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ローマ 10:1−3

イスラエル人には神の義がわからない

 

 

翻訳比較

 

岩波翻訳委員会訳1995

451001兄弟たちよ、私の心の切なる思い、そして私の同胞のための神への祈りは、〔彼らが〕救いへと〔至ること〕である。

451002私は彼らのために証しするが、彼らは神に対して熱心ではあるものの、それは〔正しい〕認識に沿ったものではないからである。

451003事実、彼らは神の義を知らず、〔逆に〕自らの[義]を立てることを追い求めて、神の義に従わなかったのである。

 

新共同訳1987

10:1 兄弟たち、わたしは彼らが救われることを心から願い、彼らのために神に祈っています。

10:2 わたしは彼らが熱心に神に仕えていることを証ししますが、この熱心さは、正しい認識に基づくものではありません。

10:3 なぜなら、神の義を知らず、自分の義を求めようとして、神の義に従わなかったからです。

 

前田訳1978

10:1 兄弟たちよ、わが心からの望みと彼らのための神への願いは彼らの救いです。

10:2 わたしは彼らのために証しますが、彼らは神に対して熱心です。しかし認識がありません。

10:3 すなわち、神の義を知らず、おのが義を立てようとして、神の義に従いませんでした。

 

 

新改訳1970

10:1 兄弟たち。私が心の望みとし、また彼らのために神に願い求めているのは、彼らの救われることです。

10:2 私は、彼らが神に対して熱心であることをあかしします。しかし、その熱心は知識に基づくものではありません。

10:3 というのは、彼らは神の義を知らず、自分自身の義を立てようとして、神の義に従わなかったからです。

 

塚本訳1963

10:1 兄弟たちよ、彼ら[イスラエル人]が救われること、これがわたしの切なる望み、また彼らのための神への願いである。

10:2 彼らは神に対して(ほんとうに)熱心だからである。そのことを彼らのために証明する。ただ、(残念なことに、その熱心が正しい)認識を欠いている。

10:3 すなわち、彼らは(キリストを信ずることによって義とされる)神の義(の道が開けているの)がわからず、(自分の力で律法を守って)自分の義を立てようとしたため、神の義に服従しなかったのである。

 

口語訳1955

10:1 兄弟たちよ。わたしの心の願い、彼らのために神にささげる祈は、彼らが救われることである。

10:2 わたしは、彼らが神に対して熱心であることはあかしするが、その熱心は深い知識によるものではない。

10:3 なぜなら、彼らは神の義を知らないで、自分の義を立てようと努め、神の義に従わなかったからである。

 

文語訳1917

"451001","兄弟よ、わが心のねがひ、神に對する祈は、彼らの救はれんことなり。"

"451002","われ彼らが神のために熱心なることを證す、されど其の熱心は知識によらざるなり。"

"451003","それは神の義を知らず、己の義を立てんとして、神の義に服はざればなり。"

 

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各国聖書引照編集

 

(独)NESTLE-ALAND  NOVUM TESTAMENTUM  GRAECE 27版1993 の引照

新共同 使  22:3

22:3 「わたしは、キリキア州のタルソスで生まれたユダヤ人です。そして、この都で育ち、ガマリエルのもとで先祖の律法について厳しい教育を受け、今日の皆さんと同じように、熱心に神に仕えていました。

 

新共同 ロマ 1:17

1:17 福音には、神の義が啓示されていますが、それは、初めから終わりまで信仰を通して実現されるのです。「正しい者は信仰によって生きる」と書いてあるとおりです。

 

(英・米)THE NEW TREASURY OF SCRIPTURE KNOWLEDGE 1982 の引照

口語訳 ガラ 1:14

1:14 そして、同国人の中でわたしと同年輩の多くの者にまさってユダヤ教に精進し、先祖たちの言伝えに対して、だれよりもはるかに熱心であった。

 

口語訳 Uコリ4:4-6

4:4 彼らの場合、この世の神が不信の者たちの思いをくらませて、神のかたちであるキリストの栄光の福音の輝きを、見えなくしているのである。

4:5 しかし、わたしたちは自分自身を宣べ伝えるのではなく、主なるキリスト・イエスを宣べ伝える。わたしたち自身は、ただイエスのために働くあなたがたの僕にすぎない。

4:6 「やみの中から光が照りいでよ」と仰せになった神は、キリストの顔に輝く神の栄光の知識を明らかにするために、わたしたちの心を照して下さったのである。

 

口語訳 ガラ 4:18

4:18 わたしがあなたがたの所にいる時だけでなく、いつも、良いことについて熱心に慕われるのは、良いことである。

 

口語訳 ロマ 1:17

1:17 神の義は、その福音の中に啓示され、信仰に始まり信仰に至らせる。これは、「信仰による義人は生きる」と書いてあるとおりである。

 

口語訳 Uコリ5:21

5:21 神はわたしたちの罪のために、罪を知らないかたを罪とされた。それは、わたしたちが、彼にあって神の義となるためなのである。

 

口語訳 ガラ 5:3-4

5:3 割礼を受けようとするすべての人たちに、もう一度言っておく。そういう人たちは、律法の全部を行う義務がある。

5:4 律法によって義とされようとするあなたがたは、キリストから離れてしまっている。恵みから落ちている。

 

口語訳 ピリ 3:9

3:9 律法による自分の義ではなく、キリストを信じる信仰による義、すなわち、信仰に基く神からの義を受けて、キリストのうちに自分を見いだすようになるためである。

 

(日)新共同訳1987の引照

新共同 ロマ 1:17

1:17 福音には、神の義が啓示されていますが、それは、初めから終わりまで信仰を通して実現されるのです。「正しい者は信仰によって生きる」と書いてあるとおりです。

 

新共同 ロマ 9:31-32

9:31 しかし、イスラエルは義の律法を追い求めていたのに、その律法に達しませんでした。

9:32 なぜですか。イスラエルは、信仰によってではなく、行いによって達せられるかのように、考えたからです。彼らはつまずきの石につまずいたのです。

 

(仏)THE NEW JERUSALEM BIBLE 1985 の引照

口語訳 ピリ 3:9

3:9 律法による自分の義ではなく、キリストを信じる信仰による義、すなわち、信仰に基く神からの義を受けて、キリストのうちに自分を見いだすようになるためである。

 

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ローマ 10:4−13

律法はなくなっている

 

 

翻訳比較

 

岩波翻訳委員会訳1995

451004なぜならば、〔神の義によれば、〕キリストは信ずる者すべてに義が〔行き渡る〕ために、律法の終わりと〔なられた〕からである。

451005モーセは[その]律法による義について、それら〔の誡め〕を行なう人は、それらによって生きるであろう、と書いている。

451006しかし信仰による義は、このように言っている。あなたはあなたの心のうちで、誰が天に昇るであろうか、と言ってはならない。それはキリストを〔天から〕引き降ろすことである。

451007あるいは、誰が陰府(よみ)にくだるであろうか〔、と言ってもいけない〕。それは〔陰府にくだった〕キリストを死者たち〔の中〕から引きずり上げることである。

451008それでは〔信仰による義は〕何と

言っているのか。言葉はあなたの近くにある、あなたの口のうちに、そしてあなたの心のうちに〔ある〕。これは私たちが宣べ伝えている信仰の言葉〔のこと〕である。

451009なぜならば、もしもあなたがあなたの口で主イエスを告白し、あなたの心のうちで、神はイエスを死者たち〔の中〕から起こした、と信じるなら、あなたは救われるであろうから。

451010心によって信じられて義へと〔至る〕のであり、口によって告白されて救いへと〔至る〕のである。

451011なぜならば、聖書も〔次のように〕言っている。すべて彼を信じる者は、失望させられることはないであろう。

451012ユダヤ人とギリシア人の差別はない。同じ主がすべての者の〔主〕だからであり、彼に呼びかけるすべての者を豊かにされるからである。

451013実際、主の名を呼びかけるであろう者はすべて救われるであろう。

 

新共同訳1987

10:4 キリストは律法の目標であります、信じる者すべてに義をもたらすために。

◆万人の救い

10:5 モーセは、律法による義について、「掟を守る人は掟によって生きる」と記しています。

10:6 しかし、信仰による義については、こう述べられています。「心の中で『だれが天に上るか』と言ってはならない。」これは、キリストを引き降ろすことにほかなりません。

10:7 また、「『だれが底なしの淵に下るか』と言ってもならない。」これは、キリストを死者の中から引き上げることになります。

10:8 では、何と言われているのだろうか。「御言葉はあなたの近くにあり、/あなたの口、あなたの心にある。」これは、わたしたちが宣べ伝えている信仰の言葉なのです。

10:9 口でイエスは主であると公に言い表し、心で神がイエスを死者の中から復活させられたと信じるなら、あなたは救われるからです。

10:10 実に、人は心で信じて義とされ、口で公に言い表して救われるのです。

10:11 聖書にも、「主を信じる者は、だれも失望することがない」と書いてあります。

10:12 ユダヤ人とギリシア人の区別はなく、すべての人に同じ主がおられ、御自分を呼び求めるすべての人を豊かにお恵みになるからです。

10:13 「主の名を呼び求める者はだれでも救われる」のです。

 

前田訳1978

10:4 キリストは信ずるものすべてが義とされるため、律法の終わりとなられました。

10:5 モ−セが律法による義について書いています、「それを行なう人がそれによって生きる」と。

10:6 しかし信仰による義はこういいます、「心の中で、だれが天に上るか、というな。これはキリストを引きおろすこと。

10:7 また、だれが地の底に下るか、ともいうな。これはキリストを死人から連れのぼること」と。

10:8 これは何をいうのでしょう。「ことばはあなたに近い。あなたの口に、あなたの心にある」という、これこそわれらの説く信仰のことばです。

10:9 口で主イエスを告白し、心で神が彼を死人たちから復活させられたと信ずるなら、あなたは救われます。

10:10 心で信じて義に至り、口で告白して救いに至るのです。

10:11 聖書はいいます、「すべて神を信ずるものははずかしめられまい」と。

10:12 ユダヤ人も異邦人も区別なしです。同じ主が万民の主で、彼を呼ぶものすべてを豊かに恵みたまいます。

10:13 「主を呼ぶものはすべて救われる」からです。

 

新改訳1970

10:4 キリストが律法を終わらせられたので、信じる人はみな義と認められるのです。

10:5 モーセは、律法による義を行なう人は、その義によって生きる、と書いています。

10:6 しかし、信仰による義はこう言います。「あなたは心の中で、だれが天に上るだろうか、と言ってはいけない。」それはキリストを引き降ろすことです。

10:7 また、「だれが地の奥底に下るだろうか、と言ってはいけない。」それはキリストを死者の中から引き上げることです。

10:8 では、どう言っていますか。「みことばはあなたの近くにある。あなたの口にあり、あなたの心にある。」これは私たちの宣べ伝えている信仰のことばのことです。

10:9 なぜなら、もしあなたの口でイエスを主と告白し、あなたの心で神はイエスを死者の中からよみがえらせてくださったと信じるなら、あなたは救われるからです。

10:10 人は心に信じて義と認められ、口で告白して救われるのです。

10:11 聖書はこう言っています。「彼に信頼する者は、失望させられることがない。」

10:12 ユダヤ人とギリシヤ人との区別はありません。同じ主が、すべての人の主であり、主を呼び求めるすべての人に対して恵み深くあられるからです。

10:13 「主の御名を呼び求める者は、だれでも救われる。」のです。

 

塚本訳1963

10:4 (では律法を守ることが、なぜいけないか。律法はキリストによって目的を達し、もうなくなってしまったからである。)すなわち、キリストは(御自分を)信ずる者が一人のこらず義とされるために、律法の終りとなられたのである。

10:5 その証拠には、モーセは律法による義について(こう)書いている、『これを行う人(だけ)がそれによって生きる』と。(しかしだれ一人律法を完全に行うことは出来ない。)

10:6 ところが信仰による義はこう言う(と書いてある、)「『あなたは心の中で言ってはならない、』『『だれが天に上ってくれるか』』と。すなわち、キリストを(天から)つれ下ってくるために。

10:7 あるいは、『』だれが地の底に下ってくれるか』』と。すなわち、キリストを死人の中からつれ上るために」と。

10:8 しかしこれはいったい何を言っているのか。(キリストはすでに天から下り、また死人の中から復活されたので、もうそんな努力の必要はない、これも聖書にあるように、)『言葉はあなたに近い。あなたの口に、あなたの心にある』(というのである。)すなわちこの言葉こそ、わたし達が説いている信仰の言葉[福音]である。

10:9 つまり、あなたは『口で』イエスを主と告白して、『心で』神がイエスを死人の中から復活させられたことを信ずれば、救われる。

10:10 『心で信じて義とされ、口で告白して救われるからである。──(こうわたし達は説いているのである。)

10:11 (なぜ信仰だけで救われるか。)『これ[キリスト]を信ずる者は』すべて、(最後の裁きの日に)『恥をかかないであろう』と聖書が言っているからである。

10:12 (「すべて」と言う以上、)ユダヤ人も異教人も、その間になんの差別もないのである。なぜなら、同じ一人の方がすべての人の主であって、御自分を呼ぶすべての人に、あり余る恩恵をお与えになるからである。

10:13 ほんとうに(預言者ヨエルが言うように、)『主[キリスト]の名を呼ぶ者はすべて救われる。』

 

口語訳1955

10:4 キリストは、すべて信じる者に義を得させるために、律法の終りとなられたのである。

10:5 モーセは、律法による義を行う人は、その義によって生きる、と書いている。

10:6 しかし、信仰による義は、こう言っている、「あなたは心のうちで、だれが天に上るであろうかと言うな」。それは、キリストを引き降ろすことである。

10:7 また、「だれが底知れぬ所に下るであろうかと言うな」。それは、キリストを死人の中から引き上げることである。

10:8 では、なんと言っているか。「言葉はあなたの近くにある。あなたの口にあり、心にある」。この言葉とは、わたしたちが宣べ伝えている信仰の言葉である。

10:9 すなわち、自分の口で、イエスは主であると告白し、自分の心で、神が死人の中からイエスをよみがえらせたと信じるなら、あなたは救われる。

10:10 なぜなら、人は心に信じて義とされ、口で告白して救われるからである。

10:11 聖書は、「すべて彼を信じる者は、失望に終ることがない」と言っている。

10:12 ユダヤ人とギリシヤ人との差別はない。同一の主が万民の主であって、彼を呼び求めるすべての人を豊かに恵んで下さるからである。

10:13 なぜなら、「主の御名を呼び求める者は、すべて救われる」とあるからである。

 

文語訳1917

"451004","キリストは凡て信ずる者の義とせられん爲に律法の終となり給へり。"

"451005","モーセは、律法による義をおこなふ人は之によりて生くべしと録したり。"

"451006","されど信仰による義は斯くいふ『なんぢ心に「誰か天に昇らん」と言ふなかれ』と。"

"451007","これキリストを引下ろさんとするなり『また「たれか底なき所に下らん」と言ふなかれ』と。是キリストを死人の中より引上げんとするなり。"

"451008","さらば何と言ふか『御言はなんぢに近し、なんぢの口にあり、汝の心にあり』と。これ我らが宣ぶる信仰の言なり。"

"451009","即ち、なんぢ口にてイエスを主と言ひあらはし、心にて神の之を死人の中より甦へらせ給ひしことを信ぜば、救はるべし。"

"451010","それ人は心に信じて義とせられ、口に言ひあらはして救はるるなり。"

"451011","聖書にいふ『すべて彼を信ずる者は辱められじ』と。"

"451012","ユダヤ人とギリシヤ人との區別なし、同一の主は萬民の主にましまして、凡て呼び求むる者に對して豐なり。"

"451013","『すべて主の御名を呼び求むる者は救はるるxし』とあればなり。"

 

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各国聖書引照編集

 

(独)NESTLE-ALAND  NOVUM TESTAMENTUM  GRAECE 27版1993 の引照

新共同 ヨハ 3:13

3:13 天から降って来た者、すなわち人の子のほかには、天に上った者はだれもいない。

 

新共同 Tペテ3:19

3:19 そして、霊においてキリストは、捕らわれていた霊たちのところへ行って宣教されました。

 

新共同 ロマ 4:24

4:24 わたしたちのためにも記されているのです。わたしたちの主イエスを死者の中から復活させた方を信じれば、わたしたちも義と認められます。

 

新共同 ガラ 3:28

3:28 そこではもはや、ユダヤ人もギリシア人もなく、奴隷も自由な身分の者もなく、男も女もありません。あなたがたは皆、キリスト・イエスにおいて一つだからです。

 

新共同 ロマ 9:23

9:23 それも、憐れみの器として栄光を与えようと準備しておられた者たちに、御自分の豊かな栄光をお示しになるためであったとすれば、どうでしょう。

 

新共同 Tコリ1:2

1:2 コリントにある神の教会へ、すなわち、至るところでわたしたちの主イエス・キリストの名を呼び求めているすべての人と共に、キリスト・イエスによって聖なる者とされた人々、召されて聖なる者とされた人々へ。イエス・キリストは、この人たちとわたしたちの主であります。

 

(英・米)THE NEW TREASURY OF SCRIPTURE KNOWLEDGE 1982 の引照

口語訳 Tコリ1:30

1:30 あなたがたがキリスト・イエスにあるのは、神によるのである。キリストは神に立てられて、わたしたちの知恵となり、義と聖とあがないとになられたのである。

 

口語訳 ガラ 3:10

3:10 いったい、律法の行いによる者は、皆のろいの下にある。「律法の書に書いてあるいっさいのことを守らず、これを行わない者は、皆のろわれる」と書いてあるからである。

 

口語訳 Uコリ5:17

5:17 だれでもキリストにあるならば、その人は新しく造られた者である。古いものは過ぎ去った、見よ、すべてが新しくなったのである。

 

口語訳 ピリ 3:9

3:9 律法による自分の義ではなく、キリストを信じる信仰による義、すなわち、信仰に基く神からの義を受けて、キリストのうちに自分を見いだすようになるためである。

 

口語訳 ガラ 3:12

3:12 律法は信仰に基いているものではない。かえって、「律法を行う者は律法によって生きる」のである。

 

口語訳 ロマ 4:25

4:25 主は、わたしたちの罪過のために死に渡され、わたしたちが義とされるために、よみがえらされたのである。

 

口語訳 ロマ 6:9

6:9 キリストは死人の中からよみがえらされて、もはや死ぬことがなく、死はもはや彼を支配しないことを、知っているからである。

 

口語訳 ロマ 10:17

10:17 したがって、信仰は聞くことによるのであり、聞くことはキリストの言葉から来るのである。

 

口語訳 ロマ 1:16

1:16 わたしは福音を恥としない。それは、ユダヤ人をはじめ、ギリシヤ人にも、すべて信じる者に、救を得させる神の力である。

 

口語訳 ロマ 14:11

14:11 すなわち、/「主が言われる。わたしは生きている。すべてのひざは、わたしに対してかがみ、/すべての舌は、神にさんびをささげるであろう」/と書いてある。

 

口語訳 Tコリ12:3

12:3 そこで、あなたがたに言っておくが、神の霊によって語る者はだれも「イエスはのろわれよ」とは言わないし、また、聖霊によらなければ、だれも「イエスは主である」と言うことができない。

 

口語訳 ピリ 2:11

2:11 また、あらゆる舌が、「イエス・キリストは主である」と告白して、栄光を父なる神に帰するためである。

 

口語訳 Tコリ2:8

2:8 この世の支配者たちのうちで、この知恵を知っていた者は、ひとりもいなかった。もし知っていたなら、栄光の主を十字架につけはしなかったであろう。

 

口語訳 Tコリ15:47

15:47 第一の人は地から出て土に属し、第二の人は天から来る。

 

口語訳 ロマ 8:34

8:34 だれが、わたしたちを罪に定めるのか。キリスト・イエスは、死んで、否、よみがえって、神の右に座し、また、わたしたちのためにとりなして下さるのである。

 

口語訳 Tコリ15:14-18

15:14 もしキリストがよみがえらなかったとしたら、わたしたちの宣教はむなしく、あなたがたの信仰もまたむなしい。

15:15 すると、わたしたちは神にそむく偽証人にさえなるわけだ。なぜなら、万一死人がよみがえらないとしたら、わたしたちは神が実際よみがえらせなかったはずのキリストを、よみがえらせたと言って、神に反するあかしを立てたことになるからである。

15:16 もし死人がよみがえらないなら、キリストもよみがえらなかったであろう。

15:17 もしキリストがよみがえらなかったとすれば、あなたがたの信仰は空虚なものとなり、あなたがたは、いまなお罪の中にいることになろう。

15:18 そうだとすると、キリストにあって眠った者たちは、滅んでしまったのである。

 

口語訳 ガラ 2:16

2:16 人の義とされるのは律法の行いによるのではなく、ただキリスト・イエスを信じる信仰によることを認めて、わたしたちもキリスト・イエスを信じたのである。それは、律法の行いによるのではなく、キリストを信じる信仰によって義とされるためである。なぜなら、律法の行いによっては、だれひとり義とされることがないからである。

 

口語訳 Uコリ5:21

5:21 神はわたしたちの罪のために、罪を知らないかたを罪とされた。それは、わたしたちが、彼にあって神の義となるためなのである。

 

口語訳 ロマ 10:9

10:9 すなわち、自分の口で、イエスは主であると告白し、自分の心で、神が死人の中からイエスをよみがえらせたと信じるなら、あなたは救われる。

 

口語訳 ロマ 3:22

3:22 それは、イエス・キリストを信じる信仰による神の義であって、すべて信じる人に与えられるものである。そこにはなんらの差別もない。

 

口語訳 ガラ 3:28

3:28 もはや、ユダヤ人もギリシヤ人もなく、奴隷も自由人もなく、男も女もない。あなたがたは皆、キリスト・イエスにあって一つだからである。

 

口語訳 ロマ 2:4

2:4 それとも、神の慈愛があなたを悔改めに導くことも知らないで、その慈愛と忍耐と寛容との富を軽んじるのか。

 

口語訳 Uコリ8:9

8:9 あなたがたは、わたしたちの主イエス・キリストの恵みを知っている。すなわち、主は富んでおられたのに、あなたがたのために貧しくなられた。それは、あなたがたが、彼の貧しさによって富む者になるためである。

 

口語訳 ピリ 4:19

4:19 わたしの神は、ご自身の栄光の富の中から、あなたがたのいっさいの必要を、キリスト・イエスにあって満たして下さるであろう。

 

口語訳 Tコリ1:2

1:2 コリントにある神の教会、すなわち、わたしたちの主イエス・キリストの御名を至る所で呼び求めているすべての人々と共に、キリスト・イエスにあってきよめられ、聖徒として召されたかたがたへ。このキリストは、わたしたちの主であり、また彼らの主であられる。

 

(日)新共同訳1987の引照

新共同 ロマ 7:1-4

7:1 それとも、兄弟たち、わたしは律法を知っている人々に話しているのですが、律法とは、人を生きている間だけ支配するものであることを知らないのですか。

7:2 結婚した女は、夫の生存中は律法によって夫に結ばれているが、夫が死ねば、自分を夫に結び付けていた律法から解放されるのです。

7:3 従って、夫の生存中、他の男と一緒になれば、姦通の女と言われますが、夫が死ねば、この律法から自由なので、他の男と一緒になっても姦通の女とはなりません。

7:4 ところで、兄弟たち、あなたがたも、キリストの体に結ばれて、律法に対しては死んだ者となっています。それは、あなたがたが、他の方、つまり、死者の中から復活させられた方のものとなり、こうして、わたしたちが神に対して実を結ぶようになるためなのです。

 

新共同 ガラ 3:24

3:24 こうして律法は、わたしたちをキリストのもとへ導く養育係となったのです。わたしたちが信仰によって義とされるためです。

 

新共同 ガラ 4:5

4:5 それは、律法の支配下にある者を贖い出して、わたしたちを神の子となさるためでした。

 

新共同 ロマ 3:22

3:22 すなわち、イエス・キリストを信じることにより、信じる者すべてに与えられる神の義です。そこには何の差別もありません。

 

新共同 ロマ 7:10

7:10 わたしは死にました。そして、命をもたらすはずの掟が、死に導くものであることが分かりました。

 

新共同 ガラ 3:12

3:12 律法は、信仰をよりどころとしていません。「律法の定めを果たす者は、その定めによって生きる」のです。

 

新共同 ピリ 3:6

3:6 熱心さの点では教会の迫害者、律法の義については非のうちどころのない者でした。

 

新共同 ロマ 9:10

9:10 それだけではなく、リベカが、一人の人、つまりわたしたちの父イサクによって身ごもった場合にも、同じことが言えます。

 

新共同 黙  9:1

9:1 第五の天使がラッパを吹いた。すると、一つの星が天から地上へ落ちて来るのが見えた。この星に、底なしの淵に通じる穴を開く鍵が与えられ、

 

新共同 黙  9:11

9:11 いなごは、底なしの淵の使いを王としていただいている。その名は、ヘブライ語でアバドンといい、ギリシア語の名はアポリオンという。

 

新共同 ヘブ 13:20

13:20 永遠の契約の血による羊の大牧者、わたしたちの主イエスを、死者の中から引き上げられた平和の神が、

 

新共同 ロマ 14:9

14:9 キリストが死に、そして生きたのは、死んだ人にも生きている人にも主となられるためです。

 

新共同 Tコリ12:3

12:3 ここであなたがたに言っておきたい。神の霊によって語る人は、だれも「イエスは神から見捨てられよ」とは言わないし、また、聖霊によらなければ、だれも「イエスは主である」とは言えないのです。

 

新共同 ピリ 2:11

2:11 すべての舌が、「イエス・キリストは主である」と公に宣べて、父である神をたたえるのです。

 

新共同 Tヨハ4:15

4:15 イエスが神の子であることを公に言い表す人はだれでも、神がその人の内にとどまってくださり、その人も神の内にとどまります。

 

新共同 ロマ 4:24

4:24 わたしたちのためにも記されているのです。わたしたちの主イエスを死者の中から復活させた方を信じれば、わたしたちも義と認められます。

 

新共同 ロマ 9:33

9:33 「見よ、わたしはシオンに、/つまずきの石、妨げの岩を置く。これを信じる者は、失望することがない」と書いてあるとおりです。

 

新共同 ロマ 3:29

3:29 それとも、神はユダヤ人だけの神でしょうか。異邦人の神でもないのですか。そうです。異邦人の神でもあります。

 

(仏)THE NEW JERUSALEM BIBLE 1985 の引照

口語訳 ロマ 9:30-31

9:30 では、わたしたちはなんと言おうか。義を追い求めなかった異邦人は、義、すなわち、信仰による義を得た。

9:31 しかし、義の律法を追い求めていたイスラエルは、その律法に達しなかった。

 

口語訳 Uコリ3:14

3:14 実際、彼らの思いは鈍くなっていた。今日に至るまで、彼らが古い契約を朗読する場合、その同じおおいが取り去られないままで残っている。それは、キリストにあってはじめて取り除かれるのである。

 

口語訳 ガラ 3:24

3:24 このようにして律法は、信仰によって義とされるために、わたしたちをキリストに連れて行く養育掛となったのである。

 

口語訳 ロマ 3:21

3:21 しかし今や、神の義が、律法とは別に、しかも律法と預言者とによってあかしされて、現された。

 

口語訳 ロマ 4:1-25

4:1 それでは、肉によるわたしたちの先祖アブラハムの場合については、なんと言ったらよいか。

4:2 もしアブラハムが、その行いによって義とされたのであれば、彼は誇ることができよう。しかし、神のみまえでは、できない。

4:3 なぜなら、聖書はなんと言っているか、「アブラハムは神を信じた。それによって、彼は義と認められた」とある。

4:4 いったい、働く人に対する報酬は、恩恵としてではなく、当然の支払いとして認められる。

4:5 しかし、働きはなくても、不信心な者を義とするかたを信じる人は、その信仰が義と認められるのである。

4:6 ダビデもまた、行いがなくても神に義と認められた人の幸福について、次のように言っている、

4:7 「不法をゆるされ、罪をおおわれた人たちは、/さいわいである。

4:8 罪を主に認められない人は、さいわいである」。

4:9 さて、この幸福は、割礼の者だけが受けるのか。それとも、無割礼の者にも及ぶのか。わたしたちは言う、「アブラハムには、その信仰が義と認められた」のである。

4:10 それでは、どういう場合にそう認められたのか。割礼を受けてからか、それとも受ける前か。割礼を受けてからではなく、無割礼の時であった。

4:11 そして、アブラハムは割礼というしるしを受けたが、それは、無割礼のままで信仰によって受けた義の証印であって、彼が、無割礼のままで信じて義とされるに至るすべての人の父となり、

4:12 かつ、割礼の者の父となるためなのである。割礼の者というのは、割礼を受けた者ばかりではなく、われらの父アブラハムが無割礼の時に持っていた信仰の足跡を踏む人々をもさすのである。

4:13 なぜなら、世界を相続させるとの約束が、アブラハムとその子孫とに対してなされたのは、律法によるのではなく、信仰の義によるからである。

4:14 もし、律法に立つ人々が相続人であるとすれば、信仰はむなしくなり、約束もまた無効になってしまう。

4:15 いったい、律法は怒りを招くものであって、律法のないところには違反なるものはない。

4:16 このようなわけで、すべては信仰によるのである。それは恵みによるのであって、すべての子孫に、すなわち、律法に立つ者だけにではなく、アブラハムの信仰に従う者にも、この約束が保証されるのである。アブラハムは、神の前で、わたしたちすべての者の父であって、

4:17 「わたしは、あなたを立てて多くの国民の父とした」と書いてあるとおりである。彼はこの神、すなわち、死人を生かし、無から有を呼び出される神を信じたのである。

4:18 彼は望み得ないのに、なおも望みつつ信じた。そのために、「あなたの子孫はこうなるであろう」と言われているとおり、多くの国民の父となったのである。

4:19 すなわち、およそ百歳となって、彼自身のからだが死んだ状態であり、また、サラの胎が不妊であるのを認めながらも、なお彼の信仰は弱らなかった。

4:20 彼は、神の約束を不信仰のゆえに疑うようなことはせず、かえって信仰によって強められ、栄光を神に帰し、

4:21 神はその約束されたことを、また成就することができると確信した。

4:22 だから、彼は義と認められたのである。

4:23 しかし「義と認められた」と書いてあるのは、アブラハムのためだけではなく、

4:24 わたしたちのためでもあって、わたしたちの主イエスを死人の中からよみがえらせたかたを信じるわたしたちも、義と認められるのである。

4:25 主は、わたしたちの罪過のために死に渡され、わたしたちが義とされるために、よみがえらされたのである。

 

口語訳 ガラ 3:12

3:12 律法は信仰に基いているものではない。かえって、「律法を行う者は律法によって生きる」のである。

 

口語訳 ヘブ 13:20

13:20 永遠の契約の血による羊の大牧者、わたしたちの主イエスを、死人の中から引き上げられた平和の神が、

 

口語訳 Tペテ3:19

3:19 こうして、彼は獄に捕われている霊どものところに下って行き、宣べ伝えることをされた。

 

口語訳 Tコリ12:3

12:3 そこで、あなたがたに言っておくが、神の霊によって語る者はだれも「イエスはのろわれよ」とは言わないし、また、聖霊によらなければ、だれも「イエスは主である」と言うことができない。

 

口語訳 ロマ 1:4

1:4 聖なる霊によれば、死人からの復活により、御力をもって神の御子と定められた。これがわたしたちの主イエス・キリストである。

 

口語訳 ロマ 1:16

1:16 わたしは福音を恥としない。それは、ユダヤ人をはじめ、ギリシヤ人にも、すべて信じる者に、救を得させる神の力である。

 

口語訳 ロマ 3:22-23

3:22 それは、イエス・キリストを信じる信仰による神の義であって、すべて信じる人に与えられるものである。そこにはなんらの差別もない。

3:23 すなわち、すべての人は罪を犯したため、神の栄光を受けられなくなっており、

 

口語訳 ロマ 9:33

9:33 「見よ、わたしはシオンに、/つまずきの石、さまたげの岩を置く。それにより頼む者は、失望に終ることがない」/と書いてあるとおりである。

 

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ローマ 10:14−21

責任は神になく彼らにある

 

 

翻訳比較

 

岩波翻訳委員会訳1995

451014さて、いかにして人々は、自分が信じてもいない者に呼びかけようとするであ

ろうか。また、いかにして人々は、自分が聞いてもいない者を、信じようとするであろうか。また、いかにして人々は、宣べ伝える者もなしに、聞こうとするであろうか。

451015また、もしも遣わされないなら、いかにして人々は宣べ伝えようとするであろうか。次のように書かれている。善きこと[がら]を告げる者たちの足は、なんと美しいことであろう。

451016しかし、すべての者が福音に従ったわけではない。なぜならば、イザヤは〔次のように〕言っているからである。主よ、誰が私たちから聞いたことを信じましたか

451017それゆえに、信仰は聞くことから〔生ずるのであり〕、その聞くことは、キリストの言葉をとおして〔起こるのである〕。

451018だが私は言う。彼らは聞かなかったのであろうか。否、むしろ、

彼らの声は全地に広まったのであり、彼らの言葉は世界の果てにまで〔広まったのである〕。

451019だが私は言う。イスラエルは知らなかったのであろうか。〔そんなことはない。〕

まず第一に、モーセが言っている、

私はあなたがたに、〔同じ〕民ではない民をもって、妬みを起こさせ、

愚かな民をもって、あなたがたを怒らせよう

451020さて、イザヤは大胆であり、そして〔次のように言っている、

私は私を熱心に求めない者たちに[よって]見いだされ

私をたずねない者たちに、〔自らを〕明らかにした

451021しかしイザヤは、イスラエルに対しては〔次のように〕言っている、

私はひねもす、目分の手を差し延べた、〔私に〕従わず、そして反抗する民に対

して。

 

新共同訳1987

10:14 ところで、信じたことのない方を、どうして呼び求められよう。聞いたことのない方を、どうして信じられよう。また、宣べ伝える人がなければ、どうして聞くことができよう。

10:15 遣わされないで、どうして宣べ伝えることができよう。「良い知らせを伝える者の足は、なんと美しいことか」と書いてあるとおりです。

10:16 しかし、すべての人が福音に従ったのではありません。イザヤは、「主よ、だれがわたしたちから聞いたことを信じましたか」と言っています。

10:17 実に、信仰は聞くことにより、しかも、キリストの言葉を聞くことによって始まるのです。

10:18 それでは、尋ねよう。彼らは聞いたことがなかったのだろうか。もちろん聞いたのです。「その声は全地に響き渡り、/その言葉は世界の果てにまで及ぶ」のです。

10:19 それでは、尋ねよう。イスラエルは分からなかったのだろうか。このことについては、まずモーセが、/「わたしは、わたしの民でない者のことで/あなたがたにねたみを起こさせ、/愚かな民のことであなたがたを怒らせよう」と言っています。

10:20 イザヤも大胆に、/「わたしは、/わたしを探さなかった者たちに見いだされ、/わたしを尋ねなかった者たちに自分を現した」と言っています。

10:21 しかし、イスラエルについては、「わたしは、不従順で反抗する民に、一日中手を差し伸べた」と言っています。

 

前田訳1978

10:14 さて、信じたことのないものを、どうして呼びえましょう。聞いたことのないものを、どうして信じえましょう。伝えるものがなくて、どうして聞きえましょう。

10:15 つかわされないで、どうして伝ええましょう。聖書に、「よいことを伝える人の足の美しさよ」とあるとおりです。

10:16 しかし皆が福音に従ったのではありません。イザヤはいいます、「主よ、だれがわれらに聞いたことを信じましたか」と。

10:17 信仰は聞くことから、聞くことはキリストのことばからです。

10:18 しかしわたしはいいます、彼らは聞かなかったのでしょうか、と。そうではなくて、「その声は全地に、そのことばは世界の果てにまで及んだ」のです。

10:19 なお、わたしはいいます、イスラエルは知らなかったのでしょうか、と。まずモ−セがいいます、「わたしは民でないものによってあなた方を妬ませ、愚かな民によってあなた方を怒らせる」と。

10:20 イザヤもあえていいます、「わたしを求めなかったものに姿を見せ、わたしをたずねなかったものに現われた」と。

10:21 彼はまたイスラエルについていいます、「ひねもすわたしはた手をのべた、不従順で反抗的な民に」と。

 

新改訳1970

10:14 しかし、信じたことのない方を、どうして呼び求めることができるでしょう。聞いたことのない方を、どうして信じることができるでしょう。宣べ伝える人がなくて、どうして聞くことができるでしょう。

10:15 遣わされなくては、どうして宣べ伝えることができるでしょう。次のように書かれているとおりです。「良いことの知らせを伝える人々の足は、なんとりっぱでしょう。」

10:16 しかし、すべての人が福音に従ったのではありません。「主よ。だれが私たちの知らせを信じましたか。」とイザヤは言っています。

10:17 そのように、信仰は聞くことから始まり、聞くことは、キリストについてのみことばによるのです。

10:18 でも、こう尋ねましょう。「はたして彼らは聞こえなかったのでしょうか。」むろん、そうではありません。「その声は全地に響き渡り、そのことばは地の果てまで届いた。」

10:19 でも、私はこう言いましょう。「はたしてイスラエルは知らなかったのでしょうか。」まず、モーセがこう言っています。「わたしは、民でない者のことで、あなたがたのねたみを起こさせ、無知な国民のことで、あなたがたを怒らせる。」

10:20 またイザヤは大胆にこう言っています。「わたしは、わたしを求めない者に見いだされ、わたしをたずねない者に自分を現わした。」

10:21 またイスラエルについては、こう言っています。「不従順で反抗する民に対して、わたしは一日中、手を差し伸べた。」

 

塚本訳1963

10:14 ところで、(呼ぶだけで救われると言うが、)信じたことのない者を、どうして呼ぶことができようか。聞いたことのない者を、どうして信ずることができようか。説く者がなくて、どうして聞くことができようか。

10:15 (神に)遣わされなければ、どうして説くことができようか。(しかし説く者はある。それはわたし達である。)『善いこと[福音]を伝える人たちの足の、なんと美しいことよ!』と書いてあるとおりである。

10:16 ところが、だれもが(このように伝えられた)福音を、従順に受け入れたわけではない。イザヤも(こう)言っているから。『主よ、だれがわたし達に聞いたことを信じましたか』と。(実際イスラエル人は信じなかったのである。)

10:17 [(だから、(いま言ったように、)信仰は(福音を)聞くことから、聞くことはキリストの(伝道の)命令から生まれる。]

10:18 しかし、わたしは考える、彼らは(福音を)聞かなかったのではあるまいかと。そんなことはない。『その声は全地に、その言葉は世界の果てにまで出ていった。』(と書いてある。)

10:19 しかし、わたしは(なお)考える、イスラエル人は(聞くには聞いたが、むずかしくて)わからなかったのではあるまいかと。(そんなことはない。)第一にモーセは言っている。(『神は言われる、)「わたしはわたしの民でない者(を救うこと)によって』あなた達に『妬みをおこさせ、愚かな民によって』あなた達を『怒らせる」(と。)』(愚かな異教の民さえ信じたのである。)

10:20 (次に)イザヤも勇敢に言っている。『(神は言われる、)「わたしをさがさなかった者にわたしは姿を見せ、わたしを尋ねなかった者に現われた」(と。)』

10:21 彼はまたイスラエル人について言っている、』(神は言われる、)「一日中、この不従順な反抗ばかりしている民に、わたしは手を伸べていた」(と。)』(だから彼らが信じないのは、頑なで自分の義を立てようとしたからであって、弁解の言葉はない。)

 

口語訳1955

10:14 しかし、信じたことのない者を、どうして呼び求めることがあろうか。聞いたことのない者を、どうして信じることがあろうか。宣べ伝える者がいなくては、どうして聞くことがあろうか。

10:15 つかわされなくては、どうして宣べ伝えることがあろうか。「ああ、麗しいかな、良きおとずれを告げる者の足は」と書いてあるとおりである。

10:16 しかし、すべての人が福音に聞き従ったのではない。イザヤは、「主よ、だれがわたしたちから聞いたことを信じましたか」と言っている。

10:17 したがって、信仰は聞くことによるのであり、聞くことはキリストの言葉から来るのである。

10:18 しかしわたしは言う、彼らには聞えなかったのであろうか。否、むしろ/「その声は全地にひびきわたり、/その言葉は世界のはてにまで及んだ」。

10:19 なお、わたしは言う、イスラエルは知らなかったのであろうか。まずモーセは言っている、/「わたしはあなたがたに、/国民でない者に対してねたみを起させ、/無知な国民に対して、/怒りをいだかせるであろう」。

10:20 イザヤも大胆に言っている、/「わたしは、わたしを求めない者たちに見いだされ、/わたしを尋ねない者に、自分を現した」。

10:21 そして、イスラエルについては、/「わたしは服従せずに反抗する民に、/終日わたしの手をさし伸べていた」/と言っている。

 

文語訳1917

"451014","然れど未だ信ぜぬ者を爭で呼び求むることをせん、未だ聽かぬ者を爭で信ずることをせん、宣傳ふる者なくば爭で聽くことをせん。"

"451015","遣されずば爭で宣傳ふることをせん『ああ美しきかな、善き事を告ぐる者の足よ』と録されたる如し。"

"451016","されど、みな福音に從ひしにあらず、イザヤいふ『主よ、われらに聞きたる言を誰か信ぜし』"

"451017","斯く信仰は聞くにより、聞くはキリストの言による。"

"451018","されど我いふ、彼ら聞えざりしか、然らず、『その聲は全地にゆきわたり、其の言は世界の極にまで及べり』"

"451019","我また言ふ、イスラエルは知らざりしか、先づモーセ言ふ『われ民ならぬ者をもて汝らに嫉を起させ、愚なる民をもて汝らを怒らせん』"

"451020","またイザヤ憚らずして言ふ、『我を求めざる者に、われ見出され、我を尋ねざる者に我あらはれたり』、"

"451021","更にイスラエルに就きては『われ服はずして言ひさからふ民に、終日手を伸べたり』と云へり。"

 

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各国聖書引照編集

 

(独)NESTLE-ALAND  NOVUM TESTAMENTUM  GRAECE 27版1993 の引照

新共同 使  13:45

13:45 しかし、ユダヤ人はこの群衆を見てひどくねたみ、口汚くののしって、パウロの話すことに反対した。

 

(英・米)THE NEW TREASURY OF SCRIPTURE KNOWLEDGE 1982 の引照

口語訳 ガラ 2:16

2:16 人の義とされるのは律法の行いによるのではなく、ただキリスト・イエスを信じる信仰によることを認めて、わたしたちもキリスト・イエスを信じたのである。それは、律法の行いによるのではなく、キリストを信じる信仰によって義とされるためである。なぜなら、律法の行いによっては、だれひとり義とされることがないからである。

 

口語訳 ロマ 1:5

1:5 わたしたちは、その御名のために、すべての異邦人を信仰の従順に至らせるようにと、彼によって恵みと使徒の務とを受けたのであり、

 

口語訳 ロマ 16:25-26

16:25 願わくは、わたしの福音とイエス・キリストの宣教とにより、かつ、長き世々にわたって、隠されていたが、今やあらわされ、預言の書をとおして、永遠の神の命令に従い、信仰の従順に至らせるために、もろもろの国人に告げ知らされた奥義の啓示によって、あなたがたを力づけることのできるかた、

16:26 (25節に合節)

 

口語訳 Uコリ5:18-20

5:18 しかし、すべてこれらの事は、神から出ている。神はキリストによって、わたしたちをご自分に和解させ、かつ和解の務をわたしたちに授けて下さった。

5:19 すなわち、神はキリストにおいて世をご自分に和解させ、その罪過の責任をこれに負わせることをしないで、わたしたちに和解の福音をゆだねられたのである。

5:20 神がわたしたちをとおして勧めをなさるのであるから、わたしたちはキリストの使者なのである。そこで、キリストに代って願う、神の和解を受けなさい。

 

口語訳 ロマ 10:14

10:14 しかし、信じたことのない者を、どうして呼び求めることがあろうか。聞いたことのない者を、どうして信じることがあろうか。宣べ伝える者がいなくては、どうして聞くことがあろうか。

 

口語訳 ロマ 1:16

1:16 わたしは福音を恥としない。それは、ユダヤ人をはじめ、ギリシヤ人にも、すべて信じる者に、救を得させる神の力である。

 

口語訳 Tコリ1:18-24

1:18 十字架の言は、滅び行く者には愚かであるが、救にあずかるわたしたちには、神の力である。

1:19 すなわち、聖書に、/「わたしは知者の知恵を滅ぼし、/賢い者の賢さをむなしいものにする」/と書いてある。

1:20 知者はどこにいるか。学者はどこにいるか。この世の論者はどこにいるか。神はこの世の知恵を、愚かにされたではないか。

1:21 この世は、自分の知恵によって神を認めるに至らなかった。それは、神の知恵にかなっている。そこで神は、宣教の愚かさによって、信じる者を救うこととされたのである。

1:22 ユダヤ人はしるしを請い、ギリシヤ人は知恵を求める。

1:23 しかしわたしたちは、十字架につけられたキリストを宣べ伝える。このキリストは、ユダヤ人にはつまずかせるもの、異邦人には愚かなものであるが、

1:24 召された者自身にとっては、ユダヤ人にもギリシヤ人にも、神の力、神の知恵たるキリストなのである。

 

口語訳 Tテサ2:13

2:13 これらのことを考えて、わたしたちがまた絶えず神に感謝しているのは、あなたがたがわたしたちの説いた神の言を聞いた時に、それを人間の言葉としてではなく、神の言として――事実そのとおりであるが――受けいれてくれたことである。そして、この神の言は、信じるあなたがたのうちに働いているのである。

 

口語訳 ガラ 3:2

3:2 わたしは、ただこの一つの事を、あなたがたに聞いてみたい。あなたがたが御霊を受けたのは、律法を行ったからか、それとも、聞いて信じたからか。

 

口語訳 Uコリ2:17

2:17 しかし、わたしたちは、多くの人のように神の言を売物にせず、真心をこめて、神につかわされた者として神のみまえで、キリストにあって語るのである。

 

口語訳 ロマ 15:19

15:19 しるしと不思議との力、聖霊の力によって、働かせて下さったことの外には、あえて何も語ろうとは思わない。こうして、わたしはエルサレムから始まり、巡りめぐってイルリコに至るまで、キリストの福音を満たしてきた。

 

(日)新共同訳1987の引照

新共同 エペ 4:21

4:21 キリストについて聞き、キリストに結ばれて教えられ、真理がイエスの内にあるとおりに学んだはずです。

 

新共同 ロマ 1:15

1:15 それで、ローマにいるあなたがたにも、ぜひ福音を告げ知らせたいのです。

 

新共同 ロマ 15:20

15:20 このようにキリストの名がまだ知られていない所で福音を告げ知らせようと、わたしは熱心に努めてきました。それは、他人の築いた土台の上に建てたりしないためです。

 

新共同 エペ 2:17

2:17 キリストはおいでになり、遠く離れているあなたがたにも、また、近くにいる人々にも、平和の福音を告げ知らせられました。

 

新共同 ガラ 3:2

3:2 あなたがたに一つだけ確かめたい。あなたがたが"霊"を受けたのは、律法を行ったからですか。それとも、福音を聞いて信じたからですか。

 

新共同 ガラ 3:5

3:5 あなたがたに"霊"を授け、また、あなたがたの間で奇跡を行われる方は、あなたがたが律法を行ったから、そうなさるのでしょうか。それとも、あなたがたが福音を聞いて信じたからですか。

 

新共同 エペ 5:26

5:26 キリストがそうなさったのは、言葉を伴う水の洗いによって、教会を清めて聖なるものとし、

 

新共同 コロ 3:16

3:16 キリストの言葉があなたがたの内に豊かに宿るようにしなさい。知恵を尽くして互いに教え、諭し合い、詩編と賛歌と霊的な歌により、感謝して心から神をほめたたえなさい。

 

新共同 Tテサ1:8

1:8 主の言葉があなたがたのところから出て、マケドニア州やアカイア州に響き渡ったばかりでなく、神に対するあなたがたの信仰が至るところで伝えられているので、何も付け加えて言う必要はないほどです。

 

新共同 ロマ 1:8

1:8 まず初めに、イエス・キリストを通して、あなたがた一同についてわたしの神に感謝します。あなたがたの信仰が全世界に言い伝えられているからです。

 

新共同 コロ 1:6

1:6 あなたがたにまで伝えられたこの福音は、世界中至るところでそうであるように、あなたがたのところでも、神の恵みを聞いて真に悟った日から、実を結んで成長しています。

 

新共同 コロ 1:23

1:23 ただ、揺るぐことなく信仰に踏みとどまり、あなたがたが聞いた福音の希望から離れてはなりません。この福音は、世界中至るところの人々に宣べ伝えられており、わたしパウロは、それに仕える者とされました。

 

新共同 ロマ 11:11

11:11 では、尋ねよう。ユダヤ人がつまずいたとは、倒れてしまったということなのか。決してそうではない。かえって、彼らの罪によって異邦人に救いがもたらされる結果になりましたが、それは、彼らにねたみを起こさせるためだったのです。

 

新共同 ロマ 11:14

11:14 何とかして自分の同胞にねたみを起こさせ、その幾人かでも救いたいのです。

 

新共同 ロマ 9:30

9:30 では、どういうことになるのか。義を求めなかった異邦人が、義、しかも信仰による義を得ました。

 

(仏)THE NEW JERUSALEM BIBLE 1985 の引照

口語訳 ヘブ 11:6

11:6 信仰がなくては、神に喜ばれることはできない。なぜなら、神に来る者は、神のいますことと、ご自分を求める者に報いて下さることとを、必ず信じるはずだからである。

 

口語訳 ロマ 1:5

1:5 わたしたちは、その御名のために、すべての異邦人を信仰の従順に至らせるようにと、彼によって恵みと使徒の務とを受けたのであり、

 

口語訳 ガラ 3:2

3:2 わたしは、ただこの一つの事を、あなたがたに聞いてみたい。あなたがたが御霊を受けたのは、律法を行ったからか、それとも、聞いて信じたからか。

 

口語訳 ガラ 3:5

3:5 すると、あなたがたに御霊を賜い、力あるわざをあなたがたの間でなされたのは、律法を行ったからか、それとも、聞いて信じたからか。

 

口語訳 ロマ 11:11

11:11 そこで、わたしは問う、「彼らがつまずいたのは、倒れるためであったのか」。断じてそうではない。かえって、彼らの罪過によって、救が異邦人に及び、それによってイスラエルを奮起させるためである。

 

口語訳 ロマ 9:30

9:30 では、わたしたちはなんと言おうか。義を追い求めなかった異邦人は、義、すなわち、信仰による義を得た。

 

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