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ローマ 9:1−5

パウロの悩み ―― 同胞イスラエル人の不信仰

 

 

翻訳比較

 

岩波翻訳委員会訳1995

450901私はキリストにあって真理を語っている。聖霊において私の良心も私と共に証しをしているが、私は偽りは言わない。

450902すなわち、私には大きな悲しみがあり、私の心には絶えることのない痛みがある。450903なぜならば私は、私の兄弟たち、すなわち肉による私の同胞のために、私自身キリストから〔引き離されて〕呪いとなることを〔くり返し〕願った〔ほどだ〕からである。

450904彼らはイスラエル人であり、子とされることも、栄光も、もろもろの契約も、律法制定も、礼拝も、もろもろの約束も、彼らのものであり、

450905父祖たちも彼らのものであり、肉によればキリストも彼らを出自(しゅつじ)とする。すべてのものの上におられる神は、永遠に賞むべきである。アーメン。

 

新共同訳1987

9:1 わたしはキリストに結ばれた者として真実を語り、偽りは言わない。わたしの良心も聖霊によって証ししていることですが、

9:2 わたしには深い悲しみがあり、わたしの心には絶え間ない痛みがあります。

9:3 わたし自身、兄弟たち、つまり肉による同胞のためならば、キリストから離され、神から見捨てられた者となってもよいとさえ思っています。

9:4 彼らはイスラエルの民です。神の子としての身分、栄光、契約、律法、礼拝、約束は彼らのものです。

9:5 先祖たちも彼らのものであり、肉によればキリストも彼らから出られたのです。キリストは、万物の上におられる、永遠にほめたたえられる神、アーメン。

 

前田訳1978

9:1 わたしはキリストにあって真実をいい、うそはいいません。わが良心も聖霊によって証します。

9:2 それはわが心に大きな悲しみと絶えぬ痛みがあることです。

9:3 肉にある同族の兄弟たちのためならば、わたし自身は呪われてキリストから離れても、と祈りつづけました。

9:4 彼らはイスラエル人です。(神の)子の資格、栄光、契約、律法、礼拝、約束は彼らのものです。

9:5 父祖たちは彼らのもの、肉によればキリストも彼らの出です。彼は万物の上にいます神としてとこしえに讃むべきです。アーメン。

 

新改訳1970

9:1 私はキリストにあって真実を言い、偽りを言いません。次のことは、私の良心も、聖霊によってあかししています。

9:2 私には大きな悲しみがあり、私の心には絶えず痛みがあります。

9:3 もしできることなら、私の同胞、肉による同国人のために、この私がキリストから引き離されて、のろわれた者となることさえ願いたいのです。

9:4 彼らはイスラエル人です。子とされることも、栄光も、契約も、律法を与えられることも、礼拝も、約束も彼らのものです。

9:5 先祖たちも彼らのものです。またキリストも、人としては彼らから出られたのです。このキリストは万物の上にあり、とこしえにほめたたえられる神です。アーメン。

 

塚本訳1963

9:1 私はキリストにある者として本当のことを言う、嘘はつかない。わたしの良心も聖霊によって、(それが本当であることを)保証してくれる。

9:2 (わたしが急にこんなことを言い出したら信じてくれないかも知れないが、)わたしに大きな悲しみと、心に絶えざる痛みとがあるのである。

9:3 ほんとうに、兄弟すなわち血を分けた同胞の(救われる)ためならば、このわたしは呪われて、救世主(の救い)から離れ落ちてもよいと、幾たび(神に)願ったことであろう。

9:4 (言うまでもなく、)それはイスラエル人のことである。(彼らは神の)子たる身分(を与えられ、神の)栄光(はその中に住み、)かずかずの契約(は神との間に結ばれ、比類のない)律法、(荘厳な)礼拝、多くの(恩恵の)約束は、(ことごとく)彼らのものである。

9:5 (また、アブラハム、イサク、ヤコブなどの偉大な)祖先たちは彼らのものであり、救世主も人間としては彼らから出られたのである。一切のものの上におられる神なる彼は、永遠に賛美すべきである、アーメン。

 

口語訳1955

9:1 わたしはキリストにあって真実を語る。偽りは言わない。わたしの良心も聖霊によって、わたしにこうあかしをしている。

9:2 すなわち、わたしに大きな悲しみがあり、わたしの心に絶えざる痛みがある。

9:3 実際、わたしの兄弟、肉による同族のためなら、わたしのこの身がのろわれて、キリストから離されてもいとわない。

9:4 彼らはイスラエル人であって、子たる身分を授けられることも、栄光も、もろもろの契約も、律法を授けられることも、礼拝も、数々の約束も彼らのもの、

9:5 また父祖たちも彼らのものであり、肉によればキリストもまた彼らから出られたのである。万物の上にいます神は、永遠にほむべきかな、アァメン。

 

文語訳1917

"450901","我キリストに在りて眞をいひ虚僞を言はず、"

"450902","我に大いなる憂あることと心に絶えざる痛あることを、我が良心も聖靈によりて證す。"

"450903","もし我が兄弟わが骨肉の爲にならんには、我みづから詛はれてキリストに棄てらるるも亦ねがふ所なり。"

"450904","彼等はイスラエル人にして、彼らには神の子とせられたることと、榮光と、もろもろの契約と、授け轤黷スる律法と、禮拜と、もろもろの約束とあり。"

"450905","先祖たちも彼等のものなり、肉によれば、キリストも彼等より出で給ひたり。キリストは萬物の上にあり、永遠に讃むべき神なり、アァメン。"

 

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各国聖書引照編集

 

(独)NESTLE-ALAND  NOVUM TESTAMENTUM  GRAECE 27版1993 の引照

新共同 Tコリ11:31

11:31 わたしたちは、自分をわきまえていれば、裁かれはしません。

 

新共同 Tコリ16:22

16:22 主を愛さない者は、神から見捨てられるがいい。マラナ・タ(主よ、来てください)。

 

新共同 ロマ 9:8-9

9:8 すなわち、肉による子供が神の子供なのではなく、約束に従って生まれる子供が、子孫と見なされるのです。

9:9 約束の言葉は、「来年の今ごろに、わたしは来る。そして、サラには男の子が生まれる」というものでした。

 

(英・米)THE NEW TREASURY OF SCRIPTURE KNOWLEDGE 1982 の引照

口語訳 ロマ 1:9

1:9 わたしは、祈のたびごとに、絶えずあなたがたを覚え、いつかは御旨にかなって道が開かれ、どうにかして、あなたがたの所に行けるようにと願っている。このことについて、わたしのためにあかしをして下さるのは、わたしが霊により、御子の福音を宣べ伝えて仕えている神である。

 

口語訳 Uコリ12:19

12:19 あなたがたは、わたしたちがあなたがたに対して弁明をしているのだと、今までずっと思ってきたであろう。しかし、わたしたちは、神のみまえでキリストにあって語っているのである。愛する者たちよ。これらすべてのことは、あなたがたの徳を高めるためなのである。

 

口語訳 Uコリ11:31

11:31 永遠にほむべき、主イエス・キリストの父なる神は、わたしが偽りを言っていないことを、ご存じである。

 

口語訳 ロマ 10:1

10:1 兄弟たちよ。わたしの心の願い、彼らのために神にささげる祈は、彼らが救われることである。

 

口語訳 ピリ 3:18

3:18 わたしがそう言うのは、キリストの十字架に敵対して歩いている者が多いからである。わたしは、彼らのことをしばしばあなたがたに話したが、今また涙を流して語る。

 

口語訳 Tコリ5:5

5:5 彼の肉が滅ぼされても、その霊が主のさばきの日に救われるように、彼をサタンに引き渡してしまったのである。

 

口語訳 ガラ 3:13

3:13 キリストは、わたしたちのためにのろいとなって、わたしたちを律法ののろいからあがない出して下さった。聖書に、「木にかけられる者は、すべてのろわれる」と書いてある。

 

口語訳 ロマ 11:1

11:1 そこで、わたしは問う、「神はその民を捨てたのであろうか」。断じてそうではない。わたしもイスラエル人であり、アブラハムの子孫、ベニヤミン族の者である。

 

口語訳 ロマ 15:8

15:8 わたしは言う、キリストは神の真実を明らかにするために、割礼のある者の僕となられた。それは父祖たちの受けた約束を保証すると共に、

 

口語訳 ロマ 11:28

11:28 福音について言えば、彼らは、あなたがたのゆえに、神の敵とされているが、選びについて言えば、父祖たちのゆえに、神に愛せられる者である。

 

口語訳 ピリ 2:6-11

2:6 キリストは、神のかたちであられたが、神と等しくあることを固守すべき事とは思わず、

2:7 かえって、おのれをむなしうして僕のかたちをとり、人間の姿になられた。その有様は人と異ならず、

2:8 おのれを低くして、死に至るまで、しかも十字架の死に至るまで従順であられた。

2:9 それゆえに、神は彼を高く引き上げ、すべての名にまさる名を彼に賜わった。

2:10 それは、イエスの御名によって、天上のもの、地上のもの、地下のものなど、あらゆるものがひざをかがめ、

2:11 また、あらゆる舌が、「イエス・キリストは主である」と告白して、栄光を父なる神に帰するためである。

 

口語訳 Tコリ2:8

2:8 この世の支配者たちのうちで、この知恵を知っていた者は、ひとりもいなかった。もし知っていたなら、栄光の主を十字架につけはしなかったであろう。

 

口語訳 ロマ 1:25

1:25 彼らは神の真理を変えて虚偽とし、創造者の代りに被造物を拝み、これに仕えたのである。創造者こそ永遠にほむべきものである、アァメン。

 

(日)新共同訳1987の引照

新共同 Uコリ11:10

11:10 わたしの内にあるキリストの真実にかけて言います。このようにわたしが誇るのを、アカイア地方で妨げられることは決してありません。

 

新共同 ガラ 1:20

1:20 わたしがこのように書いていることは、神の御前で断言しますが、うそをついているのではありません。

 

新共同 Tテモ2:7

2:7 わたしは、その証しのために宣教者また使徒として、すなわち異邦人に信仰と真理を説く教師として任命されたのです。わたしは真実を語っており、偽りは言っていません。

 

新共同 ロマ 1:9

1:9 わたしは、御子の福音を宣べ伝えながら心から神に仕えています。その神が証ししてくださることですが、わたしは、祈るときにはいつもあなたがたのことを思い起こし、

 

新共同 ロマ 11:14

11:14 何とかして自分の同胞にねたみを起こさせ、その幾人かでも救いたいのです。

 

新共同 エペ 6:5

6:5 奴隷たち、キリストに従うように、恐れおののき、真心を込めて、肉による主人に従いなさい。

 

新共同 Tコリ12:3

12:3 ここであなたがたに言っておきたい。神の霊によって語る人は、だれも「イエスは神から見捨てられよ」とは言わないし、また、聖霊によらなければ、だれも「イエスは主である」とは言えないのです。

 

新共同 Tコリ16:22

16:22 主を愛さない者は、神から見捨てられるがいい。マラナ・タ(主よ、来てください)。

 

新共同 ガラ 1:8-9

1:8 しかし、たとえわたしたち自身であれ、天使であれ、わたしたちがあなたがたに告げ知らせたものに反する福音を告げ知らせようとするならば、呪われるがよい。

1:9 わたしたちが前にも言っておいたように、今また、わたしは繰り返して言います。あなたがたが受けたものに反する福音を告げ知らせる者がいれば、呪われるがよい。

 

新共同 ロマ 9:6

9:6 ところで、神の言葉は決して効力を失ったわけではありません。イスラエルから出た者が皆、イスラエル人ということにはならず、

 

新共同 Uコリ11:22

11:22 彼らはヘブライ人なのか。わたしもそうです。イスラエル人なのか。わたしもそうです。アブラハムの子孫なのか。わたしもそうです。

 

新共同 ロマ 8:15

8:15 あなたがたは、人を奴隷として再び恐れに陥れる霊ではなく、神の子とする霊を受けたのです。この霊によってわたしたちは、「アッバ、父よ」と呼ぶのです。

 

新共同 ヘブ 9:5

9:5 また、箱の上では、栄光の姿のケルビムが償いの座を覆っていました。こういうことについては、今はいちいち語ることはできません。

 

新共同 エペ 2:12

2:12 また、そのころは、キリストとかかわりなく、イスラエルの民に属さず、約束を含む契約と関係なく、この世の中で希望を持たず、神を知らずに生きていました。

 

新共同 ヘブ 9:1

9:1 さて、最初の契約にも、礼拝の規定と地上の聖所とがありました。

 

新共同 ヘブ 9:6

9:6 以上のものがこのように設けられると、祭司たちは礼拝を行うために、いつも第一の幕屋に入ります。

 

新共同 ヘブ 9:9

9:9 この幕屋とは、今という時の比喩です。すなわち、供え物といけにえが献げられても、礼拝をする者の良心を完全にすることができないのです。

 

新共同 ロマ 11:26

11:26 こうして全イスラエルが救われるということです。次のように書いてあるとおりです。「救う方がシオンから来て、/ヤコブから不信心を遠ざける。

 

新共同 ロマ 1:3

1:3 御子に関するものです。御子は、肉によればダビデの子孫から生まれ、

 

新共同 コロ 1:16-20

1:16 天にあるものも地にあるものも、見えるものも見えないものも、王座も主権も、支配も権威も、万物は御子において造られたからです。つまり、万物は御子によって、御子のために造られました。

1:17 御子はすべてのものよりも先におられ、すべてのものは御子によって支えられています。

1:18 また、御子はその体である教会の頭です。御子は初めの者、死者の中から最初に生まれた方です。こうして、すべてのことにおいて第一の者となられたのです。

1:19 神は、御心のままに、満ちあふれるものを余すところなく御子の内に宿らせ、

1:20 その十字架の血によって平和を打ち立て、地にあるものであれ、天にあるものであれ、万物をただ御子によって、御自分と和解させられました。

 

新共同 ロマ 1:25

1:25 神の真理を偽りに替え、造り主の代わりに造られた物を拝んでこれに仕えたのです。造り主こそ、永遠にほめたたえられるべき方です、アーメン。

 

(仏)THE NEW JERUSALEM BIBLE 1985 の引照

口語訳 Uコリ12:7

12:7 そこで、高慢にならないように、わたしの肉体に一つのとげが与えられた。それは、高慢にならないように、わたしを打つサタンの使なのである。

 

口語訳 エペ 2:12

2:12 またその当時は、キリストを知らず、イスラエルの国籍がなく、約束されたいろいろの契約に縁がなく、この世の中で希望もなく神もない者であった。

 

口語訳 ロマ 1:3

1:3 御子に関するものである。御子は、肉によればダビデの子孫から生れ、

 

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ローマ 9:6−13

神の言葉が反故になったのではない

 

 

翻訳比較

 

岩波翻訳委員会訳1995

450906さて、神の言葉が〔地に〕墜ちてしまったわけではない。なぜならば、それらイ

スラエルから出た者すべてがイスラエルであるわけではなく、

450907アブラハムの子孫がすべてその子供たちであるわけでもないからである。むしろ、あなたにとっての子孫は、イサクにおいて召し出されるであろう

450908このことはすなわち、肉の子供たちそのものが神の子供たちなのだというのではなく、むしろ約束の子供たちが子孫と認められるのだ、ということを意味している。

450909〔アブラハムに与えられた〕約束の言葉とは、次のとおりだからである。〔すなわち、〕その時節に、私は来るであろう。そしてサラに息子が生まれるであろう。

450910それだけではなく、私たちの父祖イサクという一人の男性によって妊娠したリ

ベカもまた〔そうである〕。

450911なぜならば、まだ〔双子の子供たちが〕生まれてもおらず、善いことも悪いことも何もしてはいない時に、選びによる神の計画が存続するために、

450912〔しかも〕業によってではなく、むしろ召した方によって〔そのようになされるために〕、彼女には〔次のように言われたからである。すなわち、兄は弟に隷属するであろう、と。

450913次のように書かれている。私はヤコブを愛した。しかしエサウを悩んだ。

 

新共同訳1987

9:6 ところで、神の言葉は決して効力を失ったわけではありません。イスラエルから出た者が皆、イスラエル人ということにはならず、

9:7 また、アブラハムの子孫だからといって、皆がその子供ということにはならない。かえって、「イサクから生まれる者が、あなたの子孫と呼ばれる。」

9:8 すなわち、肉による子供が神の子供なのではなく、約束に従って生まれる子供が、子孫と見なされるのです。

9:9 約束の言葉は、「来年の今ごろに、わたしは来る。そして、サラには男の子が生まれる」というものでした。

9:10 それだけではなく、リベカが、一人の人、つまりわたしたちの父イサクによって身ごもった場合にも、同じことが言えます。

9:11 -12その子供たちがまだ生まれもせず、善いことも悪いこともしていないのに、「兄は弟に仕えるであろう」とリベカに告げられました。それは、自由な選びによる神の計画が人の行いにはよらず、お召しになる方によって進められるためでした。

9:13 「わたしはヤコブを愛し、/エサウを憎んだ」と書いてあるとおりです。

9:14 では、どういうことになるのか。神に不義があるのか。決してそうではない。

 

前田訳1978

9:6 しかし神のことばが廃ったわけではありません。イスラエルの出が皆イスラエル人ではなく、

9:7 アブラハムの末が皆その子どもではありません。「あなたの末として召されるのはイサクの家系です」。

9:8 すなわち肉の子どもが神の子どもではなく、約束の子どもが末と認められます。

9:9 約束のことばは、「この季節にまた来ましょう、そしてサラに息子ができるでしょう」です。

9:10 そればかりでなく、リベカもそうで、ひとりの男、すなわちわれらの先祖のイサクによって身ごもりました。

9:11 ふたりがまだ産まれず、善も悪もしないうちに、神の選びによる予定は変らず、

9:12 それが(人の)行ないによらずお召しになる方によるようにと、「兄は弟に仕える」とリベカにいわれました。

9:13 「わたしはヤコブを愛したがエサウを憎んだ」と聖書にあるとおりです。

 

新改訳1970

9:6 しかし、神のみことばが無効になったわけではありません。なぜなら、イスラエルから出る者がみな、イスラエルなのではなく、

9:7 アブラハムから出たからといって、すべてが子どもなのではなく、「イサクから出る者があなたの子孫と呼ばれる。」のだからです。

9:8 すなわち、肉の子どもがそのまま神の子どもではなく、約束の子どもが子孫とみなされるのです。

9:9 約束のみことばはこうです。「私は来年の今ごろ来ます。そして、サラは男の子を産みます。」

9:10 このことだけでなく、私たちの先祖イサクひとりによってみごもったリベカのこともあります。

9:11 その子どもたちは、まだ生まれてもおらず、善も悪も行なわないうちに、神の選びの計画の確かさが、行ないにはよらず、召してくださる方によるようにと、

9:12 「兄は弟に仕える。」と彼女に告げられたのです。

9:13 「わたしはヤコブを愛し、エサウを憎んだ。」と書いてあるとおりです。

 

塚本訳1963

9:6 (ところがイスラエル人は、この約束の成就であるイエス・キリストを十字架につけて殺してしまった。)しかしこれは、神の(約束の)言葉が反故になったなどというのでは決してない。なぜなら、(祖先)イスラエル[ヤコブ]から出た者が皆、イスラエル人だという訳ではないからである。

9:7 またアブラハムの子孫だからとて、それが皆その子供とはかぎらない。(その証拠には、神は女奴隷ハガルとの間のイシマエルを正当の子とみなさず、『正妻サラとの間の約束の子)イサクから生まれる者が、あなたの子孫となるべきである』と(仰せられたと聖書に)ある。

9:8 すなわち、(アブラハムの)血筋を引く子供が、当然に(彼の子孫として約束にあずかる)神の子供ではなく、約束の(言葉によって生まれた)子供(だけ)が、(彼の)子孫と見なされるのである。

9:9 なぜなら、(イサクが生まれるについては、)次のような約束の言葉があるから。(『来年の)今ごろわたしは(また)来る。するとサラに息子ができる。』(こうしてイサクが生まれない前に、神は彼をアブラハムの正当の子孫と見なすことを約束された。)

9:10 そればかりではない。(一人の女)リベカが、一人の男すなわちわたし達の祖先イサクによって孕んだ場合も、その一例である。

9:11 なぜか。(同じ父母から生まれた二子であるのに、弟ヤコブの方が、兄エサウを差し置いて相続人になったのである。すなわち)二人がまだ生まれず、(従って)なんの善いことも悪いこともしない先に、──これは、神の選びの計画は不動であり、

9:12 (人の)行いによらず、召されるお方(の御心)による(ことを示す)ためであったが──『兄は弟に仕える』と神はリベカに言われた。

9:13 (そして預言どおりにヤコブが選ばれた。)『わたしはヤコブを愛したが、エサウを憎んだ』と書いてあるとおりである。

 

口語訳1955

9:6 しかし、神の言が無効になったというわけではない。なぜなら、イスラエルから出た者が全部イスラエルなのではなく、

9:7 また、アブラハムの子孫だからといって、その全部が子であるのではないからである。かえって「イサクから出る者が、あなたの子孫と呼ばれるであろう」。

9:8 すなわち、肉の子がそのまま神の子なのではなく、むしろ約束の子が子孫として認められるのである。

9:9 約束の言葉はこうである。「来年の今ごろ、わたしはまた来る。そして、サラに男子が与えられるであろう」。

9:10 そればかりではなく、ひとりの人、すなわち、わたしたちの父祖イサクによって受胎したリベカの場合も、また同様である。

9:11 まだ子供らが生れもせず、善も悪もしない先に、神の選びの計画が、

9:12 わざによらず、召したかたによって行われるために、「兄は弟に仕えるであろう」と、彼女に仰せられたのである。

9:13 「わたしはヤコブを愛しエサウを憎んだ」と書いてあるとおりである。

 

文語訳1917

"450906","それ神の言は廢りたるに非ず、イスラエルより出づる者みなイスラエルなるに非ず、"

"450907","また彼等はアブラハムの裔なればとて皆その子たるに非ず『イサクより出づる者は、汝の裔と稱へらるベし』とあり。"

"450908","即ち肉の子らは神の子にあらず、ただ約束の子等のみ其の裔と認めらるるなり。"

"450909","約束の御言は是なり、曰く『時ふたたび巡り來たらば、我きたりてサラに男子あらん』と。"

"450910","然のみならず、レベカも我らの先祖イサク一人によりて孕りたる時、"

"450911","その子いまだ生れず、善も惡もなさぬ間に、神の選の御旨は動かず、  "

"450912","行爲によらで召す者によらん爲に『兄は次弟に事ふベし』とレベカに宣へり。"

"450913","『われヤコブを愛しエザウを憎めり』と録されたる如し。"

 

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各国聖書引照編集

 

(独)NESTLE-ALAND  NOVUM TESTAMENTUM  GRAECE 27版1993 の引照

新共同 エペ 1:11

1:11 キリストにおいてわたしたちは、御心のままにすべてのことを行われる方の御計画によって前もって定められ、約束されたものの相続者とされました。

 

(英・米)THE NEW TREASURY OF SCRIPTURE KNOWLEDGE 1982 の引照

口語訳 ロマ 3:3

3:3 すると、どうなるのか。もし、彼らのうちに不真実の者があったとしたら、その不真実によって、神の真実は無になるであろうか。

 

口語訳 ロマ 11:1-2

11:1 そこで、わたしは問う、「神はその民を捨てたのであろうか」。断じてそうではない。わたしもイスラエル人であり、アブラハムの子孫、ベニヤミン族の者である。

11:2 神は、あらかじめ知っておられたその民を、捨てることはされなかった。聖書がエリヤについてなんと言っているか、あなたがたは知らないのか。すなわち、彼はイスラエルを神に訴えてこう言った。

 

口語訳 Tテサ2:13

2:13 これらのことを考えて、わたしたちがまた絶えず神に感謝しているのは、あなたがたがわたしたちの説いた神の言を聞いた時に、それを人間の言葉としてではなく、神の言として――事実そのとおりであるが――受けいれてくれたことである。そして、この神の言は、信じるあなたがたのうちに働いているのである。

 

口語訳 ロマ 2:28-29

2:28 というのは、外見上のユダヤ人がユダヤ人ではなく、また、外見上の肉における割礼が割礼でもない。

2:29 かえって、隠れたユダヤ人がユダヤ人であり、また、文字によらず霊による心の割礼こそ割礼であって、そのほまれは人からではなく、神から来るのである。

 

口語訳 ロマ 4:12-16

4:12 かつ、割礼の者の父となるためなのである。割礼の者というのは、割礼を受けた者ばかりではなく、われらの父アブラハムが無割礼の時に持っていた信仰の足跡を踏む人々をもさすのである。

4:13 なぜなら、世界を相続させるとの約束が、アブラハムとその子孫とに対してなされたのは、律法によるのではなく、信仰の義によるからである。

4:14 もし、律法に立つ人々が相続人であるとすれば、信仰はむなしくなり、約束もまた無効になってしまう。

4:15 いったい、律法は怒りを招くものであって、律法のないところには違反なるものはない。

4:16 このようなわけで、すべては信仰によるのである。それは恵みによるのであって、すべての子孫に、すなわち、律法に立つ者だけにではなく、アブラハムの信仰に従う者にも、この約束が保証されるのである。アブラハムは、神の前で、わたしたちすべての者の父であって、

 

口語訳 ガラ 6:16

6:16 この法則に従って進む人々の上に、平和とあわれみとがあるように。また、神のイスラエルの上にあるように。

 

口語訳 ガラ 3:26-29

3:26 あなたがたはみな、キリスト・イエスにある信仰によって、神の子なのである。

3:27 キリストに合うバプテスマを受けたあなたがたは、皆キリストを着たのである。

3:28 もはや、ユダヤ人もギリシヤ人もなく、奴隷も自由人もなく、男も女もない。あなたがたは皆、キリスト・イエスにあって一つだからである。

3:29 もしキリストのものであるなら、あなたがたはアブラハムの子孫であり、約束による相続人なのである。

 

口語訳 ガラ 4:23

4:23 女奴隷の子は肉によって生れたのであり、自由の女の子は約束によって生れたのであった。

 

口語訳 ロマ 8:28-30

8:28 神は、神を愛する者たち、すなわち、ご計画に従って召された者たちと共に働いて、万事を益となるようにして下さることを、わたしたちは知っている。

8:29 神はあらかじめ知っておられる者たちを、更に御子のかたちに似たものとしようとして、あらかじめ定めて下さった。それは、御子を多くの兄弟の中で長子とならせるためであった。

8:30 そして、あらかじめ定めた者たちを更に召し、召した者たちを更に義とし、義とした者たちには、更に栄光を与えて下さったのである。

 

口語訳 ロマ 11:5-7

11:5 それと同じように、今の時にも、恵みの選びによって残された者がいる。

11:6 しかし、恵みによるのであれば、もはや行いによるのではない。そうでないと、恵みはもはや恵みでなくなるからである。

11:7 では、どうなるのか。イスラエルはその追い求めているものを得ないで、ただ選ばれた者が、それを得た。そして、他の者たちはかたくなになった。

 

(日)新共同訳1987の引照

新共同 ロマ 2:28-29

2:28 外見上のユダヤ人がユダヤ人ではなく、また、肉に施された外見上の割礼が割礼ではありません。

2:29 内面がユダヤ人である者こそユダヤ人であり、文字ではなく"霊"によって心に施された割礼こそ割礼なのです。その誉れは人からではなく、神から来るのです。

 

新共同 ガラ 6:16

6:16 このような原理に従って生きていく人の上に、つまり、神のイスラエルの上に平和と憐れみがあるように。

 

新共同 ガラ 4:23

4:23 ところで、女奴隷の子は肉によって生まれたのに対し、自由な女から生まれた子は約束によって生まれたのでした。

 

新共同 ヘブ 11:18

11:18 この独り子については、「イサクから生まれる者が、あなたの子孫と呼ばれる」と言われていました。

 

新共同 ロマ 8:14

8:14 神の霊によって導かれる者は皆、神の子なのです。

 

新共同 ロマ 4:13

4:13 神はアブラハムやその子孫に世界を受け継がせることを約束されたが、その約束は、律法に基づいてではなく、信仰による義に基づいてなされたのです。

 

新共同 ロマ 4:16

4:16 従って、信仰によってこそ世界を受け継ぐ者となるのです。恵みによって、アブラハムのすべての子孫、つまり、単に律法に頼る者だけでなく、彼の信仰に従う者も、確実に約束にあずかれるのです。彼はわたしたちすべての父です。

 

新共同 ガラ 3:29

3:29 あなたがたは、もしキリストのものだとするなら、とりもなおさず、アブラハムの子孫であり、約束による相続人です。

 

新共同 ガラ 4:28

4:28 ところで、兄弟たち、あなたがたは、イサクの場合のように、約束の子です。

 

新共同 ヘブ 11:11

11:11 信仰によって、不妊の女サラ自身も、年齢が盛りを過ぎていたのに子をもうける力を得ました。約束をなさった方は真実な方であると、信じていたからです。

 

新共同 ロマ 5:3

5:3 そればかりでなく、苦難をも誇りとします。わたしたちは知っているのです、苦難は忍耐を、

 

新共同 ロマ 8:28

8:28 神を愛する者たち、つまり、御計画に従って召された者たちには、万事が益となるように共に働くということを、わたしたちは知っています。

 

新共同 エペ 1:11

1:11 キリストにおいてわたしたちは、御心のままにすべてのことを行われる方の御計画によって前もって定められ、約束されたものの相続者とされました。

 

新共同 エペ 3:11

3:11 これは、神がわたしたちの主キリスト・イエスによって実現された永遠の計画に沿うものです。

 

(仏)THE NEW JERUSALEM BIBLE 1985 の引照

口語訳 ロマ 3:3

3:3 すると、どうなるのか。もし、彼らのうちに不真実の者があったとしたら、その不真実によって、神の真実は無になるであろうか。

 

口語訳 ロマ 2:28-29

2:28 というのは、外見上のユダヤ人がユダヤ人ではなく、また、外見上の肉における割礼が割礼でもない。

2:29 かえって、隠れたユダヤ人がユダヤ人であり、また、文字によらず霊による心の割礼こそ割礼であって、そのほまれは人からではなく、神から来るのである。

 

口語訳 ガラ 4:21-31

4:21 律法の下にとどまっていたいと思う人たちよ。わたしに答えなさい。あなたがたは律法の言うところを聞かないのか。

4:22 そのしるすところによると、アブラハムにふたりの子があったが、ひとりは女奴隷から、ひとりは自由の女から生れた。

4:23 女奴隷の子は肉によって生れたのであり、自由の女の子は約束によって生れたのであった。

4:24 さて、この物語は比喩としてみられる。すなわち、この女たちは二つの契約をさす。そのひとりはシナイ山から出て、奴隷となる者を産む。ハガルがそれである。

4:25 ハガルといえば、アラビヤではシナイ山のことで、今のエルサレムに当る。なぜなら、それは子たちと共に、奴隷となっているからである。

4:26 しかし、上なるエルサレムは、自由の女であって、わたしたちの母をさす。

4:27 すなわち、こう書いてある、/「喜べ、不妊の女よ。声をあげて喜べ、産みの苦しみを知らない女よ。ひとり者となっている女は多くの子を産み、/その数は、夫ある女の子らよりも多い」。

4:28 兄弟たちよ。あなたがたは、イサクのように、約束の子である。

4:29 しかし、その当時、肉によって生れた者が、霊によって生れた者を迫害したように、今でも同様である。

4:30 しかし、聖書はなんと言っているか。「女奴隷とその子とを追い出せ。女奴隷の子は、自由の女の子と共に相続をしてはならない」とある。

4:31 だから、兄弟たちよ。わたしたちは女奴隷の子ではなく、自由の女の子なのである。

 

口語訳 ロマ 11:5-6

11:5 それと同じように、今の時にも、恵みの選びによって残された者がいる。

11:6 しかし、恵みによるのであれば、もはや行いによるのではない。そうでないと、恵みはもはや恵みでなくなるからである。

 

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ローマ 9:14−18

不公平でもない

 

 

翻訳比較

 

岩波翻訳委員会訳1995

450914では、私たちは何と言うのであろうか。神には不義があるのではないのか〔と言うのか〕断じてそんなことがあってはならない。

450915なぜならば、神はモーセに対して〔次のように〕言われているからである。私は私が憐れもうとする者を憐れむであろうし、私が慈しもうとする者を慈しむであろう。

450916それゆえに、〔これは〕意志する者や努力をする者によるのではなく、むしろ憐れむ神によるのである。

450917事実、聖書は〔エジプトの〕ファラオに対して〔次のように〕言っている。

私は、まさにこのことのためにあなたを立てた。〔すなわち〕あなたのうちに私の力を示すために、そして私の名が全地に告げ知らされるために。

450918それゆえに神は、自ら欲する者を憐れみ、自ら欲する者を頑なにされるのである。

 

新共同訳1987

9:14 では、どういうことになるのか。神に不義があるのか。決してそうではない。

9:15 神はモーセに、/「わたしは自分が憐れもうと思う者を憐れみ、/慈しもうと思う者を慈しむ」と言っておられます。

9:16 従って、これは、人の意志や努力ではなく、神の憐れみによるものです。

9:17 聖書にはファラオについて、「わたしがあなたを立てたのは、あなたによってわたしの力を現し、わたしの名を全世界に告げ知らせるためである」と書いてあります。

9:18 このように、神は御自分が憐れみたいと思う者を憐れみ、かたくなにしたいと思う者をかたくなにされるのです。

 

前田訳1978

9:14 それならわれらは何といいましょう。神に不義がありますか。 断じて 否です。

9:15 モ−セにいわれています、「わたしはあわれみたいものをあわれみ、いつくしみたいものをいつくしむ」と。

9:16 それゆえ、それは人の意欲や努力によらず、神のあわれみによります。

9:17 聖書はパロにこういいます、「わたしがあなたを立てたのは、あなたによってわが力を示すため、またわが名が全地に伝わるためにほかならない」と。

9:18 したがって神は思うままにあわれみ、思うままに頑になさいます。

 

新改訳1970

9:14 それでは、どういうことになりますか。神に不正があるのですか。絶対にそんなことはありません。

9:15 神はモーセに、「わたしは自分のあわれむ者をあわれみ、自分のいつくしむ者をいつくしむ。」と言われました。

9:16 したがって、事は人間の願いや努力によるのではなく、あわれんでくださる神によるのです。

9:17 聖書はパロに、「わたしがあなたを立てたのは、あなたにおいてわたしの力を示し、わたしの名を全世界に告げ知らせるためである。」と言っています。

9:18 こういうわけで、神は、人をみこころのままにあわれみ、またみこころのままにかたくなにされるのです。

 

塚本訳1963

9:14 するとどういうことになるのだろうか。神に不公平でもあるのか。もちろん、そんなことはない。

9:15 その証拠には、神は(かつて)モーセにこう言われている、『わたしは憐れみたい者を憐れみ、慈悲をほどこしたい者に慈悲をほどこす』と。

9:16 従って(憐れみも慈悲も、)それは(人間の)願望にも努力にもよらず、ただ神の憐れみによるのである。

9:17 (反対に、憐れみを奪われる場合も同じである。)現に聖書は、パロ[エジプト王]にこう(神が仰せられたと)言っているではないか、』わたしがあなたを(王として)立てたのは、(あなたの心を頑固にして私の命令にそむかせ、)あなたによってわたしの力を示すため、また、わたしの名が全世界に知れわたるため、ただそのためであった』と。

9:18 従って神は思うままに、ある人を憐れみ、ある人を、』頑固にされる』(ことは明らかである。)

 

口語訳1955

9:14 では、わたしたちはなんと言おうか。神の側に不正があるのか。断じてそうではない。

9:15 神はモーセに言われた、「わたしは自分のあわれもうとする者をあわれみ、いつくしもうとする者を、いつくしむ」。

9:16 ゆえに、それは人間の意志や努力によるのではなく、ただ神のあわれみによるのである。

9:17 聖書はパロにこう言っている、「わたしがあなたを立てたのは、この事のためである。すなわち、あなたによってわたしの力をあらわし、また、わたしの名が全世界に言いひろめられるためである」。

9:18 だから、神はそのあわれもうと思う者をあわれみ、かたくなにしようと思う者を、かたくなになさるのである。

 

文語訳1917

"450914","さらば何をか言はん、神には不義あるか。決して然らず。"

"450915","モーセに言ひ給ふ『われ憐まんとする者をあはれみ、慈悲を施さんとする者に慈悲を施すべし』と。  "

"450916","されば欲する者にも由らず、走る者にも由らず、ただ憐みたまふ神に由るなり。"

"450917","パロにつきて聖書に言ひ給ふ『わが汝を起したるは此の爲なり、即ち我が能力を汝によりて顯し、且わが名の全世界に傳へられん爲なり』と。"

"450918","されば神はその憐まんと欲する者を憐み、その頑固にせんと欲する者を頑固にし給ふなり。"

 

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各国聖書引照編集

 

(独)NESTLE-ALAND  NOVUM TESTAMENTUM  GRAECE 27版1993 の引照

 

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(英・米)THE NEW TREASURY OF SCRIPTURE KNOWLEDGE 1982 の引照

口語訳 ピリ 2:13

2:13 あなたがたのうちに働きかけて、その願いを起させ、かつ実現に至らせるのは神であって、それは神のよしとされるところだからである。

 

口語訳 ロマ 5:20-21

5:20 律法がはいり込んできたのは、罪過の増し加わるためである。しかし、罪の増し加わったところには、恵みもますます満ちあふれた。

5:21 それは、罪が死によって支配するに至ったように、恵みもまた義によって支配し、わたしたちの主イエス・キリストにより、永遠のいのちを得させるためである。

 

口語訳 ロマ 1:24-28

1:24 ゆえに、神は、彼らが心の欲情にかられ、自分のからだを互にはずかしめて、汚すままに任せられた。

1:25 彼らは神の真理を変えて虚偽とし、創造者の代りに被造物を拝み、これに仕えたのである。創造者こそ永遠にほむべきものである、アァメン。

1:26 それゆえ、神は彼らを恥ずべき情欲に任せられた。すなわち、彼らの中の女は、その自然の関係を不自然なものに代え、

1:27 男もまた同じように女との自然の関係を捨てて、互にその情欲の炎を燃やし、男は男に対して恥ずべきことをなし、そしてその乱行の当然の報いを、身に受けたのである。

1:28 そして、彼らは神を認めることを正しいとしなかったので、神は彼らを正しからぬ思いにわたし、なすべからざる事をなすに任せられた。

 

口語訳 ロマ 2:4-5

2:4 それとも、神の慈愛があなたを悔改めに導くことも知らないで、その慈愛と忍耐と寛容との富を軽んじるのか。

2:5 あなたのかたくなな、悔改めのない心のゆえに、あなたは、神の正しいさばきの現れる怒りの日のために神の怒りを、自分の身に積んでいるのである。

 

口語訳 Uコリ4:3-4

4:3 もしわたしたちの福音がおおわれているなら、滅びる者どもにとっておおわれているのである。

4:4 彼らの場合、この世の神が不信の者たちの思いをくらませて、神のかたちであるキリストの栄光の福音の輝きを、見えなくしているのである。

 

口語訳 Tテサ5:9

5:9 神は、わたしたちを怒りにあわせるように定められたのではなく、わたしたちの主イエス・キリストによって救を得るように定められたのである。

 

(日)新共同訳1987の引照

新共同 ロマ 3:5

3:5 しかし、わたしたちの不義が神の義を明らかにするとしたら、それに対して何と言うべきでしょう。人間の論法に従って言いますが、怒りを発する神は正しくないのですか。

 

新共同 ロマ 2:11

2:11 神は人を分け隔てなさいません。

 

新共同 ロマ 6:15

6:15 では、どうなのか。わたしたちは、律法の下ではなく恵みの下にいるのだから、罪を犯してよいということでしょうか。決してそうではない。

 

新共同 エペ 2:8

2:8 事実、あなたがたは、恵みにより、信仰によって救われました。このことは、自らの力によるのではなく、神の賜物です。

 

新共同 ロマ 11:31

11:31 それと同じように、彼らも、今はあなたがたが受けた憐れみによって不従順になっていますが、それは、彼ら自身も今憐れみを受けるためなのです。

 

新共同 ロマ 9:15

9:15 神はモーセに、/「わたしは自分が憐れもうと思う者を憐れみ、/慈しもうと思う者を慈しむ」と言っておられます。

 

新共同 ロマ 11:7

11:7 では、どうなのか。イスラエルは求めているものを得ないで、選ばれた者がそれを得たのです。他の者はかたくなにされたのです。

 

新共同 ロマ 11:25

11:25 兄弟たち、自分を賢い者とうぬぼれないように、次のような秘められた計画をぜひ知ってもらいたい。すなわち、一部のイスラエル人がかたくなになったのは、異邦人全体が救いに達するまでであり、

 

(仏)THE NEW JERUSALEM BIBLE 1985 の引照

口語訳 ロマ 3:5

3:5 しかし、もしわたしたちの不義が、神の義を明らかにするとしたら、なんと言うべきか。怒りを下す神は、不義であると言うのか(これは人間的な言い方ではある)。

 

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ローマ 9:19−24

人は神に抗議を申し出ることは出来ない

 

 

翻訳比較

 

岩波翻訳委員会訳1995

450919そこで、あなたは私に言う〔であろう〕、「[それでは]なぜ神は、なおも〔人を〕責めるのか。実際、誰が神の意向に逆らう〔ことができる〕のか」。

450920ああ、人よ。神に言い抗(あらが)っているあなたは、そもそも何者なのか。造られたものが造った人に対して、なぜあなたは私をこのように造ったのか、と言うであろうか。450921それとも粘土を用いる陶器師は、同じ〔粘土の〕かたまりから、一つを栄誉のための器に、他の一つを卑俗のための〔器に〕造る権限をもたないであろうか。

450922しかし、もしも神が、怒りを示すことを、そして自らの力を〔人に〕知らしめることを欲しつつも、大いなる寛容をもって、滅びへと造られた怒りの器を耐え忍ばれたとするなら、

450923しかも、栄光へとあらかじめ用意した憐れみの器の上に自らの栄光の富を知らしめるために〔そうされたとするなら、どうであろうか〕。

450924神はさらにそのような者としての私たちを、ユダヤ人たち〔の中〕からだけではなく、異邦人たち〔の中〕からも、まさに召し出されたのである。

 

新共同訳1987

9:19 ところで、あなたは言うでしょう。「ではなぜ、神はなおも人を責められるのだろうか。だれが神の御心に逆らうことができようか」と。

9:20 人よ、神に口答えするとは、あなたは何者か。造られた物が造った者に、「どうしてわたしをこのように造ったのか」と言えるでしょうか。

9:21 焼き物師は同じ粘土から、一つを貴いことに用いる器に、一つを貴くないことに用いる器に造る権限があるのではないか。

9:22 神はその怒りを示し、その力を知らせようとしておられたが、怒りの器として滅びることになっていた者たちを寛大な心で耐え忍ばれたとすれば、

9:23 それも、憐れみの器として栄光を与えようと準備しておられた者たちに、御自分の豊かな栄光をお示しになるためであったとすれば、どうでしょう。

9:24 神はわたしたちを憐れみの器として、ユダヤ人からだけでなく、異邦人の中からも召し出してくださいました。

 

前田訳1978

9:19 そこであなたはいうでしょう、「なぜ神はなおも人をおとがめですか、だれがみ心にさからえますか」と。

9:20 ああ人よ、神にいいさからうとはいったいあなたは何ものですか。造られたものが造ったものに、「なぜこのようにわたしを造ったか」といえましょうか。

9:21 それとも、陶器師は、同じ粘土の塊からひとつを名誉への器、ひとつを不名誉への器にこしらえる権限を持ちませんか。

9:22 もし神が怒りを示し、力を知らせようとお思いで、滅びのためにつくられた怒りの器を多くの寛容をもって忍ばれたとすると、

9:23 そしてそれは、栄光のためあらかじめそなえられたあわれみの器に、自らの豊かな栄光をお知らせになるためであったとすると、どうでしょう。

9:24 神はあわれみの器として、われらをもお召しでした。ユダヤ人からだけでなく、異邦人からもです。

 

新改訳1970

9:19 すると、あなたはこう言うでしょう。「それなのになぜ、神は人を責められるのですか。だれが神のご計画に逆らうことができましょう。」

9:20 しかし、人よ。神に言い逆らうあなたは、いったい何ですか。形造られた者が形造った者に対して、「あなたはなぜ、私をこのようなものにしたのですか。」と言えるでしょうか。

9:21 陶器を作る者は、同じ土のかたまりから、尊いことに用いる器でも、また、つまらないことに用いる器でも作る権利を持っていないのでしょうか。

9:22 ですが、もし神が、怒りを示してご自分の力を知らせようと望んでおられるのに、その滅ぼされるべき怒りの器を、豊かな寛容をもって忍耐してくださったとしたら、どうでしょうか。

9:23 それも、神が栄光のためにあらかじめ用意しておられたあわれみの器に対して、その豊かな栄光を知らせてくださるためになのです。

9:24 神は、このあわれみの器として、私たちを、ユダヤ人の中からだけでなく、異邦人の中からも召してくださったのです。

 

塚本訳1963

9:19 するとあなたはわたしに(抗議して)言うにちがいない、それでは、なぜ神はなおも人を咎められるのか。(御自身が人の心を頑固にされるのなら、)だれも神の意志に逆らうことはできない訳ではないかと。

9:20 ああ人よ、いったい君は何者なれば、神に口答えをするのか。『作られたものが作った者に向かって、「なぜ『わたしをこんなものに造ったか」と言えるだろうか。』

9:21 それとも、『陶器師には、』同じ『粘土』の塊で、一つは尊い用途の、一つは卑しい用途の器を造る権利がないのだろうか。

9:22 それで、もし神が、(御自分の)怒りを示し御自分の力(の恐ろしさ)を知らせようとお思いになるので、(今日まで)いとも気長に、『滅びのために』つくられた』怒りの器[滅びる人]を辛抱された』とすれば、

9:23 またそれは、栄光のためにあらかじめ用意された憐れみの器[救われる人]に、御自分の豊かな栄光を知らせるためであったとすれば、どうだ。(かれこれ言うことはないではないか。)

9:24 神はこの憐れみの器としてわたし達をも召されたのである。ただユダヤ人の中からだけでなく、異教人の中からも。

 

口語訳1955

9:19 そこで、あなたは言うであろう、「なぜ神は、なおも人を責められるのか。だれが、神の意図に逆らい得ようか」。

9:20 ああ人よ。あなたは、神に言い逆らうとは、いったい、何者なのか。造られたものが造った者に向かって、「なぜ、わたしをこのように造ったのか」と言うことがあろうか。

9:21 陶器を造る者は、同じ土くれから、一つを尊い器に、他を卑しい器に造りあげる権能がないのであろうか。

9:22 もし、神が怒りをあらわし、かつ、ご自身の力を知らせようと思われつつも、滅びることになっている怒りの器を、大いなる寛容をもって忍ばれたとすれば、

9:23 かつ、栄光にあずからせるために、あらかじめ用意されたあわれみの器にご自身の栄光の富を知らせようとされたとすれば、どうであろうか。

9:24 神は、このあわれみの器として、またわたしたちをも、ユダヤ人の中からだけではなく、異邦人の中からも召されたのである。

 

文語訳1917

"450919","さらば汝あるいは我に言はん『神なんぞなほ人を咎め給ふか、誰かその御定に悖る者あらん』"

"450920","ああ人よ、なんぢ誰なれば神に言ひ逆ふか、造られしもの造りたる者に對ひて『なんぢ何ぞ我を斯く造りし』と言ふべきか。"

"450921","陶工は同じ土塊をもて、此を貴きに用ふる器とし、彼を賎しきに用ふる器とするの權なからんや。"

"450922","もし神、怒をあらはし權力を示さんと思しつつも、なほ大なる寛容をもて、滅亡に備れる怒の器を忍び、"

"450923","また光榮のために預じめ備へ給ひし憐憫の器に對ひて、その榮光の富を示さんとし給ひしならば如何に。"

"450924","この憐憫の器は我等にして、ユダヤ人の中よりのみならず、異邦人の中よりも召し給ひしものなり。"

 

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各国聖書引照編集

 

(独)NESTLE-ALAND  NOVUM TESTAMENTUM  GRAECE 27版1993 の引照

新共同 ロマ 1:6

1:6 この異邦人の中に、イエス・キリストのものとなるように召されたあなたがたもいるのです。――

 

(英・米)THE NEW TREASURY OF SCRIPTURE KNOWLEDGE 1982 の引照

口語訳 ロマ 3:8

3:8 むしろ、「善をきたらせるために、わたしたちは悪をしようではないか」(わたしたちがそう言っていると、ある人々はそしっている)。彼らが罰せられるのは当然である。

 

口語訳 ロマ 3:5-7

3:5 しかし、もしわたしたちの不義が、神の義を明らかにするとしたら、なんと言うべきか。怒りを下す神は、不義であると言うのか(これは人間的な言い方ではある)。

3:6 断じてそうではない。もしそうであったら、神はこの世を、どうさばかれるだろうか。

3:7 しかし、もし神の真実が、わたしの偽りによりいっそう明らかにされて、神の栄光となるなら、どうして、わたしはなおも罪人としてさばかれるのだろうか。

 

口語訳 Tテサ5:9

5:9 神は、わたしたちを怒りにあわせるように定められたのではなく、わたしたちの主イエス・キリストによって救を得るように定められたのである。

 

口語訳 Tテサ2:16

2:16 わたしたちが異邦人に救の言を語るのを妨げて、絶えず自分の罪を満たしている。そこで、神の怒りは最も激しく彼らに臨むに至ったのである。

 

口語訳 ロマ 5:20-21

5:20 律法がはいり込んできたのは、罪過の増し加わるためである。しかし、罪の増し加わったところには、恵みもますます満ちあふれた。

5:21 それは、罪が死によって支配するに至ったように、恵みもまた義によって支配し、わたしたちの主イエス・キリストにより、永遠のいのちを得させるためである。

 

口語訳 Tコリ6:20

6:20 あなたがたは、代価を払って買いとられたのだ。それだから、自分のからだをもって、神の栄光をあらわしなさい。

 

口語訳 ロマ 8:28-30

8:28 神は、神を愛する者たち、すなわち、ご計画に従って召された者たちと共に働いて、万事を益となるようにして下さることを、わたしたちは知っている。

8:29 神はあらかじめ知っておられる者たちを、更に御子のかたちに似たものとしようとして、あらかじめ定めて下さった。それは、御子を多くの兄弟の中で長子とならせるためであった。

8:30 そして、あらかじめ定めた者たちを更に召し、召した者たちを更に義とし、義とした者たちには、更に栄光を与えて下さったのである。

 

口語訳 ロマ 3:29-30

3:29 それとも、神はユダヤ人だけの神であろうか。また、異邦人の神であるのではないか。確かに、異邦人の神でもある。

3:30 まことに、神は唯一であって、割礼のある者を信仰によって義とし、また、無割礼の者をも信仰のゆえに義とされるのである。

 

口語訳 ロマ 10:12

10:12 ユダヤ人とギリシヤ人との差別はない。同一の主が万民の主であって、彼を呼び求めるすべての人を豊かに恵んで下さるからである。

 

口語訳 ロマ 15:8-16

15:8 わたしは言う、キリストは神の真実を明らかにするために、割礼のある者の僕となられた。それは父祖たちの受けた約束を保証すると共に、

15:9 異邦人もあわれみを受けて神をあがめるようになるためである、/「それゆえ、わたしは、異邦人の中で/あなたにさんびをささげ、/また、御名をほめ歌う」/と書いてあるとおりである。

15:10 また、こう言っている、/「異邦人よ、主の民と共に喜べ」。

15:11 また、/「すべての異邦人よ、主をほめまつれ。もろもろの民よ、主をほめたたえよ」。

15:12 またイザヤは言っている、/「エッサイの根から芽が出て、/異邦人を治めるために立ち上がる者が来る。異邦人は彼に望みをおくであろう」。

15:13 どうか、望みの神が、信仰から来るあらゆる喜びと平安とを、あなたがたに満たし、聖霊の力によって、あなたがたを、望みにあふれさせて下さるように。

15:14 さて、わたしの兄弟たちよ。あなたがた自身が、善意にあふれ、あらゆる知恵に満たされ、そして互に訓戒し合う力のあることを、わたしは堅く信じている。

15:15 しかし、わたしはあなたがたの記憶を新たにするために、ところどころ、かなり思いきって書いた。それは、神からわたしに賜わった恵みによって、書いたのである。

15:16 このように恵みを受けたのは、わたしが異邦人のためにキリスト・イエスに仕える者となり、神の福音のために祭司の役を勤め、こうして異邦人を、聖霊によってきよめられた、御旨にかなうささげ物とするためである。

 

口語訳 ガラ 3:28

3:28 もはや、ユダヤ人もギリシヤ人もなく、奴隷も自由人もなく、男も女もない。あなたがたは皆、キリスト・イエスにあって一つだからである。

 

(日)新共同訳1987の引照

新共同 ロマ 11:19

11:19 すると、あなたは、「枝が折り取られたのは、わたしが接ぎ木されるためだった」と言うでしょう。

 

新共同 Tコリ15:35

15:35 しかし、死者はどんなふうに復活するのか、どんな体で来るのか、と聞く者がいるかもしれません。

 

新共同 ヤコ 2:18

2:18 しかし、「あなたには信仰があり、わたしには行いがある」と言う人がいるかもしれません。行いの伴わないあなたの信仰を見せなさい。そうすれば、わたしは行いによって、自分の信仰を見せましょう。

 

新共同 ロマ 3:7

3:7 またもし、わたしの偽りによって神の真実がいっそう明らかにされて、神の栄光となるのであれば、なぜ、わたしはなおも罪人として裁かれねばならないのでしょう。

 

新共同 ロマ 2:1

2:1 だから、すべて人を裁く者よ、弁解の余地はない。あなたは、他人を裁きながら、実は自分自身を罪に定めている。あなたも人を裁いて、同じことをしているからです。

 

新共同 Uテモ2:20

2:20 さて、大きな家には金や銀の器だけではなく、木や土の器もあります。一方は貴いことに、他方は普通のことに用いられます。

 

新共同 ロマ 2:4

2:4 あるいは、神の憐れみがあなたを悔い改めに導くことも知らないで、その豊かな慈愛と寛容と忍耐とを軽んじるのですか。

 

新共同 エペ 3:16

3:16 どうか、御父が、その豊かな栄光に従い、その霊により、力をもってあなたがたの内なる人を強めて、

 

新共同 ロマ 8:29-30

8:29 神は前もって知っておられた者たちを、御子の姿に似たものにしようとあらかじめ定められました。それは、御子が多くの兄弟の中で長子となられるためです。

8:30 神はあらかじめ定められた者たちを召し出し、召し出した者たちを義とし、義とされた者たちに栄光をお与えになったのです。

 

新共同 ロマ 3:29

3:29 それとも、神はユダヤ人だけの神でしょうか。異邦人の神でもないのですか。そうです。異邦人の神でもあります。

 

新共同 ロマ 8:28

8:28 神を愛する者たち、つまり、御計画に従って召された者たちには、万事が益となるように共に働くということを、わたしたちは知っています。

 

(仏)THE NEW JERUSALEM BIBLE 1985 の引照

口語訳 ロマ 2:4

2:4 それとも、神の慈愛があなたを悔改めに導くことも知らないで、その慈愛と忍耐と寛容との富を軽んじるのか。

 

口語訳 ロマ 3:25-26

3:25 神はこのキリストを立てて、その血による、信仰をもって受くべきあがないの供え物とされた。それは神の義を示すためであった。すなわち、今までに犯された罪を、神は忍耐をもって見のがしておられたが、

3:26 それは、今の時に、神の義を示すためであった。こうして、神みずからが義となり、さらに、イエスを信じる者を義とされるのである。

 

口語訳 ロマ 8:29

8:29 神はあらかじめ知っておられる者たちを、更に御子のかたちに似たものとしようとして、あらかじめ定めて下さった。それは、御子を多くの兄弟の中で長子とならせるためであった。

 

口語訳 エペ 2:1-7

2:1 さてあなたがたは、先には自分の罪過と罪とによって死んでいた者であって、

2:2 かつてはそれらの中で、この世のならわしに従い、空中の権をもつ君、すなわち、不従順の子らの中に今も働いている霊に従って、歩いていたのである。

2:3 また、わたしたちもみな、かつては彼らの中にいて、肉の欲に従って日を過ごし、肉とその思いとの欲するままを行い、ほかの人々と同じく、生れながらの怒りの子であった。

2:4 しかるに、あわれみに富む神は、わたしたちを愛して下さったその大きな愛をもって、

2:5 罪過によって死んでいたわたしたちを、キリストと共に生かし――あなたがたの救われたのは、恵みによるのである――

2:6 キリスト・イエスにあって、共によみがえらせ、共に天上で座につかせて下さったのである。

2:7 それは、キリスト・イエスにあってわたしたちに賜わった慈愛による神の恵みの絶大な富を、きたるべき世々に示すためであった。

 

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ローマ 9:25−33

イスラエル人の躓きと異教人の救いとは聖書に預言がある

 

 

翻訳比較

 

岩波翻訳委員会訳1995

450925〔そのことは〕ホセアにおいても神が言われているとおりである。

私は私の民ではない者を、私の民と呼び、

愛されることのなかった者を、愛された者と呼ぶであろう。

450926そして、彼らに対して「お前どもは私の民ではない」と言われたその場所で、

そこで彼らは生ける神の子たちと呼ばれるであろう。

450927また、イザヤはイスラエルについて叫んでいる。

たとえイスラエルの子らの数が海の真砂のようであったとしても、

残されたもの〔のみ〕が救われるであろう

450928なぜならば、主は地の上で〔自らの〕言葉を、成就しつつ、また厳格に、実行されるであろうから。

450929そしてイザヤは次のようにあらかじめ言ってもいた。

もしも万軍の主が私たちに子孫を残されなかったならぱ、

私たちはソドムのようになったであろうし、またゴモラと同じようにされたで

あろう。

450930それでは私たちは何と言うのだろうか。義を追い求めてはいなかった異邦人が、義を、〔すなわち〕信仰による義を捕らえた。

450931しかし他方イスラエルは、義の

律法を追い求めていたのに、〔その〕律法に到達はしなかった。

450932なぜか。信仰によらずに、むしろ業によるかのようにして〔追い求めた〕からである。彼らは躓きの石に躓いたのである。

450933次のように書かれている。

見よ、私はシオンに、躓きの石と、妨げの岩を置く。

そしてそれを信じる者は、失望させられることはないであろう。

 

新共同訳1987

9:25 ホセアの書にも、次のように述べられています。「わたしは、自分の民でない者をわたしの民と呼び、/愛されなかった者を愛された者と呼ぶ。

9:26 『あなたたちは、わたしの民ではない』/と言われたその場所で、/彼らは生ける神の子らと呼ばれる。」

9:27 また、イザヤはイスラエルについて、叫んでいます。「たとえイスラエルの子らの数が海辺の砂のようであっても、残りの者が救われる。

9:28 主は地上において完全に、しかも速やかに、言われたことを行われる。」

9:29 それはまた、イザヤがあらかじめこう告げていたとおりです。「万軍の主がわたしたちに子孫を残されなかったら、/わたしたちはソドムのようになり、/ゴモラのようにされたであろう。」

◆イスラエルと福音

9:30 では、どういうことになるのか。義を求めなかった異邦人が、義、しかも信仰による義を得ました。

9:31 しかし、イスラエルは義の律法を追い求めていたのに、その律法に達しませんでした。

9:32 なぜですか。イスラエルは、信仰によってではなく、行いによって達せられるかのように、考えたからです。彼らはつまずきの石につまずいたのです。

9:33 「見よ、わたしはシオンに、/つまずきの石、妨げの岩を置く。これを信じる者は、失望することがない」と書いてあるとおりです。

 

前田訳1978

9:25 「ホセア書」でもいわれています、「わが民でないものをわが民と呼び、愛されぬものを愛されるものと呼ぼう。

9:26 あなた方はわが民でない、といわれたその場所で、彼らは生ける神の子と呼ばれよう」と。

9:27 イザヤもイスラエルについて叫びます、「たとえイスラエルの子らの数が海の砂のようでも、残りのものだけが救われよう。

9:28 主はみことばをなしとげ、切りをつけて地に実現されようから」と。

9:29 また、イザヤは預言しました、「もし万軍の主がわれらに末を残されなかったら、われらはソドムやゴモラと同じになったろう」と。

9:30 それなら何といいましょう。義を求めなかった異邦人が義、すなわち信仰による義を得ました。

9:31 反対に、イスラエルは義の律法を求めつつも律法に達しませんでした。

9:32 なぜですか。信仰によらず、行ないによって得られるごとくにしたからです。つまずきの石につまずいたのです。

9:33 聖書にあるとおりです、「見よ、シオンにつまずきの石とさまたげの岩を置く。これを信ずものははずかしめられまい」と。

 

新改訳1970

9:25 それは、ホセアの書でも言っておられるとおりです。「わたしは、わが民でない者をわが民と呼び、愛さなかった者を愛する者と呼ぶ。

9:26 『あなたがたは、わたしの民ではない。』と、わたしが言ったその場所で、彼らは、生ける神の子どもと呼ばれる。」

9:27 また、イスラエルについては、イザヤがこう叫んでいます。「たといイスラエルの子どもたちの数は、海べの砂のようであっても、救われるのは、残された者である。

9:28 主は、みことばを完全に、しかも敏速に、地上に成し遂げられる。」

9:29 また、イザヤがこう預言したとおりです。「もし万軍の主が、私たちに子孫を残されなかったら、私たちはソドムのようになり、ゴモラと同じものとされたであろう。」

9:30 では、どういうことになりますか。義を追い求めなかった異邦人は義を得ました。すなわち、信仰による義です。

9:31 しかし、イスラエルは、義の律法を追い求めながら、その律法に到達しませんでした。

9:32 なぜでしょうか。信仰によって追い求めることをしないで、行ないによるかのように追い求めたからです。彼らは、つまずきの石につまずいたのです。

9:33 それは、こう書かれているとおりです。「見よ。わたしは、シオンに、つまずきの石、妨げの岩を置く。彼に信頼する者は、失望させられることがない。」

 

塚本訳1963

9:25 (異教人の中から憐れみの器が選ばれることは、不思議ではない。)神がホセア書でも言っておられるとおりである。『わたしはわたしの民でない者をわたしの民と呼び、愛されぬ者を愛される者と呼ぶであろう。』

9:26 『「あなた達は私の民でない」と言われたその場所で、彼らは生ける神の子と呼ばれるであろう。』

9:27 (預言者)イザヤもイスラエル人について叫んでいる。『たとえイスラエル[ヤコブ]の子孫の数は海の砂のように(多数)であろうとも、(信ずる小数の)残りの者(だけ)が救われる。

9:28 なぜなら主は(間もなく約束の)御言葉を完了し打ち切って、(裁きと救いとを)地上に実現されるからである。』

9:29 さらにイザヤは前もってこう言われている。『もし万軍の主がわたし達に(まことのイスラエルの)子孫を残されなかったなら、わたし達はソドムのようになりゴモラと同じになっ(て滅び)たにちがいない。』

9:30 すると、どういうことになるのだろうか。義を追い求めなかった異教人が(かえって)義を勝ち取った。すなわち(行いによらない)信仰による義である。

9:31 反対に、イスラエル人は義を約束する律法を(熱心に)追い求めたが、(ついに)律法に(よって義に)達することができなかったのであるが。

9:32 なぜか。イスラエル人は信仰によってでなく行いによって(義とされ得るか)のように考え(て、追い求め)たからである。彼らは』躓きの石に『躓いた。

9:33 (聖書に)書いてあるとおりである。『見よ、』『躓きの石と邪魔の岩とを』『シオンに』置く、『これを信ずる者は恥をかかないであろう。』

 

口語訳1955

9:25 それは、ホセアの書でも言われているとおりである、/「わたしは、わたしの民でない者を、/わたしの民と呼び、/愛されなかった者を、愛される者と呼ぶであろう。

9:26 あなたがたはわたしの民ではないと、/彼らに言ったその場所で、/彼らは生ける神の子らであると、/呼ばれるであろう」。

9:27 また、イザヤはイスラエルについて叫んでいる、/「たとい、イスラエルの子らの数は、/浜の砂のようであっても、/救われるのは、残された者だけであろう。

9:28 主は、御言をきびしくまたすみやかに、/地上になしとげられるであろう」。

9:29 さらに、イザヤは預言した、/「もし、万軍の主がわたしたちに/子孫を残されなかったなら、/わたしたちはソドムのようになり、/ゴモラと同じようになったであろう」。

9:30 では、わたしたちはなんと言おうか。義を追い求めなかった異邦人は、義、すなわち、信仰による義を得た。

9:31 しかし、義の律法を追い求めていたイスラエルは、その律法に達しなかった。

9:32 なぜであるか。信仰によらないで、行いによって得られるかのように、追い求めたからである。彼らは、つまずきの石につまずいたのである。

9:33 「見よ、わたしはシオンに、/つまずきの石、さまたげの岩を置く。それにより頼む者は、失望に終ることがない」/と書いてあるとおりである。

 

文語訳1917

"450925","ホゼヤの書に、『我わが民たらざる者を我が民と呼び、愛せられざる者を愛せらるる者と呼ばん、"

"450926","「なんぢら我が民にあらず」と言ひし處にて、彼らは活ける神の子と呼ばるべし』、と宣へる如し。  "

"450927","イザヤもイスラエルに就きて叫べり『イスラエルの子孫の數は海の砂のごとくなりとも、救はるるはただ殘の者のみならん。  "

"450928","主、地の上に御言をなし了へ、これを遂げ、これを速かにし給はん』"

"450929","また、『萬軍の主われらに裔を遺し給はずば、我等ソドムの如くになり、ゴモラと等しかりしならん』、とイザヤの預言せしが如し。"

"450930","然らば何をか言はん、義を追ひ求めざりし異邦人は義を得たり、即ち信仰による義なり。"

"450931","イスラエルは義の律法を追求めたれど、その律法に到らざりき。"

"450932","何の故か、かれらは信仰によらず、行爲によりて追ひ求めたる故なり。彼らは躓く石に躓きたり。"

"450933","録して、『視よ、我つまづく石さまたぐる岩をシオンに置く、之に依頼む者は辱しめられじ』、とあるが如し。"

 

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各国聖書引照編集

 

(独)NESTLE-ALAND  NOVUM TESTAMENTUM  GRAECE 27版1993 の引照

新共同 マタ 10:15

10:15 はっきり言っておく。裁きの日には、この町よりもソドムやゴモラの地の方が軽い罰で済む。」

 

新共同 マタ 21:42

21:42 イエスは言われた。「聖書にこう書いてあるのを、まだ読んだことがないのか。『家を建てる者の捨てた石、/これが隅の親石となった。これは、主がなさったことで、/わたしたちの目には不思議に見える。』

 

(英・米)THE NEW TREASURY OF SCRIPTURE KNOWLEDGE 1982 の引照

口語訳 ロマ 9:27-29

9:27 また、イザヤはイスラエルについて叫んでいる、/「たとい、イスラエルの子らの数は、/浜の砂のようであっても、/救われるのは、残された者だけであろう。

9:28 主は、御言をきびしくまたすみやかに、/地上になしとげられるであろう」。

9:29 さらに、イザヤは預言した、/「もし、万軍の主がわたしたちに/子孫を残されなかったなら、/わたしたちはソドムのようになり、/ゴモラと同じようになったであろう」。

 

口語訳 ロマ 1:18-32

1:18 神の怒りは、不義をもって真理をはばもうとする人間のあらゆる不信心と不義とに対して、天から啓示される。

1:19 なぜなら、神について知りうる事がらは、彼らには明らかであり、神がそれを彼らに明らかにされたのである。

1:20 神の見えない性質、すなわち、神の永遠の力と神性とは、天地創造このかた、被造物において知られていて、明らかに認められるからである。したがって、彼らには弁解の余地がない。

1:21 なぜなら、彼らは神を知っていながら、神としてあがめず、感謝もせず、かえってその思いはむなしくなり、その無知な心は暗くなったからである。

1:22 彼らは自ら知者と称しながら、愚かになり、

1:23 不朽の神の栄光を変えて、朽ちる人間や鳥や獣や這うものの像に似せたのである。

1:24 ゆえに、神は、彼らが心の欲情にかられ、自分のからだを互にはずかしめて、汚すままに任せられた。

1:25 彼らは神の真理を変えて虚偽とし、創造者の代りに被造物を拝み、これに仕えたのである。創造者こそ永遠にほむべきものである、アァメン。

1:26 それゆえ、神は彼らを恥ずべき情欲に任せられた。すなわち、彼らの中の女は、その自然の関係を不自然なものに代え、

1:27 男もまた同じように女との自然の関係を捨てて、互にその情欲の炎を燃やし、男は男に対して恥ずべきことをなし、そしてその乱行の当然の報いを、身に受けたのである。

1:28 そして、彼らは神を認めることを正しいとしなかったので、神は彼らを正しからぬ思いにわたし、なすべからざる事をなすに任せられた。

1:29 すなわち、彼らは、あらゆる不義と悪と貪欲と悪意とにあふれ、ねたみと殺意と争いと詐欺と悪念とに満ち、また、ざん言する者、

1:30 そしる者、神を憎む者、不遜な者、高慢な者、大言壮語する者、悪事をたくらむ者、親に逆らう者となり、

1:31 無知、不誠実、無情、無慈悲な者となっている。

1:32 彼らは、こうした事を行う者どもが死に価するという神の定めをよく知りながら、自らそれを行うばかりではなく、それを行う者どもを是認さえしている。

 

口語訳 ロマ 10:20

10:20 イザヤも大胆に言っている、/「わたしは、わたしを求めない者たちに見いだされ、/わたしを尋ねない者に、自分を現した」。

 

口語訳 Tコリ6:9-11

6:9 それとも、正しくない者が神の国をつぐことはないのを、知らないのか。まちがってはいけない。不品行な者、偶像を礼拝する者、姦淫をする者、男娼となる者、男色をする者、盗む者、

6:10 貪欲な者、酒に酔う者、そしる者、略奪する者は、いずれも神の国をつぐことはないのである。

6:11 あなたがたの中には、以前はそんな人もいた。しかし、あなたがたは、主イエス・キリストの名によって、またわたしたちの神の霊によって、洗われ、きよめられ、義とされたのである。

 

口語訳 ロマ 1:16-17

1:16 わたしは福音を恥としない。それは、ユダヤ人をはじめ、ギリシヤ人にも、すべて信じる者に、救を得させる神の力である。

1:17 神の義は、その福音の中に啓示され、信仰に始まり信仰に至らせる。これは、「信仰による義人は生きる」と書いてあるとおりである。

 

口語訳 ロマ 3:21-22

3:21 しかし今や、神の義が、律法とは別に、しかも律法と預言者とによってあかしされて、現された。

3:22 それは、イエス・キリストを信じる信仰による神の義であって、すべて信じる人に与えられるものである。そこにはなんらの差別もない。

 

口語訳 ロマ 10:6

10:6 しかし、信仰による義は、こう言っている、「あなたは心のうちで、だれが天に上るであろうかと言うな」。それは、キリストを引き降ろすことである。

 

口語訳 ガラ 2:16

2:16 人の義とされるのは律法の行いによるのではなく、ただキリスト・イエスを信じる信仰によることを認めて、わたしたちもキリスト・イエスを信じたのである。それは、律法の行いによるのではなく、キリストを信じる信仰によって義とされるためである。なぜなら、律法の行いによっては、だれひとり義とされることがないからである。

 

口語訳 ピリ 3:8-9

3:8 わたしは、更に進んで、わたしの主キリスト・イエスを知る知識の絶大な価値のゆえに、いっさいのものを損と思っている。キリストのゆえに、わたしはすべてを失ったが、それらのものを、ふん土のように思っている。それは、わたしがキリストを得るためであり、

3:9 律法による自分の義ではなく、キリストを信じる信仰による義、すなわち、信仰に基く神からの義を受けて、キリストのうちに自分を見いだすようになるためである。

 

口語訳 ロマ 10:2-4

10:2 わたしは、彼らが神に対して熱心であることはあかしするが、その熱心は深い知識によるものではない。

10:3 なぜなら、彼らは神の義を知らないで、自分の義を立てようと努め、神の義に従わなかったからである。

10:4 キリストは、すべて信じる者に義を得させるために、律法の終りとなられたのである。

 

口語訳 ロマ 2:17-25

2:17 もしあなたが、自らユダヤ人と称し、律法に安んじ、神を誇とし、

2:18 御旨を知り、律法に教えられて、なすべきことをわきまえており、

2:19 さらに、知識と真理とが律法の中に形をとっているとして、自ら盲人の手引き、やみにおる者の光、愚かな者の導き手、幼な子の教師をもって任じているのなら、

2:20 (19節に合節)

2:21 なぜ、人を教えて自分を教えないのか。盗むなと人に説いて、自らは盗むのか。

2:22 姦淫するなと言って、自らは姦淫するのか。偶像を忌みきらいながら、自らは宮の物をかすめるのか。

2:23 律法を誇としながら、自らは律法に違反して、神を侮っているのか。

2:24 聖書に書いてあるとおり、「神の御名は、あなたがたのゆえに、異邦人の間で汚されている」。

2:25 もし、あなたが律法を行うなら、なるほど、割礼は役に立とう。しかし、もし律法を犯すなら、あなたの割礼は無割礼となってしまう。

 

口語訳 ロマ 3:20

3:20 なぜなら、律法を行うことによっては、すべての人間は神の前に義とせられないからである。律法によっては、罪の自覚が生じるのみである。

 

口語訳 ガラ 3:10-11

3:10 いったい、律法の行いによる者は、皆のろいの下にある。「律法の書に書いてあるいっさいのことを守らず、これを行わない者は、皆のろわれる」と書いてあるからである。

3:11 そこで、律法によっては、神のみまえに義とされる者はひとりもないことが、明らかである。なぜなら、「信仰による義人は生きる」からである。

 

口語訳 ガラ 5:3-4

5:3 割礼を受けようとするすべての人たちに、もう一度言っておく。そういう人たちは、律法の全部を行う義務がある。

5:4 律法によって義とされようとするあなたがたは、キリストから離れてしまっている。恵みから落ちている。

 

口語訳 ロマ 4:16

4:16 このようなわけで、すべては信仰によるのである。それは恵みによるのであって、すべての子孫に、すなわち、律法に立つ者だけにではなく、アブラハムの信仰に従う者にも、この約束が保証されるのである。アブラハムは、神の前で、わたしたちすべての者の父であって、

 

口語訳 Tコリ1:23

1:23 しかしわたしたちは、十字架につけられたキリストを宣べ伝える。このキリストは、ユダヤ人にはつまずかせるもの、異邦人には愚かなものであるが、

 

口語訳 ロマ 5:5

5:5 そして、希望は失望に終ることはない。なぜなら、わたしたちに賜わっている聖霊によって、神の愛がわたしたちの心に注がれているからである。

 

(日)新共同訳1987の引照

新共同 Tペテ2:10

2:10 あなたがたは、/「かつては神の民ではなかったが、/今は神の民であり、/憐れみを受けなかったが、/今は憐れみを受けている」のです。

 

新共同 ロマ 11:5

11:5 同じように、現に今も、恵みによって選ばれた者が残っています。

 

新共同 ヤコ 5:4

5:4 御覧なさい。畑を刈り入れた労働者にあなたがたが支払わなかった賃金が、叫び声をあげています。刈り入れをした人々の叫びは、万軍の主の耳に達しました。

 

新共同 ロマ 9:14

9:14 では、どういうことになるのか。神に不義があるのか。決してそうではない。

 

新共同 ロマ 1:17

1:17 福音には、神の義が啓示されていますが、それは、初めから終わりまで信仰を通して実現されるのです。「正しい者は信仰によって生きる」と書いてあるとおりです。

 

新共同 ロマ 3:21-22

3:21 ところが今や、律法とは関係なく、しかも律法と預言者によって立証されて、神の義が示されました。

3:22 すなわち、イエス・キリストを信じることにより、信じる者すべてに与えられる神の義です。そこには何の差別もありません。

 

新共同 ロマ 10:6

10:6 しかし、信仰による義については、こう述べられています。「心の中で『だれが天に上るか』と言ってはならない。」これは、キリストを引き降ろすことにほかなりません。

 

新共同 ガラ 2:16

2:16 けれども、人は律法の実行ではなく、ただイエス・キリストへの信仰によって義とされると知って、わたしたちもキリスト・イエスを信じました。これは、律法の実行ではなく、キリストへの信仰によって義としていただくためでした。なぜなら、律法の実行によっては、だれ一人として義とされないからです。

 

新共同 ガラ 3:24

3:24 こうして律法は、わたしたちをキリストのもとへ導く養育係となったのです。わたしたちが信仰によって義とされるためです。

 

新共同 ピリ 3:9

3:9 キリストの内にいる者と認められるためです。わたしには、律法から生じる自分の義ではなく、キリストへの信仰による義、信仰に基づいて神から与えられる義があります。

 

新共同 ヘブ 11:7

11:7 信仰によって、ノアはまだ見ていない事柄について神のお告げを受けたとき、恐れかしこみながら、自分の家族を救うために箱舟を造り、その信仰によって世界を罪に定め、また信仰に基づく義を受け継ぐ者となりました。

 

新共同 ロマ 10:3

10:3 なぜなら、神の義を知らず、自分の義を求めようとして、神の義に従わなかったからです。

 

新共同 ガラ 5:4

5:4 律法によって義とされようとするなら、あなたがたはだれであろうと、キリストとは縁もゆかりもない者とされ、いただいた恵みも失います。

 

新共同 Tペテ2:7-8

2:7 従って、この石は、信じているあなたがたには掛けがえのないものですが、信じない者たちにとっては、/「家を建てる者の捨てた石、/これが隅の親石となった」のであり、

2:8 また、/「つまずきの石、/妨げの岩」なのです。彼らは御言葉を信じないのでつまずくのですが、実は、そうなるように以前から定められているのです。

 

新共同 Tペテ2:6

2:6 聖書にこう書いてあるからです。「見よ、わたしは、選ばれた尊いかなめ石を、/シオンに置く。これを信じる者は、決して失望することはない。」

 

新共同 ロマ 5:5

5:5 希望はわたしたちを欺くことがありません。わたしたちに与えられた聖霊によって、神の愛がわたしたちの心に注がれているからです。

 

新共同 ロマ 10:11

10:11 聖書にも、「主を信じる者は、だれも失望することがない」と書いてあります。

 

(仏)THE NEW JERUSALEM BIBLE 1985 の引照

口語訳 Tペテ2:10

2:10 あなたがたは、以前は神の民でなかったが、いまは神の民であり、以前は、あわれみを受けたことのない者であったが、いまは、あわれみを受けた者となっている。

 

口語訳 ロマ 11:5

11:5 それと同じように、今の時にも、恵みの選びによって残された者がいる。

 

口語訳 ロマ 1:16

1:16 わたしは福音を恥としない。それは、ユダヤ人をはじめ、ギリシヤ人にも、すべて信じる者に、救を得させる神の力である。

 

口語訳 ロマ 3:22

3:22 それは、イエス・キリストを信じる信仰による神の義であって、すべて信じる人に与えられるものである。そこにはなんらの差別もない。

 

口語訳 ロマ 10:20

10:20 イザヤも大胆に言っている、/「わたしは、わたしを求めない者たちに見いだされ、/わたしを尋ねない者に、自分を現した」。

 

口語訳 ロマ 11:7

11:7 では、どうなるのか。イスラエルはその追い求めているものを得ないで、ただ選ばれた者が、それを得た。そして、他の者たちはかたくなになった。

 

口語訳 ガラ 2:16

2:16 人の義とされるのは律法の行いによるのではなく、ただキリスト・イエスを信じる信仰によることを認めて、わたしたちもキリスト・イエスを信じたのである。それは、律法の行いによるのではなく、キリストを信じる信仰によって義とされるためである。なぜなら、律法の行いによっては、だれひとり義とされることがないからである。

 

口語訳 ロマ 10:11

10:11 聖書は、「すべて彼を信じる者は、失望に終ることがない」と言っている。

 

口語訳 Tペテ2:6-8

2:6 聖書にこう書いてある、/「見よ、わたしはシオンに、/選ばれた尊い石、隅のかしら石を置く。それにより頼む者は、/決して、失望に終ることがない」。

2:7 この石は、より頼んでいるあなたがたには尊いものであるが、不信仰な人々には「家造りらの捨てた石で、隅のかしら石となったもの」、

2:8 また「つまずきの石、妨げの岩」である。しかし、彼らがつまずくのは、御言に従わないからであって、彼らは、実は、そうなるように定められていたのである。

 

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