かえって、「律法を行う者は律法によって生きる」のである。

3:13 キリストは、わたしたちのためにのろいとなって、わたしたちを律法ののろいからあがない出して下さった。聖書に、「木にかけられる者は、すべてのろわれる」と書いてある。

3:14 それは、アブラハムの受けた祝福が、イエス・キリストにあって異邦人に及ぶためであり、約束された御霊を、わたしたちが信仰によって受けるためである。

3:15 兄弟たちよ。世のならわしを例にとって言おう。人間の遺言でさえ、いったん作成されたら、これを無効にしたり、これに付け加えたりすることは、だれにもできない。

3:16 さて、約束は、アブラハムと彼の子孫とに対してなされたのである。それは、多数をさして「子孫たちとに」と言わずに、ひとりをさして「あなたの子孫とに」と言っている。これは、キリストのことである。

3:17 わたしの言う意味は、こうである。神によってあらかじめ立てられた契約が、四百三十年の後にできた律法によって破棄されて、その約束がむなしくなるようなことはない。

3:18 もし相続が、律法に基いてなされるとすれば、もはや約束に基いたものではない。ところが事実、神は約束によって、相続の恵みをアブラハムに賜わったのである。

3:19 それでは、律法はなんであるか。それは違反を促すため、あとから加えられたのであって、約束されていた子孫が来るまで存続するだけのものであり、かつ、天使たちをとおし、仲介者の手によって制定されたものにすぎない。

3:20 仲介者なるものは、一方だけに属する者ではない。しかし、神はひとりである。

3:21 では、律法は神の約束と相いれないものか。断じてそうではない。もし人を生かす力のある律法が与えられていたとすれば、義はたしかに律法によって実現されたであろう。

3:22 しかし、約束が、信じる人々にイエス・キリストに対する信仰によって与えられるために、聖書はすべての人を罪の下に閉じ込めたのである。

3:23 しかし、信仰が現れる前には、わたしたちは律法の下で監視されており、やがて啓示される信仰の時まで閉じ込められていた。

3:24 このようにして律法は、信仰によって義とされるために、わたしたちをキリストに連れて行く養育掛となったのである。

3:25 しかし、いったん信仰が現れた以上、わたしたちは、もはや養育掛のもとにはいない。

3:26 あなたがたはみな、キリスト・イエスにある信仰によって、神の子なのである。

3:27 キリストに合うバプテスマを受けたあなたがたは、皆キリストを着たのである。

3:28 もはや、ユダヤ人もギリシヤ人もなく、奴隷も自由人もなく、男も女もない。あなたがたは皆、キリスト・イエスにあって一つだからである。

3:29 もしキリストのものであるなら、あなたがたはアブラハムの子孫であり、約束による相続人なのである。

 

口語訳 エペ 2:8

2:8 あなたがたの救われたのは、実に、恵みにより、信仰によるのである。それは、あなたがた自身から出たものではなく、神の賜物である。

 

口語訳 Tヨハ2:2

2:2 彼は、わたしたちの罪のための、あがないの供え物である。ただ、わたしたちの罪のためばかりではなく、全世界の罪のためである。

 

口語訳 Tヨハ4:10

4:10 わたしたちが神を愛したのではなく、神がわたしたちを愛して下さって、わたしたちの罪のためにあがないの供え物として、御子をおつかわしになった。ここに愛がある。

 

口語訳 ロマ 2:17

2:17 もしあなたが、自らユダヤ人と称し、律法に安んじ、神を誇とし、

 

口語訳 ロマ 4:2-3

4:2 もしアブラハムが、その行いによって義とされたのであれば、彼は誇ることができよう。しかし、神のみまえでは、できない。

4:3 なぜなら、聖書はなんと言っているか、「アブラハムは神を信じた。それによって、彼は義と認められた」とある。

 

口語訳 ロマ 5:2

5:2 わたしたちは、さらに彼により、いま立っているこの恵みに信仰によって導き入れられ、そして、神の栄光にあずかる希望をもって喜んでいる。

 

口語訳 ロマ 11:18

11:18 あなたはその枝に対して誇ってはならない。たとえ誇るとしても、あなたが根をささえているのではなく、根があなたをささえているのである。

 

口語訳 ガラ 6:13-14

6:13 事実、割礼のあるもの自身が律法を守らず、ただ、あなたがたの肉について誇りたいために、割礼を受けさせようとしているのである。

6:14 しかし、わたし自身には、わたしたちの主イエス・キリストの十字架以外に、誇とするものは、断じてあってはならない。この十字架につけられて、この世はわたしに対して死に、わたしもこの世に対して死んでしまったのである。

 

口語訳 エペ 2:9

2:9 決して行いによるのではない。それは、だれも誇ることがないためなのである。

 

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